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7.ヒカルの右腕

「オレ、穂村興信所期待のホープやねん。ほんで、これ初仕事やねん。こんなこと想定してへんでん。このまま帰ったら社長に合わす顔あらへんねん!」

 ヒカルら二人と対面した位置で、正座して座っているイノさん。泣きそうになっている。


「イメージトレーニングがどこかで間違っていたようね?」

 可哀想な目をしてイノを見下すホノカ。


「なんとかしてぇや!」

「そうね、何とかしてやってもいいわ」

 半べそをかいて受けに回っているイノさん。サディステックな笑みを顔に攻めるホノカ。


「どっちが大人なんだか……」

 と言うものの、小声でしかツッコめないヒカルであった。


「あたしが巫女装束着て電器屋街に立つの。ちょっとだけ胸元をだらしなくした巫女装束よ。で、男どもを呼び込むのと、その連中からお金を巻き上げるのが、あなたの役目」

「なるほど。十七歳のエッチな巫女さんやったら、客もメッチャ集まるさかいな、……って児童福祉法違反やんけ! そんなんでブチ込まれたら、ごっつカッコ悪いわっ。ボケッ!」

 真っ赤な顔をして、拳を握りしめるイノさん。


「元手は安上がりよ。巫女装束は売るほどあるし、なんならイノさんも着てみれば?」

「そういう問題とちげーだろ、いや、ちゃうで! お前、子供の人権とか考えたことあんのか?」


「じゃあ、どうやって借金返そうってのよ? 代案があるなら言ってごらんなさいよ。『頑張れ!』とか『しっかりやれ!』とか以外で。借金返済の年次計画をたててみてよ」

「いや、そんなんムツカシイこと急に言われてもやな……」


 ホノカのペースに巻き込まれ、真剣に金策を考えだすイノさん。右耳に付けた銀の棒ピアスをコリコリと弄んでいる。


「そりゃそうと、お(メェ)ら将来の(しようれー)こと考え(かんげー)てるか? ヤクザな事ばっか……あー、考えてはると、オレや畝傍みたいな大人になってまうで」

 ヤクザのくせに他人の心配をするイノ。ヒカルは、イノさんが畝傍と呼び捨てにしたのが、どうにも気になってしかたない。


「もちろん、あたしは日室神社の立て直しよ! お向かいにバカみたいな新興カルト宗教の総本部が建つまえは、そこそこ羽振りのいい神社だったのよ。素養は充分にあるわ!

 ホノカの言うとおり、日室神社の境内はバカ広い。落日の憂き目にあう前は、そこそこの格式を誇っていたのだ。


「客を……いや、信者さんをお向かいさんに取られた訳やね?」

 イノさんの言葉に、不承不承頷くホノカ。眉が危険な角度に吊り上がっている。


「オレらは、その大手教団の関係で立ち退きを迫ってるわけなんやけど。こりゃ困ったな」

 腕を組み首をかしげるイノさん。日室神社と新興宗教の間で板挟みとなっている。


「カルト教団はここを潰してどうする気よ? そもそも、ここ日室神社は、伊勢神宮とつながりがある神明神社よ。そう簡単に潰せるわけ無いじゃない」

 トントンと、ささくれ立った畳を指で突くホノカ。


「宗教法人としての資格さえ無くなれば、どうとでもなるがな。教団はイメージキャラとして白馬を飼いたがってるんや。ここを更地にして馬を放し飼いにするつもりらしいで」

 銀の棒ピアスをチャラチャラ言わせながら、イノさんは困った顔で固まっていた。


「馬? 馬を飼うの? うちの神社も馬を飼おうよ!」

 ヒカルはいざり寄って、ホノカの腕を左手で掴んだ。


「安心おし! あたしがパチスロで見る間に借金を取り返して、ロバの一頭ぐらい飼ってあげるわよ!」


「さりげなくロバに替わってるやん。そんなん止めとき。ああゆう馬系はな、餌代はもとより、世話する人件費だけでも大変なんやで」

 馬に詳しそうなイノさん。馬に乗ってるとは思えないし……。

 ――競馬でもやってるのだろう。


「僕が世話をするよ! 僕は将来、獣医になるのが夢なんだ!」

 グッと左手を握りしめるヒカル。


 ホノカとイノさんは、お互いを見つめ合った。そして、申し合わせたかのように、二人して困った顔でヒカルに向き直った。


 口を開いたのは姉のホノカ。

「ヒカル、あなたは獣医にはなれないの」

 なんで? という声がヒカルの顔に張り付いている。


「あなたの右腕は、生まれつき動かないのよ。片腕じゃまともな獣医にはなれないわ」

 無表情で喋るホノカ。ヒカルは、動かない右腕を左腕で掴んだ。

「でも、死ぬ気で努力すれば、願いは何でも叶うんだ。そう先生も言っていたよ!」

 ホノカは黙って口をきかない。


「やっぱり右手が利かねぇのか。もしやと思っていたんだが……。ケダモノとはいえ、命に対して責任を全うするのが医者ってもんだ。夢の中にゃ、どんなに努力しても叶わねぇモンもあるんだよ。潔く諦めろぃ!」

 ヤクザ者、イノさんの言葉は厳しい。しかし、姉・ホノカの言葉を代弁している。


「そんな事ない!」

 ヒカルは、泣き顔で反論するのであった。

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