表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/43

36.黒と白

 僅かに目を離していた間に、ヒカルの容態が悪化していた。半眼に開いた目は、白い部分しか覗かせていない。唇がわなわなと震えていた。

 二度目の失神。だが、前回とは容態が違う。より悪化している。


「またなのだ。その方、なぜ故に……。我が輩は、その方を助けるために日本へやってきたのだ。なぜ故え、我が輩が助けられねばならないのだ? これでは我が輩は……」

 ヴァズロックの背中が丸い。俯いたせいで、前髪が一房落ちる。元々白い顔が、紙より白くなる。


「やっと……話ができそうだ」

 声はヒカルの物。大人びた口調は別人。


 驚き。悲しみ。懐かしさ。後ろめたさ。喜び。後悔。笑顔。

 ヴァズロックは、全ての絵の具を混ぜ合わせたような表情を顔と全身に浮かべた。


「貴様なのか?」

 ヴァズロックの問いかけに目で頷くヒカル。


「友よ……今はヴァズロックと名乗っているのだったな。お気に入りの名か?」

「ああ、気に入っているのだ。……我が輩は貴様に償いきれない罪を作ってしまった。そんな我が輩を今でも友と呼んでくれるのか?」

 震えながらヒカルに手を差し出し、――それでいて手を握れないでいるヴァズロック。


「なぜヴァズロックが罪を背負わねばならない? その方が気に病む必要はない」

 ヒカルが手を差し出した。赤く腫れた右手だった。


 その手とヒカルの顔を交互に見つめるだけのヴァズロック。まだ手を握れない。

 そんな意地を張った子供のようなヴァズロックを見て、ヒカルが弱く笑った。

 タンポポの綿毛のような笑みだった。

 風に吹かれればすぐ飛んでいってしまいそうな笑み。それでいてしっかりと、次に自分の意志を繋ぐ笑み。


「ならば……」

 そして、顔を引き締めた。


「……ならばヴァズロック。私を助けてくれ。いや、ヒカルを助けてくれ。お願いだ。この子の命と、この子の小さな国と、この子のか弱き国民を救ってくれ」

 ヴァズロックは、鳳仙花が種を飛ばす唐突さでヒカルの右手を握っていた。ヒカルの右手は熱を持っていた。


「任せておくのだ! 我が輩が、この命を引き替えにしても守ってくれるのだ!」


 ヒカルは、命を粗末にするな、とは言わない。代わりにこう言った。

「頼むぞ! ヴァズロック。貴様だけが頼りだ!」

 それは、ヴァズロックにとって、もっとも優しい言葉。


「友よ、ヴァズロックよ、おまえがいるから安心だ。……私はもう動けない……」

 そして、ヒカルは目を閉じ、荒い息をしだした。


「ヴラド! ヴラドッ!」

 ヴァズロックは叫んでいた。友の名を。ルーマニアは古の国、ワラキア公国の串刺し公、ヴラド・ドラクリアの名を!


 あれほど強く掴んでいたヒカルの腕から力が抜ける。赤い腫れが消えていく。

 いや、赤い色素が一カ所に集約されていく。二の腕中央に赤黒い色が固まっていく。

 それは見る間に、とある形を取っていった。


 コウモリの羽。


 正確には相対的に大きなコウモリの羽を持った、小さなドラゴン。

 カード大の大きさのそれが羽ばたいた。皮膚の上を二次元状に羽ばたき、移動する。手の甲に留まって、ヴァズロックを小さな小さな目で見上げた。


「ミカボシぃっ!」

 ヴァズロックが吼えた。空気が揺らぐ、獅子の咆吼。美貌に浮かぶ凶悪な殺気。妖しいまでに美しい。


「なんだい?」

 軽い口調と裏腹に、堅固な構えを取るミカボシ。カカセヲを下段に構えている。下段は受けの構え。


 対して、ヴァズロックは元のダウナー系に戻っていた。右手の指を二本突き立て、ちちちと左右にゆっくり振り、額に指をあててこう言った。

「期待された我が輩は、少し違うのだ」


 立ち上がるヴァズロック。背筋をぴんと伸ばす。前髪を跳ね上げ、撫で付ける。

 特徴的な高襟マントを脱ぎ、右手に持つ。吹いてきた強風にマントを預けた。

 ヴァズロックの赤い目がミカボシを射る。瞳の色は炎の赤。


「ケルブ・ァウリエル!」

 ヴァズロックが爆発した。いや、渦をなす爆炎に包まれた。


 包まれたと誰しもが思った次の瞬間、炎は消えていた。

 姿を現したヴァズロックに変化があった。

 背中に羽が生えている。

 二対の、白い、鳥の翼。

 純白の、四枚の翼をめいっぱい広げ、真っ直ぐ上に舞い上がる。


「は、伯爵! その姿……」

 ツクヨミが叫んだ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ