19.建御名方(たけみなかた)神
一言で言えば、ロゼは窮地に立っていた。
まんまと罠にはめられた。
夕べのイノさんは、情けないくらい弱かった。
イノさんが、人か人以外の者かということは、大して意味をなさない。たとえカグツチより、何らかのチカラの付与があったとしても、たかが知れている。
だから甘く見ていた。
イノさんに誘われるがまま、追いかけた先に待っていたのは……。
マットブラックにカスタマイズされた、新型Vマックス・オーストラリア仕様。
バイクのシートに腰掛けていたのは、黒のバトルスーツに身を包んだ、長身の男。
肩の肉付きが異様に大きい。胸板が厚い。それに見合う背筋の盛り上がり様。正に逆三角形の体型。それでいて与える印象は、痩せた体型。
レイバンのサングラスをかけた男。ムスッとした表情でバイクを降りる。面長で色黒、岩を掘って作ったような鼻梁。漆黒の髪を後ろに撫でつけている。
サングラスの下がどうなってるのかわからないが、整った顔つきが冷徹さを印象づける。
これは周到に用意された……。
「じゃ、先生、よろしくお願いします」
イノさんが一足飛びに、嫌そうな表情を浮かべる男の背後へと回った。
「……弱いんだ」
イノさんに対し、ロゼがボソリと一言吐いた。
「オレぁ弱かねぇぞ! オレが本気になればアレだぞ! ひどいぞ!」
イノさんはロゼの挑発に、ピーキーに反応した。棒ピアスの一本を勢いよく引き抜く。
衝撃波が空気を伝わり、ロゼのスカートを後方になびかせる。
イノさんの手に長大な矛が出現した。矛と言うより騎士が使うランスに似ている。ただ、やけに太い円錐である。
「イノさん、はた迷惑だからカカセヲをしまってくださいよ」
黒い男は、迷惑そうな顔をして、それでもキビキビとした動きでバイクを降りる。
身長は二メートル強。だけど……。
「俺の名は建御名方。ガイジンさんは知らないだろうが、ちょいとアマテラス様に御縁があってね」
ロゼはその名を知らない。主であるヴァズロックなら、これ見よがしに解説してくれるだろう。
指先を切り落とした手袋。拳と拳をぶつける。ナックル部分に金属が縫いつけられているので堅い音がする。
「縁というのは他でもない。恨みとか怨恨とかいった類だ。それを晴らそうと勢いよく乗り込んだところに、変なガイジン二人組が転がり込んできた、というワケだ。とりあえず排除するから」
タケミナカタが右手を振る。手に土色の鞭が現れた。
「なあ、いつまで可愛い姿でいるんだ? 早くなれよ――」
顔に向かって鞭が飛んできた。ロゼは紙一重でかわす。
「――化け物に!」
その言葉にロゼが反応した。にっこり笑ったロゼの可愛らしい口が……口からゾロリと生えた牙を見せた。だから、少しばかり饒舌になっていた。
「狼の姿は神が与えし気高き姿! 誰にも化け物呼ばわりはさせない。――変身!」
目が吊り上がり、爪が太く厚く長く……。
――だから神に牙を剥きたくなるのよ!
地響きを立て二回りも巨大化。一気に人狼へ変身するロゼ。
黄金色の長い体毛が身体を覆い、質量保存の法則を無視し、人狼の巨躯が現れた。タケミカヅチより頭三つは高い。
「ユロォロォォオオン!」
巨狼の咆吼が、大気を震わせた。
人間が出てこない……。




