42.伯爵の家族(最終回)
「ヒカル君はいるか?」
白いソフト帽に白いスーツ。片目には黒いアイパッチ。
「カグツチ!」
ヴァズロックが座布団より腰を浮かした。
「まあ待て。今日は穂村畝傍として来た。ヒカル君に話がある」
及び腰の穂村。一晩では怪我が完治しないのだろう、片手を吊っていた。
「僕にですか?」
こちらは全く無防備のヒカル。
「話と言ってもプレゼントなんだが……。どうせそっちの伯爵は俺の好意を受け取らないだろうから、君が受け取って欲しいんだ。そうすれば伯爵が受け取った事にもなる」
プレゼントと聞いて、目に青色LED光を灯らせるホノカ。聞く耳に腰が入る。
「俺の知り合いが経営していた牧場が潰れたんだ。ほとんどの動物は引き取られていったんだが、一頭だけ嫁のもらい手が無くてな。嫁と言ってもまだ若い雄なんだが……」
何の事か、理解し得ないでいるヒカル。ちょっと、嫌な顔をするホノカ。
「ヒカル君、馬飼いたいと言ってたね? いいよねー! 神社に馬って!」
「うんうん飼いたい飼いたい!」
乗り気シンクロ率百パーセントを越えた眼をするヒカル。
「でもさぁ……」
話を勧めておきながら、自ら話を引く畝傍。
「馬って気性荒いし、デカいし、目が恐いし、餌食うよ! 金かかるよ!」
「そうか……僕ん家、お金的なものが無いもんなー」
一度燃え上がったものの、水を掛けたがごとく意気消沈してしまうヒカル。思い通りの展開に、してやったりと、にやつく畝傍。
「そこで、ロバだ!」
畝傍の怪しいセールスが火を噴いた。
「ロバなら気が優しいし、ポニーより小さいし、耳がウサギみたいだし、南の空き地の雑草食わせておけば、草刈りの手間が省ける。まさに一石二鳥! これぞエコロジー。炭酸ガス排出量ゼロ! 地球温暖化に優しい動物だよ!
……ロバ飼う?」
「うん! 飼う!」
二つ返事のヒカル。実にきっぷがよい。
「ちょっと待つのだ! なぜ故にロバが登場するのだ! それ以前に貴様の話、胡散臭いのだ!」
たまらず、ヴァズロックが口を挟む。
「おや? 伯爵はこの神社から出て行くんだろう? なら関係ない人になるわけだから、口を挟まないでもらいたいものだな」
「こやつ、聞き耳を立てていたのだ!」
畝傍は、昨日の仕返しとばかり、ヴァズロックを軽くあしらった。
「お待ちくださいヒカル様! なにやら詐欺の臭いがします。ここは一つ慎重に!」
心配顔のロゼが顔を出した。険しい顔をしている。ヒカルのために、いつでも人狼化できる体勢でいた。
「ロシナンテがいい? 銀次がいい? ロゼさん、一緒に名前を考えようよ!」
「はい! 喜んで!」
二つ返事のロゼ。実にきっぷがよい。
「じゃ、話は決まったな。早速だがここにハンコ――」
「ちょっと待ちなさい、消し炭ヤクザ!」
ホノカが割って入ってきた。
「あたしはこの家の住人にしてこの神社の重鎮。今のあなたの説だと関係者なんだから、可否の判断に加わっても良いわけよね?」
ホノカの介入に、いかにもしまったという表情を浮かべる畝傍。目がピヨっている。
「しかも、あたしはヒカルの姉ときている。いわゆる保護者ね。そのあたしに一札入れることなく話を進める? 筋が通らないわよね? なに? あたしはガン無視?」
たたみかけるタイプのホノカトーク。眉をつり上げたホノカは意外と怖い。
一方、苦笑いを浮かべ、額に汗をにじませる畝傍。口でこの娘に勝てる自信がないのだ。
「でもね――」
硬直状態に陥る寸前。ホノカの方から現状打開を働きかけた。
「ロバの処分に困ってるんだったら受け入れてやっても良いわよ。ロバの居る神社って面白そうじゃない! 参拝に来た子供を相手に乗せてやると、きっと喜ぶわ」
ころりと笑顔に変わるホノカ。今のは冗談でしたと言わんばかりの、慈母の笑顔。いわゆる笑顔が可愛いタイプ。ホノカはこんな顔もできるのだ。
「なら大助かり――」
「いま大助かりって言ったわね? じゃ、条件飲んでもらおうかしら!」
畝傍の言葉に介入するホノカ。ロゼ顔負けの狼の目で笑う。
「小屋だとか飼い葉だとか、そうね、ロバ君の運動場作らなきゃいけないわね。毛並みを揃えたりする道具だとか、体調管理の道具だとか一式揃えなさい。
綺麗にしてれば金を取れるわ。子供を乗せて荒稼ぎよ! そうね、一回ワンコインの五百円でどうかしら」
あんぐりと口を開ける畝傍。二の句が継げないでいる。
「ヴァズロックに一矢報いさせてあげるわ。だから協力しなさい」
いたずらっぽいウインク一つ、畝傍に投げかけるホノカ。
彼女に何を感じたのか――。照れ笑いで同意、委託する畝傍。
「ところでヴァズロック伯爵!」
ホノカの矛先が代わった。身構えるヴァズロック。
「あんたの輝いていた時代……、車もWHOもない暗黒邪神中世騎士の時代って、馬が日常的に闊歩していたんでしょ?」
見上げるような視線を作り出すホノカ。
「えらい言われようだが、その通りなのだ。我が輩は、誉れ高き十字軍の騎士なのだ!」
まだ防御態勢を維持しているヴァズロック。自然と精霊因子シールドまで張っている。
「馬に乗ったことある? 騎士隊長閣下?」
目を細めるホノカ。人、これを挑発と呼ぶ。
「したり! これは何を言うかと思えば! 我が輩クラスの戦人ともなれば、いや、およそ騎士という冠の付く者共であれば、愛馬と一心同体が基礎の基礎! 己の足として戦場を駆け回ったものである!
愛馬とは戦友であり家族である! 馬素人のそなたに、馬のなんたるかを語られては困るのだ!」
胸を張るヴァズロック。
「凄い! 私じゃ絶対無理だけど、ヴァズロック伯爵閣下だったら馬飼うなんてお手の物だったのね!」
「犬を飼うより簡単なのだ!」
「じゃ、ロバなんかだったらもっと簡単ね?」
「金魚を飼うより簡単……。しまったっ!」
ヴァズロック、語るに落ちる。ファイアーウォールを自ら無効にしてしまっていたことに気づいた今、大げさな仕草で膝を折る。
「じゃ、ロバ君の飼育係決定ね! ヒカル、こっちいらっしゃい!」
「ちょっと待つのだホノカ!」
ヴァズロックが止める暇もあらばこそ。
「ヒカル! ヴァズロック伯爵が、ロバの飼育を手取り足取りみっちり教えてくれるって!」
ホノカはヒカルに向け、わざとらしくも手をメガホン状にして大声を上げる。
「ほんとう? さすが伯爵! 何でもできるんだね。ありがとう伯爵!」
ヒカルが、両手でヴァズロックの手を取った。ヒカルの手は、右も左も暖かい手だった。
「う、うむ。任せておくのだ!」
後に引けない性格のヴァズロック。軽く引き受けてしまった。
「じゃ、しばらくここにいてくれるんだよね?」
「……ま、まあ、不本意ながらそうなるのだ」
動くことを覚えたヒカルの右手が、後頭部を掻いてこう言った。
「不本意って、……水くさいなぁ。僕たち家族みたいなものでしょ?」
――この家で、この世界で初めてヴァズロックの居場所ができた。
ヴァズロックは、それには気づかぬふりをして、ホノカの方を向いてしまった。
「伯爵が馬番に成り下がってしまったのだ」
左手を握りしめる。でもプルプル震えてなどいなかった。
「馬番じゃないわよ」
あごに手をあててホノカが笑ってる。
「新規入信者開拓係でもある馬番よ」
「何故伯爵たる我が輩が、そういういかがわしいことを! 第一、我が輩はキリスト教徒なのだ!」
マントの胸元を引き寄せ、右手だけを出すヴァズロック。これは彼の怒りの表明!
「ヴァズロック伯爵は綺麗な女の子担当ね!」
「うむ、心得たのだ!」
右手を引っ込め、マントの襟をくつろがせ、ふんぞり返るヴァズロック。
どうやら、話が落ちるところへ落ちたようだ。
「この娘、ただ者ではないな」
今まで黙って事の成り行きを見ていた畝傍。思わず独り言を呟いてしまう。
「神々を手玉にとっただけではなく、神社経営とロバ飼育と伯爵引き留めの三者を一本にまとめてしまう手腕。たいしたもんだ」
無意識に、畝傍は顎を手の甲で拭っていた。
「……神が人間に、手玉にとられたのはこれが二度目だな。あの時も女だった。
スサノヲをヤマタノオロチにぶつけたうえに、あの根無し草を王にいただき、クニを盤石なものにした。口がうまく、神をいいように利用した幼女。
……たしか櫛名田比賣……。
ま、どうでもいいか。あの吸血鬼のお陰で、みんなが収まるべき所へ収まったことだし」
畝傍が誰に言うでなく、言葉を紡いだ。そして、自分を救ってくれた異国の美麗人を眩しい目で見る。
「我が輩は誇り高き大貴族、ロード・ヴァズロク! 安心するが良い! 我が輩が何もかも解決してくれよう!」
特徴的な高襟マントを乱暴に跳ね上げるヴァズロック。ホノカに乗せられたまま、天高く舞い上がる。
「皆の者、我を崇めよ。そして敬え!」
そこにいる誰もが、うんざりとした目をしていて、それでもヴァズロックを見ていた。
ホノカが自分の名前を正しく発音していることに、ヴァズロックが気づくのは、もう少し後の話である。
完
ま、そんなワケで「我崇敬」一巻の終わり。
それぞれが救いを求め、癒やしを得たようです。
今のところ(いろんな意味で)救いようが無い……もとい、救いを求めていないし、求める必要性を感じないのがホノカとイノさん。
あの二人は真のチートなのか、気にしない力が強いのか、のどちらか。
……このメンバーで年末年始イベントを迎えるとしたら、どんな事件が発生するのでしょうな?
ご意見、ご感想お待ち申し上げております。
COMING SOON !!




