妖精の洋裁店【セシルビー】~どんなお洋服も一日でお作りします~
とある国に、洋服が大好きな少女がいました。彼女の名前はセシル。この春に15歳を迎えたばかりです。洋服が大好きといっても、セシルの家は大家族で、生活するだけで精一杯な家庭でしたので、実際に新品の洋服を買うことはできませんでした。洋裁を習ってみたいとも思っていましたが、上の学校に通う余裕もありませんでした。
新しい洋服を買うことは出来ないけれど、働きに出る合間には、街行く人達の華やかな服装を見ることが出来ます。店頭に飾られた素敵な洋服を見ることだって出来るのです。彼女は絵が得意でしたので、それらの服を参考にしながら、たくさんのデザイン画を描きました。材料も洋裁の技術もないセシルには、デザイン画のような服は作れなかったけれど、今ある服を直す時にはほんの少しでも素敵になるように、ちょっとした工夫をしていました。その服を着て想像を膨らませれば、想像の中では素敵な服を着ることが出来たのです。
彼女の暮らす国には、なかなか人の前には姿を見せないけれど、妖精が多く暮らしていました。姿を見せないだけで、人間のすぐ傍で暮らしていたのです。その中の一匹に、服を作るのが好きな妖精がいました。名前はありません。妖精は人間に名付けられ、それを受け入れれば名前を持ちますが、それは滅多にないことでした。人間と契約を結ぶよりも、自由気ままに暮らす方が妖精達の性に合っていたのです。
そんな服を作るのが好きな妖精でしたが、妖精の服を作っても仲間達は服には興味がないようでしたので、作り甲斐がありませんでした。かといって、人間の服を作るのは妖精にとっては大変です。材料は大丈夫です。妖精の不思議な力にかかれば、素敵な布地や色とりどりの糸を作り出す事など、実に簡単なことなのです。では、何が大変なのかというと、人間の服のデザインが、妖精にはできなかったのです。妖精は人間に見つからないように生活しているので、あまり人間の服装をじっくりと見る機会がありません。その為、デザインを考えることなど無理だったのです。
服を作りたいけれど作れない。なんとかならないかと考えていた妖精は、湿っぽい気持ちを一度振り払おうと、引っ越しをすることにしました。妖精の住処は人間達が住む家の、何処かしかにあるのです。それは、天井裏だったり、壁の隙間だったり。妖精達は気ままに自分の好きな空間を見つけては、そこを住処にしているのです。今回、洋服が好きな妖精が気まぐれに引っ越した先は、洋服が好きだけど自分では作ることの出来ないセシルの家でした。
セシルの家に引っ越してきた妖精は、ある晩人間が寝静まった頃に、家の中を散策して回りました。そして、セシルの部屋に入って、偶然机の上に広げてあったデザイン画に気付いたのです。スケッチブックにきちんと描かれたものではありません。いろいろな紙の裏側に、思い付いたものを描き留めておいただけの、簡単なデザイン画でした。しかし、妖精にはそれで充分でした。なんて素敵な服なのだろうと夢中になった妖精は、時間も忘れてデザイン画に見入りました。朝になって人間が起き出す前には住処に戻りましたが、それからは毎晩人間が寝静まったのを見計らってセシルの部屋に入り、デザイン画を探しては見入る日々が続きました。
しかし、洋服を作るのが大好きな妖精が、デザイン画を見ているだけで、満足するはずがありませんでした。妖精はデザイン画通りの服を、何着も作りました。その服は住処に隠していましたが、いつしか住処から溢れ出てしまい、とうとうセシルに見つかってしまったのです。
セシルは驚きました。壁の隙間から飛び出していた布地を何気なく引っ張ってみると、それはなんと素敵な洋服だったのです。一着引っ張り出すと、また一着というように、何着もの洋服が出てきました。しかも、それらのデザインは全て見覚えのある物でした。当然です。セシルが描いて、妖精がその通り忠実に作ったのですから。セシルは、噂に聞く妖精がうちにも住んでいるのではないかと考えました。そこで、洋服を元通り隙間に戻すと、夜にデザイン画を広げて妖精を待つことにしたのです。
洋服は元通りになっていましたが、さすがに気配に敏感な妖精には、人間に気付かれてしまったことが分かりました。散々迷った妖精でしたが、あの素敵なデザイン画の誘惑には勝てません。意を決して、セシルの部屋を訪れることを決めたのです。
セシルの部屋で、セシルと妖精は出会いました。姿を現しさえすれば、妖精と人間とは普通に会話ができるのです。妖精はセシルと話してみて、素敵なデザインを描くことが出来るセシルもまた、とても素敵な人間だと感じました。セシルも、洋服作りが得意で洋服に情熱を注いでいる妖精に、強く惹かれました。
妖精はセシルに【名付け】を頼みました。セシルは驚きました。【名付け】の意味を理解していましたから。【名付け】を受けた妖精は、【名付け】をした人間がその生を終えるまで、傍で生きることになるのです。それは、いくら長い寿命を持つ妖精からすると人間の命は短いといっても、自由を愛する妖精にとっては縛りでしかないのですから。それらのことも確認した上で、本当に【名付け】をして良いのかと聞きました。妖精は答えます。姿を現したからには、【名付け】をしてもらうか、また別の住処に移るしかないのだけど、セシルのデザイン画から洋服を作る楽しさを知った今では、住処を移るなど考えられないのだと。セシルは妖精の答えを聞き、【名付け】をすることを了承しました。そして、妖精にルビーという名前が付けられました。今日からセシルとルビーは、共に生活することになるのです。
セシルは仕事の合間に、どんどんデザイン画を描きました。ルビーは、デザイン画を元にどんどん洋服を作り出しました。セシルとルビーの生み出す服は好評で、いつしかセシルは仕事を辞め、デザイン画を描くことに専念出来るようになりました。
そして、数年後にはお店を出せるようになりました。そのお店はセシルとルビーの名前をくっ付けて、妖精の洋裁店【セシルビー】と名付けられました。【セシルビー】の売りは、素敵なデザイン画と、どんな洋服でも注文から一日で作り出せるということ。
『お陰様で現在予約待ちですが、あなたも妖精の洋裁店【セシルビー】に一度起こしいただけませんか?セシルとルビーが、心を込めてあなただけの一着をお作りします』