物言い
夜遅く、店の駐輪場に停めていたバイクの方へ向かおうとした。
バイト終わりで疲れきっていたせいか薄暗い駐輪場に停めているバイクの後ろに人がたっているように見えた。
こちらをじっと見て少し寂しそうに立っている。
鳥肌が立ったが馬鹿らしいと考え直して店から10メートル程離れたバイクの方へ歩いて行った。
やはり気のせいだった。
家に着いて風呂に入り布団に潜り込みすぐに深い眠りについた。
次の日の朝、学校で早速昨日の人影の事を友達に話した。気のせいだったが一瞬ビビった自分を面白おかしく話した。
『それってお前を待っていんじゃないの?バイクがさ。お前がなかなか来ないから寂しがってたんだよ。』
友達はそう言って笑っていた。
(そういえば小さい頃は物にも気持ちがあるって信じていたかも。)
その日からバイクの気持ちを考えるようになった。
自分のバイクは男の子だと理由はないが確信していた。
あの日見た人影も男の子のような気がしていたからだろう。
バイクに乗る前に『今日もよろしく』なんて心の中で語りかけてみる。
アクセルを全開にする時も『さぁ、いくぜ』なんて言ってみる。
こんな事をしていると、なんとなく馬鹿らしい気持ちもにもなり恥ずかしかったりするのだが、その気持ちさえバイクに見透かされていそうで申し訳ないと思うと同時に絶対にバイクには魂があるとまた確信してしまうのである。
ある日バイクを運転していて事故に遭った。前方の車が左折している所に巻き込まれたのだ。怪我は大した事はなかったがバイクの怪我は重傷だった。
バイク屋には前と同じようには走れないかもしれないし治るかさえ分からないと言われた。
しかし修理をお願いした。
数週間後なんとか修理されたバイクを取りに行った。所々パーツが新しくなっていて傷も目立たない。
エンジンをかけた。少し音が違う。軽い感じだ。そのまま寄り道せず家まで帰った。
次の日、『今日からまたよろしくな』と呟いて走り出した。心持ち安全運転で。このバイクは僕を庇ったのかもしれないなとさらにバイクに愛着が湧いていた。
翌月の中頃、ちょうど修理して一ヶ月後だった。バイクの調子がおかしくなった。エンジンがかかりにくく、走り出すと同時にエンジンが切れたりする。
(やはりダメージは深刻だったのか)と愛着の湧いたバイクと別れる決心をした。
次の日、この日は日曜日だったがバイトも入っていなかったので朝からバイク屋に行こうと思っていた。最後になるかもしれないこのバイクとの思い出を数えながら綺麗に洗って出発した。
バイクはカラカラと悲しそうな泣き声にも似た音を出して走り出した。行きたくもない行き場所への最後の出発だ。『ごめんな』と呟いた。『せっかく君を知れたのに。今までありがとう』とまた呟いた。
少し寄り道をしようと言い出した。調子が良くなった。そのまま加速した。僕の魂はどこにあるか分からないでしょう。ブレーキする気持ちをこらえた。
…なんとなくだった。
広大な景色が目の前にいっぱいに広がった。
数秒後、目の前は鮮明な赤に覆われやがて黒に変わった。