28.突撃
「カカセヲで、破壊できない物はない。神であろうと――霧であろうと」
金属的な擦過音を立て、カカセヲが風を巻き込み、火花を散らし、回転している。
――高圧的。
ヴァズロックはそう思った。今まで疎遠であった「死」という足音が、すぐそばで聞こえる。
本領を発揮したカカセヲは無敵。そしてミカボシは、まだ全力を出していない。
ロゼは……。
ミカボシがカカセヲを振り回す過程で、ロゼに切っ先が向く時がある。
都度、身をすくめている。こんなロゼを見るのは初めてだ。……無理もない。彼女は一度負けている。
「邪魔してぇんなら今の内だぜ」
これはミカボシがロゼに向けた言葉。
「ちょっと待ちなさい!」
答えたのはホノカ。傍若無人という四字熟語に、人格を与えるとこうなってしまう見本。
「あんた、……天津甕星?」
器用に片方の眉をクイと上げるホノカ。それに答えて見栄を切るミカボシ。
「いかにもゲソにもスルメにも! オレ様は知る人ぞ知る天の悪神――」
「嘘ね!」
口を歪めつつ断定したホノカ。「あくしん」の「ん」の口のまま、固まったミカボシ。
「ナニ言ってやがる! さっき見たろ! カカセヲでズバーと行ってドカーンって――」
「伯爵がドラキュラなのは周知の事実。その闇の帝王に手傷を負わせたあんたが人を超越した生物である事くらい、見れば子供でも解るわよ。あんたバカじゃない?」
目を細め、口を尖らすホノカ。ミカボシは「て」の口で固まっている。その脇で、脇腹を押さえながら、小声で何やらぶつぶつ言ってるヴァズロック。
「じゃ、嘘ってなんだよ! オレは――」
「天津甕星だったら、天津神と和平結んでるはずでしょ? 繊維製品製造技術なんかと引き替えに!
だったら、なんで今頃になって敵の親分狙うのよ? 第一、いまさら天照様倒したところで何のメリットがあるっていうの? あんた何? 豚鼻娘?」
ホノカのサディスティックトークに口をはさめないでいるミカボシ。やっとこさホノカの隙を見いだした。
「お前、マヂ鋭いな。痛い所を突いてきやがる。それはだな、えーと……」
「メリットなんて無い無い! だから嘘だって言ってんのよ! はいあんた! 人間として暮らしている時の名前は?」
話の方向性に、斜めの力が加わった。
「え、あ、常陸イノリ……」
いきなりな振りに、素で答えたミカボシ。
「イノリだからイノさんね? ……イノリちゃんの方が可愛くない?」
「それはやめろ!」
真っ赤になって感情を露わにするミカボシ。その反応を、ホノカの目が笑って迎えた。
「これからイノリちゃんって呼ばせてもらうわ! それともブタ女の方が良い?」
「人の話聞けーっ!」
「なに? イノリちゃん。何かお話ししたいの? イノリちゃん」
ホノカの目が狐みたいに笑っている。
ギシギシと音を立て、歯を食いしばっているミカボシ。
「て、てめ、この……畜生っ! こいつに口喧嘩で勝てる気がしねぇ!」
やっとの事で口を開いて出た言葉がこれだった。
「真に恐ろしいのは、そのホノカを打ち負かした弓道部の部長と、我が輩なのだ」
ヴァズロックがホノカを手で乱暴によける。乱れた前髪をすくい上げ、斜めに構える。
「今のは痛かった。しかし、ホノカのおかげで完全回復したのだ。ご苦労であった。ホノカ、後ろに下がっているがよい」
前髪が何本か、ヴァズロックの顔にかかっていた。誰が見ても無理している。
「やめなさい伯爵! 無理しちゃダメよ! あなた日本に上陸してまだ血を吸ってないんでしょ?」
ヴァズロック、言い返さない。
言い返す力すら、今は惜しい。
「手加減しねぇぜ!」
悪魔的な笑みを浮かべるミカボシ。カカセヲの回転速度がさらに増す。
ヴァズロックが、力強く踏み出す。
カカセヲから、青白い稲妻がいくつも発生した。高速回転に巻き込まれるようにして、カカセヲ全体に無数の稲妻がからみつく。
先に動いたのはヴァズロック。カカセヲの巨体をかいくぐりミカボシへと迫る。
「甘メぇ!」
ミカボシが笑う。
巨大なカカセヲから、見た者の網膜を焼き尽くしかねない雷光と、鼓膜を破くかのごとき雷音が発生。無数の光の矢が、ヴァズロックに突き刺さっていた。
声にならない声を発し、大きく後へ飛び退るヴァズロック。
「カカセヲの雷撃を受けて、筋組織を自在に動かせるとは! さすがだな。じゃ、少ぉし力んでみようかぁ!」
青白さを通り越し、白色発光するカカセヲ。光が渦を巻き、刀身を形作り、一回りも二回りも巨大化する。
「加速し続けるオレの魂のダイブとカカセヲ!」
雷光、発光、火炎、波動。あらゆる破壊因子を撒き散らしながら、ヴァズロックに迫るミカボシ。右足を踏み込み、腰を回転させ、左背筋を引き、入れ代わりに右背筋を伸ばし、肩口を押し込み、右腕を思いきり突き出す。恐るべきリーチ長と加速。
ヴァズロックは、後ろ手にヒカルとロゼをかばっている。
動けない。
現状の敵戦力において最強の存在はマツミカボシ。この悪神さえ押さえ込めれば、……。
後は、ロゼ一人で何とかなるはず。本来の力量を発揮しさえすれば。
――刺し違えであるならば本望。
ヴァズロックは、カカセヲが体に到達するまでの、点の一瞬に覚悟を決めた。
ミカボシの眉間をひたと睨み付けるヴァズロック。カカセヲなど見ていない。
そしてカカセヲの先端が、贄の肉体に到達した。




