25.チャイナドレス
「むっ!」
ヴァズロックが上げた第一声。
まばらに駐車された広大な駐車場。キイロ達が使っていた自然因子を拡大したシールド――結界といっていたな――に、覆われている。
その空間中央に、若い女が一人立っていた。
深紅のチャイナドレス。
ドレスをはち切らんばかりに実った豊かな丸い胸。ウエストは柳のようにしなやかで細く、相対的に張りのあるヒップが大きく見える。
スリットからのぞいた白くて長い足。エナメルレッドのハイヒールがヴァズロックを誘っていた。
前髪を揃えたロングヘアーがとても艶やか。切れ長の目がヴァズロックをとらえ、男慣れしたルージュの唇がやるせなく開いた。
「ヴァズロック・ボグダン・チェルマーレ。偽名ですね? それとも戸籍上、存在しているはずの人物名でしょうか?」
一陣の風が、二人の間を通り過ぎた。
「この声……」
ロゼが眉を寄せている。
「ワラキア大公、ヴラド・ドラクリア。不死の魔人、ドラキュラのモデルとされた実在の人物。あまり知られていないけれど、彼には親友がいた。隣国、モルドヴァの大公、シュテファン三世」
足音を立てず、ゆっくりと歩き出す美女。ヴァズロックとの間合は保っている。
「彼らは、幼少の頃より、互いを助け合う約束を交わしている。一方が王の地位に就いたなら、もう一方が王に地位に就くよう、努力を惜しまない。とね。……一度はその地位を帝国に追われたブラドを再びワラキア大公に押し上げたのはシュテファン。そして今!」
初めて足音を立てた美女。立ち止まる。片方の眉がわずかに上がる。
「再び片方が、危機に瀕していた」
婀娜っぽい笑み。
「お、おおをををおおをおを! 我が輩にふさわしい胸、もとい、女性!」
ヴァズロックは聞いていなかった。
「マイロード。この方は――」
ロゼのセリフを遮る者が――。
「を、ををおおおををおをお! 凶器の胸、もとい、女性!」
今宵、ロゼがビクついたのはこれで二回目。彼女の後ろで、ヒカルが健全な青少年としてモラトリアムしていたのだ。
「いつの間に……おかしいのだ。完璧に煙にまいた上にシールドも張られているはずなのだ」
「ヒカルが、こっちが怪しいって言うから来てみたら案の定。って、いったいどんなカン働きしたのよ! あれ? この色気過剰の女、たしか?」
ヒカルだけではなくホノカまでやってきた。
「わざわざ伯爵と狼だけを誘ったはずなのに、余計なのまで付いてきたとは! 第一撃目は外してしまったな」
チャイナドレスの美女が、長い髪をむしり取った。かつらだった。
下から現れたのは段違い平行棒の茶髪。と、耳に揺れる銀の棒ピアス。
「臭い芝居を!」
身構えるロゼ。
「あ、あんた! ちょっと! あんた!」
指さして、でも、言葉を継げないでいるホノカ。
想定通りの反応をする女子が二人。だが……。
「その髪も、その胸によく似合うのだ」
「すばらしい。美乳的という意味で」
疑似餌にガッツリ食らいついたまま、放そうとしないオスが二匹がいた。
予想外の反応。……に、面食らっているチャイナドレスの女。……と、ホノカとロゼ。
「いや、ちょっと君たち。胸ばっか見ないで、もう少し上を見ようよ」
チャイナドレスの女は、無理からに話を進めようと努力した。
「胸は見るための物ではない。見る者のための物なのだ」
「胸は胸以上の存在であり、胸以下の存在でもない。性的な意味で」
チャイナドレスの女は、話を続けられないので困ってしまっていた。




