34.反撃
――ミカボシが動いた。
ミカボシが後ろへ。謎の高速移動法で動いた。
さらに後方へ。そして、左へ転がってから、大きく、低くジャンプ。都合四回、回避行動を取った。
その四カ所に刺さった銀の矢が、次々と爆発していった。
「ツクヨミっ! てめえなにしやがる!」
ミカボシが見上げる方向。拝殿前広場を照らす照明塔の上、銀の弩弓を構える小さな影。
両端が尖ったニット帽を頭に乗せた黒いワンピースの少女。キイロこと、ツクヨミだった。
「天津甕星! 我が姉への攻撃は許されることではない。これは報復である」
そして、豪快な発射音を伴っての二連射。
「上等だコノヤロウ!」
一本目をかわし、二本目をカカセヲでへし折るミカボシ。ツクヨミが巧みなのは、避けても弾いても、ヴァズロックから遠ざかってしまう位置に矢を射ったこと。
「ツクヨミよ、そなたに感謝を!」
この隙に、戒めからの解放を勝ち得たヴァズロック。
「勘違いするなコウモリ! 何度も言うが、わたしは姉上を攻撃した敵に対して報復攻撃行動をとっているにすぎぬ。貴様と共闘する気など毛頭ない。……絶対にプレイヤーの礼じゃないからな! ――ミカボシが回り込んだぞ!」
弓につがえていた銀の矢を放つツクヨミ。それはどう見てもヴァズロックに対する援護。
「ならば、少しだけ本気を出してみせるのだ」
肩をすくめてから攻撃体勢に入るヴァズロック。
「アークアウリエル!」
両手に、光の渦が巻く。
形となったのは、銀に光るゴリラサイズの自動式拳銃……の様な物。
装甲板に覆われたサブマシンガンサイズの銃と言えようか?
左手の銃口……と思われる部分から、青白い火が噴き出た。
左の初弾はわずかに逸れている。カカセヲで弾くこともなく、回避を選んだミカボシ。
その回避した場所に第二弾が飛んできていた。初弾はハナから囮。右の第二弾が本命。
「ちっ!」
舌打ちもそこそこにカカセヲで受けるミカボシ。
カカセヲと接触した途端、表面で火球が膨らんだ。爆発したのだ。
ミカボシが、二度目の舌打ちをする間もなく、回避した初弾が接地・着弾。そこでも爆発を起こした。
「うわたーっ!」
ミカボシの姿が、前後の爆炎に消えた。さらに、ツクヨミの矢が爆炎の中心部に向けて三連射されていた。
「完璧なコンビネーションなのだ」
「勘違いするな!」
照明塔より飛び降りたツクヨミ。心底嫌な顔をしている。
「じゅーねん早い」
我慢に我慢が重なった、重厚な怒気を含んだミカボシの声。
金属同士がこすれる嫌な高周波音。そして発光。ドリル回転するカカセヲが、傍迷惑なまでに土石を撒き散らしながら、宙に向かって飛び出した。
炎も煙も竜巻となって上空へ吹き飛んでいく。
「煙い」
煤っぽくなったものの、無傷のミカボシ。手には、やかましく高速回転するカカセヲ。
「ノって来やがったぜコノヤロウ。二人まとめてかかって来やがれってんだ!」
実に楽しそうな笑みを浮かべるミカボシであった。
ミナカタ会心の左フックが、ロゼのレバーにヒットした。
ロゼの重いパンチが、ミナカタの鼻面をストレートに捕らえた。
両者相打ち。
ミナカタが背にした石壁が、彼の頭部を中心にして、凹面鏡状に大きくへこむ。瞬間遅れて放射線状にヒビが入った。
ロゼは後ろへ――後ろへ下がっていない。さらに、前方へ踏み込んでいる。
ミナカタに力勝ちしている。
ヒカルの目には、ロゼの拳がミナカタの顔面にめり込んだまま、後ろの壁に突き刺さっている風に映った。
「一見良案ですが、壁に動きを封じられています。俗に言う、腰の入っていないパンチですね」
ねちゃついた音をたて、ミナカタの顔面にブチ込んだ拳を引き抜く。
鼻と口から血を吐きだすミナカタ。
虚空に吼える獣人ロゼ。
ロゼの背筋が盛り上がり、ため込んだ力が解放される。
御影石で殴ったような音がする左右のワンツーに続き、荷物満載の四十フィート・トレーラーを横転させたことのあるボディブロー。
広範囲で石壁が崩壊した。
それでも倒れなかったのは軍神が故のタフさか? あるいは背の石壁のお陰か?
一時的な意識の混乱から立ち直るミナカタ。そして気づく。
背中と頭上の障害物が無くなったことに。
ロゼが消えた。死角から、今のハンマーパンチを食らったらどうなるか? 喰らい続けたらどうなってしまうのか?
左目が霞んでいる。網膜に結んだ像を解析した。こちらの背後を見ているヒカルだ。
ふと、気づいた。
あの少年……。良いことを――。
「手を出してみな。頸椎が無くなるよ」
背後から湧くロゼの声。今度は気配が感じられた。高圧的な殺気。神をも竦ませる殺気。
瞬時に振り向きざま、裏拳を叩き込むも、むなしく虚空を切り裂くのみ。
頭と脊髄のつなぎ目がチクリとした。
続いて、何かが肉体に進入する際に発する激痛。
おそらく人差し指と中指だろう。ロゼの二つの爪が、首の筋組織を突き抜け、首の骨を直接摘んでいる。
振り払うことも振り向くこともできない、敵の最後通牒。
「たかが軍神の分際で、このアルカディアの狼に立ち向かえたことを褒めてやろう」
赤くて長い舌を出し、ベロリと口の周りを舐めるロゼ。あまりにも妖しいその行為。
もちろん、ヒカル目線であることは言うまでもない。
いけいけどんどんですの~!




