表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/43

38.反省

「待ってくれ! 伯爵も待ってくれ!」

 白いソフト帽に黒いアイパッチ。裸に包帯をぐるぐる巻きにした上半身。白いスーツを肩に羽織っている。


 ミカボシ、大きく息を吐いて間合いを外す。


 ――なるほど。ミカボシはこれを待っていたのか……。この者、役者なのだ。だが!

 ヴァズロック、思うところあり。


「なんスか、社長じゃないっスか! けが人なんだから、おかゆをうまいうまいって食って寝てなきゃダメっスよ。チョチョイっとやっつけて、湿布取り替えに行きますから、ここは無敵のミカボシさんに任せて、引っ込んでてくだせいや」

 ヴァズロックに標準を定めたまま叩くミカボシの軽口に、カグツチは苦い物を食った口で答えた。


「もういいんだ。イノさん、やめよう。……いや、……もう無茶はしないでくれ」

 カグツチの息が荒い。倒れ込むように両膝を玉砂利につく。


「ヴァズロック伯爵。伯爵も矛を収めてくれ。この通りだ」

 焔の銃を脇におろし、背の羽をたたむヴァズロック。三歩、後ろへ下がった。しかし、彼が無言で睨み付けているのは、カカセヲを持ったミカボシだった。


「俺は、……わかってるんだ。本当はわかってるんだ。だけど、どうしょうもなかったんだ。俺は……俺は親に憎まれ捨てられた。だが、それはヒルコやツクヨミ達には関係ないこと。俺には俺の世界がある。ミカボシ、……いや、イノさんには迷惑をかけた。危ない橋を渡ってもらった。すまなかった」

 理由がわからないのはロゼだけ。きょとんとした顔をしている。珍しい表情だ。


「タケミナカタ。貴様にも迷惑を掛けた。必ず償う。許してくれ!」

 門の入り口。カグツチは、崩壊した岩隗を背に座り込んでいるミナカタに頭を下げる。

「うるせぇ! サングラス代と治療費、払えよコノヤロウ!」

 左手をパタパタと動かし、何に対してだろうか、否定を表現する。


 カグツチの言葉が続く。

「父は母を愛していた。何者よりも愛していた。そして俺は母を殺した。殺した事実に変わりない。それは受け入れ、俺のものとしなければならない事だったんだ……」

 カグツチ、呼吸が続かない。何度も何度も喘ぐように息を吸い込んでいる。


「イノさん。オレは悩んでいたんだ。ヒルメ達に復讐したい。でも、危険なヤツから守ってやりたいという願いも持っていた。オレは挟まれていたんだ。俺は自分で自分を追い詰めていたんだ。だから危険な伯爵に戦いを挑んだ。そんな俺に、イノさんは付き合ってくれたんだ。あんたは、俺の荒御魂が崩壊しないように誘導してくれてたんだな」


 ミカボシ、カグツチの方を見ようとしないし、動こうともしない。ただ、溢れていた殺気が内部に向かって凝縮されていくだけだ。


「伯爵! あんたにもすまないことをした。あんたも俺のこと救おうとしてくれてたんだろう? 昼間は、手加減してくれてたんだろ? あんたのチカラなら、俺を殺せてたはずだ。それとあの時の言葉。俺は考えた。あんたも俺を救おうとしてくれてたんだ!」

 カグツチは、一気に心の内を打ち明けた。


「勘違いするなカグツチ。我が輩はヒカルを危険な目に遭わせたくないだけだったのだ」

 焔の銃を握り直すヴァズロック。ずいぶんと突き放したものの言い様。


「ところでカグツチよ」

 相変わらずミカボシを()め付けたままのヴァズロック。どうでもいいような風でカグツチに話しかける。


「そなたの母、イザナミは死ぬことによって、黄泉の国の女神となったのだ。誰よりも早く、初めて、あの世とやらへ行った母神なのだ。それはつまり、……自分の子供、そして孫達が死んで黄泉の国へ一人旅だったとき、寂しくないよう、悲しくないよう、黄泉の国で待って、受け入れてあげようという母心ではないのだろうか? カグツチよ、その方、黄泉の国で母に会っているはずなのだ」


 カグツチは口を開いていた。目が遠くを見つめていた。

「あの時、あの黄泉の国の闇は……あの優しく俺を包んでいた闇は……母だったのか!」


 たった一つの目から、涙が一粒こぼれた。

 その一粒が、何かの栓だったのであろう。カグツチの目から、涙が堰を切って流れ落ちる。


 ――争いの元凶が消えた――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ