4.姉上
日室神社。
キイロと彼女の姉はここの二階に間借りをしている。
住居の玄関前に、知らない男が二人立っていた。客だろう。
キイロが完全に気配を消すと、人は彼女を認識できなくなる。
立て付けが悪いはずのガラス戸を音もなく開け、身体を滑り込ませ、音もなく閉める。
乱暴に靴を脱ぎ、賑やかな声が聞こえる茶の間を右手に通り過ぎ……。
キイロは立ち止まった。
あの姉弟。いつも明るい歓声を上げている明るい姉弟。今夜は特に賑やかだった。
なぜ、どうしてあの姉弟はいつも明るいのか? 仲がよいのか?
恨みにも似た嫉み。嫉妬に血走り、殺気に溢れそうな目で襖越しに睨む。
でもこれっぽちも漏らさなかった。神といえど気が付かないだろう。
二階に通じる階段を上る。暗い廊下。いくつか並ぶ部屋の最奥が姉とキイロの家。ここに人外の気配はない。
安心半分、緊張半分の面持ち。姉のために買った品物は無事だ。
一つ息を吸って、襖に手を――。
かける直前で、襖は内側から何者かの手によって開けられた。
長い黒髪。長身の女性。
姉が暗い闇の中で立っていた。
この人の視線はいつもそう。
キイロの頭を通り越して、背後の壁に刺さっている。
暖かい言葉一つどころか、「お帰り」の一言もなく、押し黙ったまま。
緊張に強張ったキイロの顔。それでもキイロは力ずくで笑顔の形に持っていく。
「あの……、姉上」
意を決してキイロは言葉を出した。
姉は、そこで初めてキイロの存在に気付いたかのように、視線を落とした。ゆっくりと。
暗い視線だった。
哀れな者を見下げる目。
果たして、この黒い瞳はキイロを見ているのだろうか?
めげないキイロ。バッグから、若草色の包装紙に包まれた小さな箱を取り出し、姉の前に掲げた。
騎士が王女に真心を捧げるかのように。神官が神に供物を供えるかのように。
「姉上が探していた新型音楽プレイヤー。赤色です。今日一日かかって探し出して――」
「キイロ」
話の途中、姉は口を挟んできた。まるでキイロの話を聞いてないような声。キイロの手には何もないかのごとく。
「あなた……また戦ってきましたね?」
キイロの薄っぺらい笑顔が、不自然な形で凍り付く。
一歩下がった。二歩下がった。キイロは三歩目に背中を壁にぶつけた。
コトリと音を立て、廊下に転がる若草色の小箱。
そしてゆっくり歩き出す。ゆっくり姉の顔から視線を外していく。ゆっくりと作り笑顔が消えていく。背中が徐々に曲線を描いていく。
キイロは階段をゆっくりと下りていった。
――もういい。すべて壊して終わりにしよう。
階下から聞こえてくる姉弟の声がやかましい。
キイロの左手に魂が(みたま)集まりだしていた。
だいたい40話程で落ち着きそう。