第一話 六花と山田正治の場合
全世界である日突然猫が喋るようになったらどうなるか。
山田正治は秋田の田舎に一人で住んでるサラリーマン男性27歳である。
飼い猫の六花は元気な盛りの三歳になる雌の三毛猫である。
ある晩のこと。
「おやすみ六花」
「みゃーぅ」
正治が部屋の電気を消してベッドで横になる。
足元にくるりと丸くなって六花も寝た。
それから数時間後、正治はその時なにかものすごい幸せな夢を見ていた。
六花がいつの間にか目を覚ましたようで、
首輪に付けた鈴が凜と鳴る音が聞こえた気がした。
「しょーじさん、しょーじさん」
耳元でいきなり若い女性の綺麗な声がするもんだから、
正治はその幸せな夢を放りだして飛び起きた。
「なんだ、六花か……ごはんか?」
声の主はすらりとした体つきの三毛猫の六花だった。
ころころと喉を鳴らしている。
正治はまだ夢の続きを見てたんだろうと独りごちて、
のっそりベッドから起き上がり、
小さなキッチンの足元の一角に綺麗に用意されている、
六花の器にカリカリを出してあげる。
六花は正治の足元をくるくると、すりすり顔をつけながら周っている。
「くすぐったいだろ、よし食べな、食べたら朝まで寝よう」
ふとキッチンにある時計に目をやると、
「まだ三時だよ」
ふぁーあ、と大欠伸をしてからカリカリを前にちょこんと座っている六花を見る。
「しょーじさん、ありがとにゃ。いただきます」
と、六花が〝言った〟。そしてカリカリを食べだした。
正治は目と、耳を疑い、擦った。
これは夢だ。
「わたしこのカリカリ大好きにゃの、美味しいしヘルシーだし。
にゃんて言ってもしょーじさんにはわからないか。にゃ?」
六花と眼が合った。
「はは、六花、お前いつから人の言葉喋れるようになったんだよ?」
正治は半分どうせ夢だろうと思って呟いたが、
「しょーじさん、私がなんて言ってるのか解るのかにゃ?」
「……うん」
二人揃って目をぱちくり。
「またまたじょーだんにゃ。あわせてうんとかすんとか言ってくれてるだけにゃ?」
「いやいや、冗談とかじゃなくって、俺、お前の言葉が解るようになったみたい」
六花はカリカリを食べるのを中断して顔を持ち上げて、普段と変わらないどころか、冴えない寝ぼけ眼の正治を上から下まで見つめてから、
「……そっか、これは夢にゃ。私が見てる夢なのにゃ。
まったく私ったらもう、正治さんがいくら大好きだからって
それはただの飼い主としてなのにゃ。
思い焦がれてこんな夢を見ちゃうようじゃ駄目なのにゃ。
しっかりしなきゃ、私」
正治はほっぺを自分でつねってつねってつねり上げてから。
「……いってて、ま、まぁほっぺが痛い夢もあるよな。
たまたま、六花と同じ夢を見てるだけかも知れないし。
六花が俺のこと思い焦がれるなんて、
そんな大した飼い主じゃないんだからそんなこと無いよな、ははは」
凜と鈴が鳴って六花が背筋を伸ばした。
ぐっと背伸びをするように顔を剃らせて正治に向いて。
「ゆ、夢なんだから素直になるにゃ!
しょーじさんも私のこと大好きって言ってくれてもいいにゃよ? もう」
正治は六花の前にかがみ込んで、その首筋を優しく撫でた。
「うん、俺もお前のこと大好きだよ」
「そうそう、耳の後ろがかゆいからついでに掻いてにゃ? ご主人様」
「ほんと可愛いんだから」
二人は一通りいちゃいちゃしてみた後、満足して床についた。
珍しい、とてもとても良い夢だったと思ったのだが。
翌朝。
「しょーじさん、しょーじさん」
正治は夢で聞いた、あの綺麗な声がまた聞けて嬉しくて。
「なんだよりっかぁー、後もうちょっと寝かせてくれよう~」
と寝ぼけている。
「もう、6時にゃの、起きて。しょーじさん、それに私、あなたにお話があるの」
ふと、目が覚めてガバッとベッドから起き上がる。
お腹の上に居る六花は正治の真正面で真剣な眼差しで彼をみつめていた。
「……お、おはよう、六花」
「おはようございます、しょーじさん」
丁寧な女性の言葉を喋る六花。
「六花、もしかして、これ、夢じゃないの!?」
「どうやらそうみたいにゃの。私達、お話が出来るようになっちゃったみたい」
「えええー!!!」