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40.星空

「どうせあんた達のことだから、お終いにするきっかけが欲しかったんでしょ? あたしは、そのきっかけを作ってやったまでの事! 感謝の言葉一つもないとはどういう事?」

「それにしてはダメージが大きかったのだ! 我が輩もミカボシも!」 


 相対的にではなく絶対的に元気なホノカと、異常に疲れた風体のヴァズロックが、並んで廃墟の上に座っていた。


「ホノカよ。そなた、気絶もしておらねば、拘束もされてなかったはずなのだ。ミカボシと共犯であったな?」


 カグツチとミナカタが、傷ついた体に鞭打って、これ幸いにと、ぐんにゃりしたミカボシを担ぎ出した後の事。

 三日月は、とっくに地平の向こう側へ吸い込まれた後だった。見上げれば、空に満天の星。近くで虫が鳴いてる。


「……何で解ったの?」

 ちちちちち。

 ホノカの問いにバズロックは、指二本をキザったらしく振ってから答えた。


「ミカボシの行動に解せない部分が多すぎたのだ。上手く隠しているつもりの様だが、あやつは馬鹿で正直なのですぐ解るのだ。

 まず、ホノカの命を第一に考えていた事。次に、我が輩の正体を知らないでいるのはツクヨミとヒカルだけ、だと言った事。ホノカは知っていると、言外に言っているのようなものなのだ」


「まあ、確かにイノさんて馬鹿だったわね」

 ホノカは、しみじみと悪神・天津甕星を馬鹿呼ばわりした。


「そして、ミナカタが来るのが遅いと、……つまり、あやつは、カカセヲの天敵であるヒカルが、駆けつけるのが遅いとミナカタになじった」

「カグツチが来るまで戦いを引き延ばすためには、自らをある程度弱体化せねばならぬ。あやつはカグツチの改心を促すために我が輩と戦ったのだ。それ以前に……」

「それ以前に?」

 ホノカの合いの手がはいった。


「なによりも、そなたの駐車場での倒れ方が下手くそだったのだ」

 ヴァズロックの解説に、小さい溜息を一つつくホノカ。


「まあね。駐車場でイノさんが耳打ちしてきたの。みんなを助けたいから協力してくれって。場を宗教施設に変えるのを手伝ってくれって」

 両手をヤレヤレの形にあげ、ヒラヒラさせるホノカ。


「なるほど。やはりそういうことか」

 駐車場で、ミカボシことイノさんが、ホノカの耳元で囁いたのは、催眠術のスペルではなく、内緒話だったのだ。


「あたしも最初っから、イノさんの言動に裏を感じていたしね。彼女、悪い人に見えなかったし……。バズロックが日本へ来た理由も疑問だったし。決定的なのはヒカルの変化とあなたの取り乱し様。それに――」

 パンパンと赤い袴の裾に付いた埃を払い、立ち上がるホノカ。


「それに、新興宗教施設に物理的な大ダメージ与えられそうだったし」


 漁夫の利。


 そんな言葉を脳裏に浮かべるヴァズロック。必死に表情を押し殺しながら、マントの襟元を手で合わせた。


「あ、マントの襟を引き寄せた! あんた、なんか、悪いこと考えてるでしょう?」

 細く長い優雅な眉を器用に波打たせる。


 ヴァズロック、表情を押し殺せなかった。

「ホノカ。その方、どこまで知っておったのだ?」

 ニュッとイタチ目をするホノカ。

「あなたがドラキュラではないこと。拝殿であなたの指をつかんだ時、わかったわ。暖かかったもの」

 アンデッドは総じて体温が低い。生物学上、少なくとも恒温動物ではないのだろう。


「光のシュテファン大公と呼ばれた人物その人か、何らかのコピーであること。あなたの中に、天使的な大物が飼われていること。

 ヒカルの腕が動かないのは、医学的用語で解説できないこと。

 動かない理由は、ドラキュラがその腕に閉じこめられているため。

 また、そのドラキュラの中で、あなたと正反対の黒っぽい大物が飼われていること。

 もっとも、ヒカルのことはあたしの推量だけどね」


 約三秒間、直立不動のままのヴァズロック。


「……だいたい正解なのだ」

 ホノカの推理はほぼ合っている。ホノカ侮りがたし!


「ミカボシはカグツチの心の傷を癒そうとしていたのだ。ミナカタを参加させたのは、心の整理をつけさせるため。

 もっとも、ミカボシもそうすることで、天国大戦で倒れていった仲間を救えなかった過去の自分の救おうとしていたのだ」

 ヴァズロックの話に、首をすくめて答えるホノカ。


「はいはい、わかったわかった。つまり、あの大喧嘩は、みんなで心の傷をなめ合う道化芝居ってことね。……あとは、バズロックが日本へ来た理由だけが謎として残ってるわね?」

 教えろ目線のホノカ。ちょっと猫が入った目。


「バではなくヴァ! ……ブラド・ドラクルが死んだのは戦場でのこと。それは、我が輩がもう少し気をつけていれば未然に防げたものなのだ。あの者が生きておれば、ヴァルカン半島を取り巻く情勢は、……いや、世界史は平和な方向へ変わっていたであろう」

 目を閉じるヴァズロック。もう一度目を開けると、遠いところで焦点が合っていた。


「あやつはいい(やつ)だった。賢い男であった。友であった。幼なじみであった。共に死線を越えた仲であった。だのに我が輩は、約束を守ってやれなかった。

 ヴラドは、……あやつは噂されているような男ではない。僅かな軍勢で数万の帝国軍に勝ち続けていた。

 あやつは、邪な心無くキリスト教世界を守り、全身全霊で戦った。悪魔に魂を売ってまで守ろうとした世界だというのに!

 そのちっぽけな世界に裏切られたのだ。

 嫉妬、やっかみ、情報不足、妬み。あやつが負けたのは人に巣くう負の感情なのだ。

 教皇がヴラドの命を狙っていたのは知っていた。ヴェネツィアが妬んでいるのは目に見えていたはずなのだ!」

 過去に思いを馳せる。今ではなく過ぎ去った過去に。


「なのに、我が輩は守れなかった!」

 ヴァズロックが見つめるのは遙か彼方。時の一点。


「我が輩は、今度こそヴラドを救いたかった。ヴラドが使った秘法。それが悪魔王ルシフェルを取り込んだ魔の法。日本の神々が転生を繰り返す法の真逆の秘法。

 我が輩はヴラドが残した資料を基に、連中を取り込む法を手に入れた。我が輩なりの改良をしてな」

 余程の法であったのだろう。ヴァズロック、凄まじい笑みを浮かべる。


「そして得たのが、熾天使ウリエル。我が輩が堕とした。我が輩は永久の命を得、長き時を生き抜いた。家族や仲間が死んでいくのを尻目に……」

悲しく笑っていた。笑っているのに泣いていた。だがヴァズロックは泣いてなどいない。


「そして、先日。全世界に蒔いた、我が輩の息がかかった機関の一つ。フニャディ婦人が取り仕切る調査機関が、ヴラドの転生とその方らの危機を察知したのだ。

 その後は話すまでもない。日本へやってきて、(いにしえ)の神々といざこざを生じさせてしまった。そんなくだらないお話なのだ」


 もう一度目を閉じ、再び開かれた目はホノカを映していた。

「くだらないお話じゃないわ」

 つぶやくようなホノカ。


 ヴァズロックの冷たい目に何かが揺れる。

「つまんないお話よ!」

 ホノカの言葉の方が冷たかった。


 ヴァズロックの眉が、片方だけピクリと動く。怒りが湧いたからではない。ホノカの話し方に、彼女の不満といら立ちを感じたからだ。


「あなたの話を要約すれば、お友達のヴラド君を殺してしまったと勘違いした男が無駄に後悔して、ヴラド君の代わりにウチのヒカルを命がけで守ろうとするお話でしょ?」


 動揺したヴァズロックは、大きく目を見開いた後、静かに伏せた。言葉でどのように繕うとも、真実か否かは自分が一番知っている。


 なお、ホノカはそんなことであっても容赦ない。

「でもそれって、自分がよい子になろうとする醜い欲じゃない? ヴラドを見殺しにしたって責任から逃げたいという欲望よね? 何の解決にもなってないわ!」

「ずいぶんと厳しい意見なのだ」

 その程度で心を折られるヴァズロックではない。表面上は。


「畝傍さんやキイロちゃんだけじゃなくて、伯爵、あなたも救いを求めているんじゃないの?」

 ホノカは、ヴァズロックの心が激しく動いたのを察知した。あからさまにヴァズロックの顔がこわばったからだ。


 この時になって、ヴァズロックは自分の本心に気づいたのだ。


「あーあ」

 ホノカが溜息とも欠伸ともつかない声を出し、背伸びをした。ヴァズロックの反応がどうあれ、もはやホノカに興味はないらしい。


「もっと簡単な方法も有るってのに。結局、大山鳴動して、ライバル会社の本店ビルが吹き飛んだついでに、ヒカルの腕が動くようになっただけ……で、ヒカルはどうなるの? ドラキュラになっちゃうの?」

 ちっとも心配してないホノカ。……ロゼとなにやら楽しげに話し込んでいるヒカルを目で捕らえている。

 ヒカルはあの後、すぐに意識を取り戻した。あの時の記憶はないと言う。


「安心するのだ」

「心配してなんかないわよ!」

「ヒカルはヒカルとしてヒカルの魂を持ってこの世に生まれてきたのだ。ヴラドはヒカルというマンションの一室に間借りしているだけなのだ。

 ここでの一件は、電話でルームサービスを頼んだようなもの。マンションと大家に絶対的危機が訪れない限り、窓から顔を出すことはない」


 ヴァズロックの目をえらい勢いで見るホノカ。そこにはいつものヴァズロックの冷たい目があった。気持ちの切り替えが早いのは、無駄に生きてきた経験のなせる技術(ワザ)か?


「賃貸料とれるの?」

「とれぬわ! たわけめ!」

「お友達と会えなくなって寂しくない?」

「ぅ」

 斜めから脇腹を刺す攻撃に、ヴァズロックは言葉を詰まらせた。


「さあ、どうであろうの」

 誤魔化すつもりか。話を終えるつもりか。ヴァズロックが立ち上がった。

 ホノカが見上げると、神々をも黙らせるヴァズロックの美貌が、彼女を見ていた。


「ヴラドに、面と向かって詫びを入れられただけで、我が輩、なんだか救われた気がするのだ。

 ……いずれにせよ、これ以上ヴラドは顔を出さぬ方がよいであろう。つられてルシフェルが顔を出したりしたら、今宵の騒ぎ程度では済まなくなるのだ」


 特徴的な高襟黒マントを風にはらませ、星空を背にして立つ伯爵、ヴァズロック。

 空を見上げた。ホノカも見上げた。


 夜空はどこまでも澄んでいて。星々はどこまでも高く輝いていたのだった。

もう少しだけ続きます。

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