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恋じゃないふりをして  作者: 春野ひなた


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8話 本気のふり

「ひよりん、それ新しいやつ? 前はつけてなかったよね?」


週明け。学校に行くと、優依がひよりの鞄にぶら下がっているモンスターのぬいぐるみを指差してきた。


「うん。遠足の時にもらって」

「誰に?」

「え、えっと……」


目を泳がせるひよりを見て、優依はにやつく。


「その顔は、彼氏でしょ」

「か、彼氏じゃ……」


言い淀んでいると、教室の出入口から歓声と共に、女子に囲まれた隼人が入ってきた。


「キャーッ!」

「王子!」

「おはよう」


爽やかな王子スマイルで手を振る。国民的アイドルのような人気ぶりだ。


「あんなに愛想振りまいちゃって。ひよりんは嫉妬しないの?」

「嫉妬?」

「自分以外の女子に笑いかけないで、とか、他の女子と話さないで、とか思ったりしない?」

「……どうかな」

「彼女の余裕だねえ」


本当の彼女じゃないからかな。

 それに、あの王子スマイル、無理してるの知ってるから。無理して笑わなくてもいいと思うんだけど。


「王子、そのぬいぐるみ何?」 

「キモカワなんだけど!」 


隼人の鞄にぶらさがっている、ひよりと同じモンスターのぬいぐるみに注目が集まる。

 隼人の横から、あかりが強ばった笑顔で声をかける。


「それ、買ったんだね。ひよりもつけてた」

「え、マジで? 学校にもつけてきてくれたんだ」


隼人は、はにかんでひよりの席に目を向ける。ひよりと目が合い、口角を上げる。ひよりの方に行きかける隼人を、あかりが呼び止める。


「あの、隼人くん」

「そうだ。アドバイス、ありがとな。おかげで喜んでもらえたよ」

「ひより、喜んでたの?」

「さすが、“妹”だな」


明らかに妹を強調して、隼人はひよりの席へ向かった。


「妹って……」


あかりの頬がぴくりと引きつる。隼人と笑い合うひよりを睨みつけ、教室を出て行った。



「おい、あのかわいい子誰だ?」

「知らねえの? 1年3組の双葉あかり。彼氏いないらしいぜ」

 

朝練の片づけをしているサッカー部員たちが、グラウンドの隅に立っているあかりを見てにやけている。


「双葉あかりって、双子なんだろ? 姉の方は地味らしいけど、あの鵜野森と付き合ってるって」

「噂になってるよな。そういえば若松、双葉姉妹と鵜野森と同じクラスだよな?」

「まあ、うん」

 

誠はコーンを片付けながら頷く。


「誠くーん!」


あかりが笑顔で誠に手招きをする。

 部員たちの鋭い視線が一斉に誠に集まる。


「若松、おまえどういう関係だよ!」

「ただの幼馴染だけど」

「羨ましすぎる!」

「紹介しろ!」

「……うるせえ」


誠はコーンを他の部員に押し付けて、あかりの方へ駆けて行った。


「誠くん、部活終わった?」

「終わったけど。どうしたんだよ。わざわざ来るなんて」

「ちょっと、ひよりのことで話したくて」


あかりは声を落として眉を下げた。


『協力してあげようか』

 

遠足の時、あかりに言われた言葉が誠の脳裏に蘇る。

 

「ひよりのことで、協力してもらう必要ないから」

「違うの。その話じゃなくて。私、ひよりのことが心配で」

「何が?」

「隼人くんと付き合うようになって、変わったっていうか。私にもお父さんとお母さんにも、冷たい態度とるようになって」

「ひよりが?」

「うん。それに、隼人くんとひより、なんか違和感ない? 無理に付き合ってるみたいな感じがして」

「何が言いたいんだよ」

「ひより、何か隠してるんじゃないかな。私たちに言えないことがあって、苦しんでる、とか」

「……あいつのせいか?」


誠は拳を握りしめる。

 あかりはその手を取り、潤んだ瞳で誠を見上げる。


「お願い、誠くん。ひよりを助けてあげて。妹の私じゃ、力不足で……」


誠はあかりの手をほどき、眉間に深く皺を刻む。


「話してみる」

「ありがとう。誠くん」


あかりは三日月形に目を細めて微笑んだ。



 昼休みに入ってすぐ、隼人がひよりの前に掌を出してきた。

 

「この手は何?」

「何って、弁当だよ。作ってくれる約束だろ」

「自分から言う? ……作ってきたけどさ」


鞄から弁当の入った巾着袋を出して隼人に渡す。


「やった」


隼人は子どものように無邪気な笑顔で袋を受け取る。


 中身も見てないのに、そんなに喜ぶなんて。

 大きな子どもみたい。


「鵜野森くん、愛妻弁当じゃん。いいなあ」

「いいだろ」

「愛妻じゃないから!」

 

優依に茶化され、顔を赤くして立ち上がるひよりに、隼人はこそっと耳打ちをした。


「部室行こう」


低い囁き声が鼓膜を震わす。

 ひよりは熱くなった耳を押さえ、自分の弁当箱を持って教室を出て行った。


「ひより」


廊下に出てすぐ誠に呼び止められ、振り向く。


「誠?」

「話がある」


神妙な面持ちの誠に真っすぐ見つめられる。


「今? お弁当食べてからじゃ」

「すぐすむから」


誠はひよりの言葉を遮り、ひよりの手を掴む。


「ちょっと待てよ。人の彼女勝手に連れて行くな」

「勝手じゃない。ひより、いいよな」

「あ、うん。すぐすむなら。ごめん、先に食べてて」

「おい、ひより!」


隼人の制止を聞かず、誠はひよりの手を引いて早足で廊下の奥に消えていった。


「くそっ。あの野郎、たかが幼馴染のくせに。それに、ひよりのやつ、彼女の自覚全然ないだろ。彼氏より他の男優先させやがって」


ぶつぶつ不満を漏らしながら、誠とひよりの後を追いかけた。



 人けのない体育館裏に来て、ようやく誠はひよりの手を離した。


「話って何? こんなとこまで来て」

「あいつのことだよ」

「あいつって、隼人のこと?」


隼人の名前に、誠の表情が曇る。


「本当に付き合ってるのか?」

「まだ疑ってるの? 本当だってば」


付き合ってるふり、なんだけど。言えないことが心苦しい。


「あいつのこと、本当に好きなのかよ」


刺々しい声がひよりの胸に突き刺さる。


 好きなわけない。

 好きにならないことが、ニセ彼女の条件なんだから。

 あいつのことなんか別に、なんとも思ってない。

 ……なんとも。

 けど、ちゃんと彼女のふりしなきゃ。

 

「う、うん」


ひよりは目を伏せて頷く。誠はひよりの両肩に手を置き、真剣な眼差しで見つめた。

 

「本当なのか」

「えっと……」

 

真剣な眼差しで射抜かれ、ひよりは言葉に詰まる。


「あいつ、ひよりのこと弄んでるだけだろ」

「そんなことないよ」

「じゃあ、何であいつといる時、いつも困った顔してんだよ」

「え?」

「手引っ張られて、抱き寄せられて。嫌がってる時もあるだろ」

「それは……」

「ひよりがあんな男、自分から好きになると思えない」


誠の言葉が突き刺さる。本当のことを言えない苦しさで胸が痛む。

 

「あいつに無理やり付き合わされてるんじゃないのか」

「そんなことない!」


思わず即答してしまった。

 誠がひよりの肩から手を離し、ため息をつく。

 

「そうは思えないけど」

「隼人のこと、誤解してるよ」

「ひよりは、あいつのこと本気なのか? 他の女子に愛想ふりまいてるようなやつだぞ。その内、裏切られるかもしれない。それでもいいのかよ」

「隼人は、そんな人じゃない」 

「そんなの分かんねえだろ。まだ会ったばっかなのに。……あんなやつ、やめとけよ」

「何で、そんなこと言うの」

「ひよりのことが心配なんだよ。あんなやつのせいで、傷ついてほしくない。だったらいっそ……」


誠は口を閉ざし、真剣な表情でひよりの瞳を見据える。

 

「俺にしとけよ」

「……っ!」

 

ひよりは息を呑んで目を見開く。


「俺は絶対に裏切らない。俺にはひよりしか見えてないから」


ひよりの胸が大きく跳ね上がる。

 

 こ、これって、もしかして、もしかしなくても、こ、こ、こ、告白⁉

 

「おいおい、何勝手なことしてんのかなあ、若松くん」


突然、ひきつった笑顔の隼人が現れ、ひよりと誠の間に割って入ってきた。


 隼人! 何でここに?!


「鵜野森、ひよりのこと本気じゃないんだろ。俺は本気だ。ずっと前から」


誠、本当に私のこと……。


「だったら、とっとと告白すればよかっただろ。俺みたいに」


あんたは告白してないでしょ!

 ニセ王子の顔になってるし。

 何でそんなにどや顔してんのよ。


「う、うるせえ。ひよりのこと弄びやがって。本気じゃないやつに言われたくねえよ」

「さっきから決めつけてるけどさ」


隼人の目に鋭い光が宿る。


「俺、ひよりのこと本気で好きだから」


す、好き!? 

 本気なわけない。”ふり”だって分かってる。

 なのに、何でこんなに顔が熱くなるの!

 心臓もうるさい!

 

「それに、ひよりも俺のこと本気だから。な、ひより」

「へ? わ、私も?」

「自分の口から言うのは恥ずかしいよな」


隼人はひよりの肩に手を回し、誠に冷たい視線を送る。

 

「てことだから、これ以上ひよりに近づくな」

「なっ……!」


絶句する誠に見せつけるように、隼人はひよりをきつく抱き寄せ、大股で部室に向かった。


 この光景を、木の陰に隠れて覗いていたあかりは顔をしかめた。


「隼人くんが本気だなんて、信じられない」


あかりは足音を立てないようその場を離れ、隼人とひよりの背中を追いかけた。


 

 校舎の中に入ると、隼人とひよりは美術室や音楽室などがある1階の奥まで歩いていく。

 途中、ひよりが隼人の腕を叩いて引きはがそうとするが、隼人はひよりの肩から腕をどかさない。


「やっぱり、あやしい。本気で好きならあんなに嫌がらないはず」


尾行していたあかりは疑いの眼差しを2人に向ける。

 美術室と準備室に挟まれるようにして並んでいる扉を開けて、隼人とひよりは中に入った。


「何ここ。……民俗学研究部(仮)?」


あかりは気づかれないよう、扉を少しだけ開ける。

 長机とパイプ椅子、ホワイトボードだけで埋まっている狭い部屋で、ひよりと隼人が向かい合わせに座って弁当を広げている。


「2人でこっそり部活もやってるの? ……許せない。ひよりのくせに」


笑い合う2人を見て、あかりはスマホを握る手に力を込めた。そして、隼人とひより、扉に貼られている部活名が書かれた紙を撮影する。

 不敵な笑みを浮かべ、そっとその場を離れた。


「うまっ」


卵焼きを頬張りながら隼人が目を丸くする。


「ほんと? ならよかった」

「明日から毎日な」

「毎日?! 何でよ」

「ペナルティ」

「何それ」

「俺の彼女のくせに、他のやつに告られやがって」

「だ、だって、誠がまさかあんな……」

 

ひよりの顔が耳まで赤くなる。

 

「鈍すぎるんだよ。しかも彼氏置いてあいつについていくとか。とんだ彼女だな」


隼人にねちねち責められ、ひよりはだんだん苛ついてくる。箸でウィンナーを刺して口に放り込んだ。


「彼女のふりしてあげてるのに、文句ばっかり。私はあんたみたいに、簡単に嘘つけないから。何が、本気で好き、よ」

「仕方ないだろ。疑われてたんだから。これ以上疑われないよう彼女のふり、本気でやれ」

「本気で彼女のふりするって、どういうこと?」


隼人は立ち上がり、ひよりの方に一歩近づく。

 

「俺より他の男を優先するな」

「え?」


また一歩近づいて、ひよりの隣に立つ。

 

「他の男に、簡単に触らせんな」

「は?」


ひよりの顎に手を添え、引き締まった表情でひよりの瞳を見つめる。

 

「……俺の傍にいて、俺だけを見てろ」


隼人の揺らがない瞳に射抜かれ、ひよりの胸がきゅっと締め付けられる。

 

 ふり、なのに。

 何でそんな真剣な顔するの……。


「本物っぽく見せるためだ。彼女の条件、追加な」


顎から手を離し、ふっと口元を緩める。


「それ、条件っていうか束縛じゃん!」

「疑われないためだって」

「隼人の方ばっかりずるい。私も条件追加する」

「何だよ」

「部活、本気で復活させたい」

「人数集めたいんだっけ?」

「うん。地道でもいいから、民俗学研究部の活動内容を学校に広めて、本当に興味のある人たちを見つけて一緒に活動したい」

「でも、俺が入ってるって知られない方がいいだろ」

「だって、隼人目当ての人たちばっか来ても困るし」

「ははっ」

 

隼人はにやけ顔で頬をかく。

 

「何で笑うのよ」

「さっきから、隼人って呼んでるから」

「だ、だって、呼べっていうから」

「ちょっとは彼女の自覚、出てきたみたいだな」

「ニセの彼女、だから。公平な契約なんでしょ。ちゃんと私の願いも叶えてよね」

「分かってるって」


隼人はふっと自然な笑みを浮かべる。

 ひよりの胸の奥に小さな”期待”の光が灯る。

 

 今度こそ……。


 口に出したら叶わなくなりそうで、胸の中に願いを静かにしまい込んだ。


 その日の夜——。

 あかりは暗い部屋の中で、スマホに目を落としてにんまりとほくそ笑んだ。

 匿名投稿アプリの画面には、「民俗学研究部(仮)」の張り紙と、その奥にいる隼人の姿が写っている。

 そして。


 『王子、部活入ってるらしいよ』


 一行の投稿文。


 次々にいいねの数が増えていく。


「明日が楽しみ」


あかりはスマホを枕元に置いて眠りについた。

 

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