31.殺傷力
「残り一本なのだ」
ヴァズロックがロゼに合図を送った。
そうだ。タケミナカタはヴァズロックの力を削ぐ役。ただの前衛。アマツミカボシが門の中で待っている。
「フウッ!」
ロゼは、言葉と共に熱い息の小さな固まりを吐くと、毅然とした態度でミナカタに向き合った。
傷ついた腕を前に出す。
「腕一本くれてやる。その代わり、のど笛をもらおうか!」
全身の毛を逆立たせ、尖った耳を後ろに伏せ、太い尾を蛇のようにうねらせ、奥歯までギラついた歯をむき出す。血走った白目の中で金色の瞳を獰猛に光らせ、物騒な声で唸る。
触れるもの全てを切り裂く、アーミーナイフがごとき爪をめいっぱい伸ばし、破壊の衝動にその身を震わせ、跳躍に向け極端な前傾姿勢を取った。
破壊の化身。殺戮の獣。
「ではロゼ、そこな革臭い軍神は任せるのだ」
ヴァズロックの行く手をふさぐミナカタ。そのミナカタの進路に立つロゼ。
「ロゼよ、そなたは無敵なのだ。そなたの気持ち一つで神をも越えるのだ。早く気づくがよい」
ヴァズロックは、肩を一つすくめてから、新興宗教施設内にするりと進入した。
「行ってらっしゃいませ、ご主人様」
もんきりの挨拶で返すロゼ。鋭い色をした目はミナカタを据えたまま。
だが、意識の半分は、背後で惚けているヒカルに向けられていた。
「なーに余所見してやがる!」
フジエダの鞭が飛ぶ。人狼と化したロゼの情報収集感覚器官は、常人のそれを大きく逸脱する。意識の一部を他方向に向けていたとしても、反応が遅れることはない。
体の中心線からフジエダの鞭を避け、大怪我をした左腕に巻き付かせた。酸で焼ける皮膚と筋肉。それをものともせず、左手でフジエダをしっかりと握り、力任せに引っ張った。
さすがにミナカタは動かない。石のような下半身。それ故、ロゼは倍の速度でミナカタの懐に飛び込めた。
「ガルルッッ!」
ロゼの接近兵器が、文字通り牙を剥いた。みっちりとミナカタの右肩肉に、鋭い牙を持つ二トンに及ぶ力で噛みついたのだ。鼻息が荒い。
水っぽい音。ミナカタの右肩から流れ出た血が、右腕を伝い、滴り落ちている。
そのまま、鎖骨ごと肩肉をむしり取る方が、ミナカタに対して大ダメージを与えられるだろう。そうしなかった理由は二つある。一つは、ヒカルの目があったから。
もう一つは――。
ロゼの背中から、角が生えていた。
銀色の鈍い光を放つそれは、夜目の利くものが見ると、両刃の剣と認識するだろう。
再び聞こえる水っぽい音。それは剣が九十度横回転した音。
肉を抉られた背中の傷口から、血煙が噴出した。腹側からはおびただしい量の血が、アスファルトに音を立てて落ちている。
ミナカタは左手に十拳の剣を握っていた。
ロゼは、それでも声を上げない、つまり、噛み付いたまま放さなかった。
今一度力を込めた。
顎と首を含む、上半身のバネを使ってミナカタを放り投げる。
ずるりと音を立て、剣がロゼの肉をえぐりながら抜ける。
宙を舞ったミナカタは、アスファルトに背中をしたたかに打ち付け、寝転がる。
ロゼはゆっくりと片方の膝をつく。腹に穴が開いていた。
「おかしい」
もう一つの膝をついた。穴が背中まで抜けているのがよくわかる。
「刃物で抉られただけで、こうまでダメージを受けるものなのか?」
口の中にこみ上げてくる錆び臭さ。血の塊をアスファルトにぶちまけた。
片手で腹の傷口を手で押さえ、もう一方の手で体を支える。その行為だけで辛い。気力が萎える。傷口からどんどん力が抜けていく。
「見ろよ」
寝転がったまま、十拳の剣を持ち上げるミナカタ。
ロゼが重い首を持ち上げると、赤く染め上がった剣があった。
真っ赤に変色していたのはロゼの血だけではない。質感が違う。錆びていたのだ。
刃がぼろぼろだった。瘡蓋のような錆びが浮いていた。
ミナカタが左腕を軽く振る。剣が砕け散って粉となる。
「十拳の剣にフジエダの毒を仕込んでおいたら、このザマだ。フツヌシと切り結んだ事もある名刀だったんだぜ」
むっくりと起き上がるミナカタ。右肩からの出血は止まっている。
「さあ、毒で臓物からズタボロになるか、フジエダで骨肉からズタボロになるか、どっちがいい?」
フジエダの鞭を握り直し、笑みの形に歪んだ口から、太い犬歯をむき出しにするミナカタであった。
ラストバトル。開始です。
ラストまで残り(約)10話!




