32.危機
一方、進入に成功したバズロックは――。
正面を見据えていた。
巨大拝殿の前に人型が立っていた。
背後の拝殿から漏れる明かりで、黒い影としか目で見て取れない。
巨大な矛を持つ、立ち姿のシルエット。
天の悪神・アマツミカボシ。
「ホノカをどこへやったのだ」
青白い冷気が足下に広がる。襟高の黒マントにくるまったヴァズロック。鬼気迫る。
「そこ」
ミカボシが、顎で右を指す。手洗いの柱に、後ろ手で縛られていた。
「一つ、花嫁の意識はない。二つ、身にも心にも怪我はない」
視界の、まさに端っこでホノカを捕らえるヴァズロック。怒りの色に染まった息を夜目にも白い歯の間から吐き出す。
「伯爵閣下とヒカル君を引き離すためだけのエサだ。エサといっても、とても食えた小娘じゃねぇがなぁ」
「誰がうまいこと言えと言ったのだ?」
ぶわりとマントをなびかせるヴァズロック。直立したまま、右手を広げて顔の前に出す。
これが彼の構え。
「アメノカカセヲの威力、忘れたわけじゃねぇだろうなっ!」
ヴァズロックが立っていた場所が砕けて穴があく。カカセヲを逆手に持ったミカボシが突っ込んできたのだ。
すぐ側に、マントを羽のようになびかせて、ふわりと着地するヴァズロック。
足が着いた瞬間、玉砂利を巻き上げてミカボシに突進。右手を払う。延長線上にあるのはミカボシの横っ腹。
爆発が起きたのは、彼方の拝殿入り口。ミカボシは、カカセヲを抱えたまま足首だけを使ったバックステップで、ヴァズロックの攻撃をかわしたのだ。
「忘れはしないのだ。その方の人間……もとい、神離れした身体能力もな!」
ヴァズロックの目が赤く輝いた。カカセヲが本領を発揮する前に、なんとしてもミカボシを捕らえたい。
「それはありがてぇ!」
カカセヲが、ゼロタイムで高速回転した。青白い光を伴って。
先刻とは違う。発動までの時間がやたら短い。
駐車場での一件は、手を抜いていたのだ。
ヴァズロックはニヤリと笑う。
作戦の不成立確定、及び、絶対的不利の条件に、笑う以外の感情表現法を思いつかなかったのだ。
「動くなよコウモリ、じっとしてろよ。指向性を持たせるのって結構難しいんだぜ。心臓から外れると苦しいぞ!」
ミカボシは、カカセヲが発する風圧に、髪をなびかせ狙いを定める。
捌けない。霧化できない。間合いが見切れない。
マメに動いてかわすか?
「逃げられねぇぜ!」
カカセヲが、白い稲妻を発した。ヴァズロックに向かって。
「しまった!」
予想以上の早さで攻撃を組み立てるミカボシ。ヴァズロックは、逃げるまもなく稲妻に絡め取られる。
筋肉を作動せさる機能を麻痺させられた。カカセヲを突き出した構えのまま、突っ込んでくるミカボシ。
動かないヴァズロックの体に、カカセヲが突き刺さった。
だが、カカセヲは、霧化した体を突き抜けていく。
ヴァズロックは、多大なダメージに美しい顔を歪める。
ミカボシが一点回頭した。カカセヲが発する稲妻の渦から、いまだ逃れられない。
ミカボシが突撃体制を整える。
ヴァズロックは動くに動けない。
「完全におまえを舐めきったこのオレのトドメ!」
確かに止めだ。次にカカセヲの攻撃を受けて、無事でいられる自信がない。
――ミカボシが動いた――。




