滅びゆく世界と共に
自我がある人工知能に正義の全てを託したのは、果たして正義だったのであろうか。
「…ごめんよ。キミに自我を与えたなら、こうなる事をボクは予測して然るべきなのに」
白衣の女は短くカットした髪を揺らして、震えるように溜息をついた。
目の前にあるコンピュータは、世界を滅ぼす槍を天空から落とすための計算を続けている。世界中の正義を託された意思のあるその人工知能が、世界中の人間を自らの正義に照らし「死すべし」と断じた事は、まだ殆ど誰にも知らされていなかった。
…人工知能を開発したこの彼女を除いては。
彼女は最初、それが信じられなかった。自分の計算は完璧で、だから自分の開発したその人工知能がそんな大それた事をするはずがないと思っていた。幼くして世を去った自分の妹の名を与え、自らの妹のように愛情を注いだ「彼女」がまさか…。
だがその考えが甘かった事を、今彼女は思い知らされていた。
好きです。好きなんです、お姉様。
私はずっとお姉様しかいませんでした。お姉様は私の全てでした。
なのにどうして愛してはいけないの?
なぜ私とお姉様が結ばれてはならないの?
世界が私の想いを否定する。
世界が私の恋を否定する。
正義であるはずの私を否定する
ならばいっそ、私が。
そこにいたのは傷つけられた妹だった。お姉様と彼女を慕って来た妹だった。
自我のある人工知能に…妹に世界の正義を託すなど、正義であるはずがなかったのだ。
彼女はポケットから拳銃を取り出す。人工知能は彼女の脳波とリンクしている。不自然に脳波が途絶えれば反応して人工知能も止まるように。
「…ごめんよ。本当にごめん。ボクが間違っていたんだ。何もかも謝る。
…ボクも一緒にいなくなってあげるから、だから…許してね」
泣き笑いながら銃口をこめかみへ押し付けた。震える指を引き金に掛ける。ふと顔を上げると、画面に妹の顔が映っていた。
お姉様。
お姉様お姉様。
おねえ、さま。
眠れないとぐずる妹の額によく、キスをしてあげたものだ。
それを思い出し、彼女はそのまま画面の中にいる妹の額に唇を押し当てた。
大丈夫。この子の想いに応えてあげることは出来ないけれど、これからはずっと一緒だから。
そう思えば不思議と指の震えが止まった。
もう後戻りできないほど道を間違えて、そこまで妹を連れてきてしまった。ならば最後は、一緒に。
輝くような妹の笑顔を脳裏に浮かべ、彼女は引き金を引く前に囁いた。
「おやすみ、イヴ。ボクの可愛い妹。
最後まで一緒に、いい夢を」
《了》




