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37.無防備

 黒いマントを羽織る天使がそこにいた。


 ツクヨミが叫ぶ!

「その姿、間違ってない?」

「だから何度も言ってるのだ! 我が輩は吸血鬼でもなければドラクリア、……ドラキュラでもないと!」

 上空から、ツクヨミに異を唱えるヴァズロック伯爵。


「犬歯も伸びてないし、昼間でも外を出歩いていたし、むしろ太陽が天空にかかっている時間の方が体調はよいのだ。我が輩がカグツチに押し勝ったのは昼。ヒカルの中のドラクリアが目覚めたのは今。夜ではないか」

 ツクヨミと話しているが、赤い目が見据えるは天の悪星、アマツミカボシ。


「オレは知ってたぜ! カグツチも知っていた。たぶんアマテラスも知ってる。知らねぇのは、ツクヨミとヒカルだけだ」

 カカセヲを構え直すミカボシ。


「ついでに言うと、ヴァズなんとかが飼ってるはウリエルだな。熾天使から落っこちたとか、転んだとかいう炎の……」

 ちょっとだけ言葉に詰まるミカボシ。斜め右上を見るともなく見て、何かを考えている。


「……てめぇまさか?」

「ふん!」

 ヴァズロックは右手を伸ばした。赤い炎が現れ、青白い炎に代わり、先ほどより一回り大きな銀色の銃となる。


 装甲のそこかしこに丁寧なレリーフが施された大型銃。そのレリーフからちろちろと青白い炎が吹き上がっている。


「炎の武器? それはエデンの園を守る焔の武器か! やはり、てめぇがウリエルを堕とした犯人(ホシ)だな?」

 ミカボシが慎重になった。


「ブラド・ドラクリアには、隣国に親友(マブダチ)がいたってぇ話だ。片っぽうが祖国の王となった暁にゃあ、もう方っぽうが王となる手助けを必死でするってな約束を交わしたと聞いたんだが……」

 あからさまな上目遣いをするミカボシ。ゆっくりとヴァズロックを指さす。

「てめぇがその人、ワラキア公、光のシュテファン大公!」

 ヴアズロック、正体を看破される。


 ちちちちち、と舌打ちしながら、ヴァズロックは、指二本を小刻みに、憎たらしいまでにゆっくりと振る。

「いいや、違うのだ! 我が名はロード・ヴァズロック・ボグダン・チェルマーレ」

 煌びやかに、そして凄まじき美貌の持ち主、ヴァズロックが名乗りを上げる。

 胸を反らし、胸に手を当て否定したのだ。


「我を恐れよ。そして(ひざまず)け!」

 焔の銃を空高く掲げ、光弾を発射。上空で真っ赤な光球、太陽が出現した。

 炎の神、カグツチをも焼いたヴァズロックのチカラ。


「しゃらくせぇ! トゥギャザー!」

 変な掛け声を伴って飛び上がるミカボシ。

「堕ちよ! 太陽(ウリエル)!」

 迎え撃つヴァズロック。


 ――勝負は一瞬でケリがついた。


 バズロックの命令で落下する赤い太陽。

 青白い雷光をまとうカカセヲを振り上げ、突っ込んでいくミカボシ。


 赤と青、二つの色が接触。

 赤黒く膨れあがった太陽が二人を飲み込み、一つの点になる。


 無音の爆発。巨大な発光体が宙にある。

 衝撃波も突風も光も熱も来なかった。


 発光体が重力に従って、ゆっくりと移動を始める。

 長い、でも現実には短い時を経て、発光体が拝殿に墜落した。


 発光体の内側から放射されるのは、網膜を焼く光の束。平面に広がる衝撃波。

 瓦と礫と砂が巻き上がった。この段で真の爆発が起こった。


拝殿消失!


 煙すら消失していた。

 土が土手状に盛り上がり、クレーターができている。


 クレーターの縁に白い手がかかった。

 現れたのは青白い光に包まれた人。


「疲れちまったぜ、こんにゃろめ!」

 一気にクレーターを飛び越える。

「――と、ミカボシなら言っていたのだ」

 人なのだからヴァズロック。彼は神ではない。


「お帰りなさいませご主人様」

 獣人化したものの、ヒカルが気を失っているので人型に戻っているロゼ。


「紛らわしい男だ」

 これは、つまらなさそうにしているツクヨミ。でもヴァズロックに歩み寄っている。

「……」

 ヒカルは無言。気絶したままロゼの膝枕で寝ている。




「今のは痛かった」

 頭から血をだらだら流したミカボシ。……が穴から出てきた。


「ミカボシ! 生きていたのか!」

 ツクヨミが、後方へジャンプ。距離をとる。ミカヅキに矢をつがえた。引き絞られた銀の剛弓。三日月が満月となり、矢が黄色に輝きだした。


「ヒカル様に見られていないので、パスさせていただきます」

 ヒカルがお気に入りの獣耳と尻尾を出したままのロゼ。指一つ動かす気はないらしい。


「……手を出すでない」

 一瞬だけ目をツクヨミに向ける。小さな声。周囲に有無を言わせない美声。


「教えるのだ、ミカボシ」

 じっとミカボシを見据えるヴァズロック。

「なぜゆえに大技を出さないのだ? その方の実力は、こんな低レベルなモノではなかろう? なぜ、ヒカルが来ると同時に決め技を出したのだ? 直前まで、何かを探していたように見受けられたが?」

 ヴァズロックの持つ銃が光を帯びた。


「戦いが虚しくなるように気を使ってんだよ。なんせ人質を取ってるからなぁ。それより、大技を出せずに難儀してるのは、お互い様らしいからな!」

 カカセヲを突撃の構えに据えるミカボシ。はにかむように笑う。

 ヴァズロックしばらく無言。


「……なるほど、お互い様なのだ」

 そして薄く笑う。


「では、――第二ラウンド開始なのだ!」

 背中の白い羽をエックス字に展開するバズロック。手に持つ銃から炎が上がる。

「今日がてめえの命日だ!」

 カカセヲが高速回転を始めた。先ほどよりも、発光が激しい。


 真横に構えるヴァズロック。腕を九十度に折り曲げ、銃口を上空に向ける。

 代わった構えをとるミカボシ。カカセヲを体の後ろに隠してしまう。

 二人共、無防備。攻撃オンリー。


 なぜかそのまま動かない。

 だが、動けば決まる。


「待て! イノさん!」

 その時、左手の奥から声が上がった。

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