27.苦痛
ミカボシは、正対したヴァズロックの腹に向けてカカセヲを繰り出す。ヴァズロックがかわせば後ろのヒカルに突き刺さる。
人外のスピードには違いないが、人外のヴァズロックがかわせないスピードではない。
ロゼは知っている。ヴァズロックの戦い方は格好良さを優先する。必ずヴァズロックは余裕をもって回避する。
主の動きを予想し、ヒカルを押し倒そうと背中に手を伸ばすロゼ。……ヒカルに当たった手が動かない。
なぜ人を助けなければならないのか? なぜ私を恐怖の対象としてしか見ない人間を助ける?
ポケットの中の人形が重い。
人でない者として、人狼としてのチープなプライドが邪魔をする。すぐそこにある未来を見ない、意地のための意地。損をするのは自分だけなのに。
ヴァズロックが真横に動いた。ロゼはあてにできないとの予想がついていた。
避けたのではない。カカセヲの穂先をやり過ごし、刀身部分に真横から右腕を当てた。
カカセヲの進行方向が大きくずれる。ミカボシのスピードが速ければ速いほど、最終到達点は大きくずれる。
カカセヲを抱え持ったミカボシは、とんでもない方向のとんでもない位置で、駐車中のセルシオに突き刺さっていた。
「しくじったのだ」
ミカボシのことではない。ロゼのことでもない。ヴァズロックの事だ。
カカセヲに触れた右腕。夜会服がボロ雑巾のようになっていた。前に怪我をしたのは、何時のことだったろうか?
金属が崩れる音がした。ミカボシが飛んでいった方向。
ミカボシは、屑鉄と化したセルシオを背に、長大なカカセヲを肩に担いでいる。柄はこちら向き。打突攻撃を繰り出すにはアクションが二つ必要。隙だらけの構え。
「勘違いしていたようだが、カカセヲは刃物。触れれば切れるんだぜぇ!」
白い歯を見せて、さわやかに笑うミカボシ。
「ランスではなかったという事なのだ」
ヴァズロックがロゼとヒカル達から離れる。
二度三度と、右手を振るヴァズロック。精神を集中し、意を決して今一度右手を振った。
服が元通りになる。――やっと。
「マイロード! お下がりください。今度は私が前に出ます。二面作戦を――」
駆け寄ろうとしたロゼの手が引っ張られた。ヒカルが手を引いているのだ。
「僕がイノさんの気を引くから、伯爵はその隙にロゼさんと姉ちゃんを連れて逃げて!」
入れ替わるようにヒカルが飛び出そうとして――。
「ロゼ! ヒカルを押さえよ!」
ヴァズロック、叫ぶ。
ロゼはヒカルの左手首を握り返していた。
「ロゼさん、放して!」
ヒカルは左手しか使えない。左手首をホールドされると何もできなくなる。
なぜロゼがヒカルを押さえる行動に出たのか?
ロゼ本人にも解らなかった。
その理由を知っていそうなヴァズロックが飛び出した。ミカボシに正面から突っ込んでいく。ミカボシを上回るスピードで。その姿は低空飛行をする蝙蝠のよう。
「よいしょーっ!」
かけ声と同時に、巨大なカカセヲを突きの構えに戻すミカボシ。
一アクション目。
後は、腕を引くか腰を落とせば突撃体勢のできあがり。
それを許さない距離に詰めたヴァズロックの神速。ヴァズロックの足を称えるべきか?
カカセヲの眼前にヴァズロックが迫っていた。
「まだまだっ!」
ミカボシの声に、カカセヲの表面が螺旋状に爆発した。
爆風による風圧でヴァズロックの突進が鈍る。
現れたのは、深い螺旋が彫り込まれたカカセヲ。
ミカボシは、爆圧を利用し、カカセヲを後ろに引いていた。
「おまえにキツイ一発をお見舞いするこのオレのカカセヲ!」
腰をねじり込んでカカセヲを突き出すミカボシと、金切り音をあげ、高速でドリル回転するカカセヲが同時。次に、切っ先がヴァズロックの中心をとらえる。
体を捻り、右の脇腹だけを抉らせたヴァズロックの反射神経を褒めるべきであろうか。
白く霧化させた脇腹を――螺旋を描きながら通過していくカカセヲ。神と呼ばれた力を持つ矛・カカセヲが、白い霧を拡散しながら通過していく。
ヴァズロックの霧化が終わった。元の体に戻る。右脇腹を押さえる。膝をつく。苦痛に顔を歪める。
「くっ!」
ヴァズロックの口から、初めて苦痛が漏れるのであった。




