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恋じゃないふりをして  作者: 春野ひなた


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6話 2人の勝負

「いい眺め。緑がいっぱい」


遠足でやってきた山間のレジャー施設。山の斜面に沿って遊具や施設が点在している。高台にあるバーベキュー場から景色を眺めながら、ひよりは深呼吸した。自然の匂いに混じって、炭火の匂いもする。


「同じ相模原市内だとは思えないよね」


景色を撮っていた優依が、突然ひよりにスマホを向けてボタンを押した。


「あ、撮ったでしょ」

「かわいく撮れたよ」

「うそ! 絶対、変な顔してた。消しといてよ」


こんなこと、ちょっと前にもあったような……。


 隼人とフィールドワークに出かけた日のことが思い出される。


 あいつ、写真消したかな。


「ひよりん、みんな準備始めてる。行こう」

「あ、うん」


優依に続いて、班ごとに与えられたグリルの傍に行くと、隼人と誠が黙って炭を並べているところだった。

 

 なんか、空気重くない?


 ひよりが重苦しい雰囲気の2人に目を向けながら、バーベキュー用の食材が入った箱を持ち上げた。


「よいしょ」

「ひより、それ俺が持つ」


さっと横から隼人が箱を支える。

 

「いいよ、これくらい」

「こういう時くらい彼氏に格好つけさせろよ」

「いいってば」


ひよりが体をよじると、今度は反対側から誠が支える。


「俺が持つ。ひより、昔から力ないだろ」

「これくらい持てる!」

「前みたいに転んだら困るだろ」

「前って?」

「小学生のキャンプの時」

「いつの話してんの!」


言い合うひよりと誠から隼人が箱を奪い、わざとらしく咳払いをする。


「若松くん、ずいぶんひよりのこと詳しいんだな」


王子スマイルが、わずかに引きつっている。


「そりゃあね。幼馴染みだから」

「……そう」


ひよりは隼人と誠を交互に見てため息をつく。


「2人とも、バチバチじゃん」


優依だけが楽しそうに、スマホで隼人と誠の写真を撮っている。


 遠足、始まったばっかりなんだけど。

 先が思いやられる……。


「ひより、人参の大きさこれぐらい?」


誠が切った人参をひよりに見せる。

 ひよりはキャベツを切りながら、目線だけ動かして頷く。

 

「うん、ちょうどいい」

「手際いいな」


軍手をつけた隼人が、ひよりの手元を覗き込んだ。


「ひよりは昔から料理得意だよな」

「得意ってほどじゃないけど」

「中学の時の料理実習、ほとんどひよりが作ってたじゃん」

「誠が他の男子とふざけてたから仕方なくだよ」


ひよりと誠の会話に入れず、隼人の口元から笑みが消える。

 そんな隼人に優依がこそっと話しかける。


「あの2人、仲いいよね。さすが幼馴染って感じ」

「だから?」


隼人は王子スマイルを貼りつける。


「嫉妬しないんだ」

「……しないよ。たかが幼馴染でしょ」


言葉とは裏腹に、鋭い眼光で誠を睨む。


「へえ~」

 

優依は隼人、ひより、誠をにやけ顔で見た。


「野菜、切り終わったよ」

「俺が焼くから、大野さんと座ってて」


王子スマイルに圧を感じ、ひよりは優依の隣に座った。


「彼氏、優しいね」

「まあ、うん」

「じゃあ俺、鉄板で焼きそば作っとく」

「誠、焼きそばだけは作れるもんね。けっこうおいしいんだよ」


ひよりが優依に笑いかける。

 誠はどことなく嬉しそうに野菜と肉を炒める。

 隼人は網の上に野菜と肉を並べながら、誠を横目で見る。

 隼人の視線に気づいた誠は、得意げな顔でふふんと鼻を鳴らした。

 

「こいつ……」

 

奥歯を噛み締める隼人の顔から笑みが消える。

 

「燃えてるねえ」


優依が楽しそうに、隼人と誠にスマホを向ける。


「本当に同じ班でよかったのかな……」


ものすごい勢いで焼き続ける隼人と誠を、ひよりは心配そうに見つめた。


「ひより、これあげる」


隼人が皿いっぱいに肉と野菜を持ってひよりに渡した。


「あ、ありがと」

 

しいたけ、苦手なんだよね……。


「これもらうぞ」


誠がひよりの皿からしいたけを全部、自分の皿に移す。


「ありがとう」


ひよりはほっと胸をなでおろす。


「嫌いなら先に言えよ」

「彼氏なのに知らないんだな」

「付き合い始めたばかりだから」

「俺がひよりのこと教えてやろうか」

「遠慮しとく」


隼人と誠が睨み合っているところへ、あかりが駆けてきた。


「隼人くーん」


あかり? 何で?


「私たちのところ、なかなか火が着かなくて手伝ってくれない?」

「俺?」


あかりは隼人の袖をつまみ、甘えるように小首を傾げる。


「お願い」

「でもさ……」

 

隼人はちらっとひよりに目を向ける。

 

「行ってあげたら?」

「いいのか?」

「何で私に聞くの。早く行きなよ」

「ひよりもそう言ってるし。隼人くん、行こう」

「あ、ああ」


あかりは隼人の腕に抱き着くようにしてその場を去った。


「ひよりん、よかったの?」

「何が?」

「だって、さっきの完全に王子狙いじゃん」

「普通、彼女いるのに行かないだろ。あんなやつ、とっとと別れろよ」

「それは……」

「ひよりん、嫌な時は嫌って言わないと伝わらないよ」


嫌、だったのかな。

 もやもやはするけど、私は本当の彼女じゃないし。

 それに……。


『好きになるな』

 

あの時の隼人の言葉が離れない。


 もし、好きになったら、ニセの彼女はやめないといけない。

 そしたら、部活はまた1人……。

 

 あかりの班から歓声が聞こえる。

 女子たちに囲まれた隼人が王子スマイルを見せている。


 またあの笑顔。

 ニセ王子の顔の方が本当の隼人みたいでいいのに。

 でも、あの顔を知っているのは私だけ。

 ニセの彼女だけに見せる素顔。

 この関係が終われば、その顔も見れなくなるのかな。


 ……いやいや、何残念がってるの。

 部活を復活できなくなるのが困るだけで、あいつの顔とかどうでもいいから!



「隼人くん、ありがとう」


あかりが隼人の手を取って微笑む。

 隼人はあかりの手をそっとはずして後ずさる。


「あとはできるよね?」

「せっかくだから一緒に食べようよ」

「俺の分はあっちにあるから、戻るよ」


踵を返そうとする隼人の前に女子が立ち塞がり、行く手を阻まれる。


「いいじゃん」

「うちらと食べようよ」

「あっちの班より楽しいって」

「班行動しなきゃだからさ」


たじたじになる隼人を、無理やり椅子に座らせる。

 

「お肉焼けたよ。はい、あーんして」


あかりが隼人の顔の前で、肉を持ち上げてみせる。


「ちょっと、あかり距離近っ!」

「彼女いるのにー!」


キャハハ、と甲高い笑いが響く。

 

 その光景を見ていたひよりは、胸の中がちくりと針でつつかれたような痛みを感じて目を伏せる。


 ……あかりは昔からこうだ。コミュ力高くて、あざとい。

 私には絶対無理。

 

 ひよりはため息をついて立ち上がる。

 

「ひよりん、どこ行くの?」

「飲み物とってくる」

「俺も行く」

「いってらっしゃーい」

 

優依は2人の背中に手を振る。


「もういいだろ。俺、戻るから」


引きつった笑顔で隼人が席を立ちあがる。


「もう少しいいでしょう? ひより、今いないよ」


あかりに囁かれ、ひよりを探すが姿が見当たらない。


「どこ行ったんだ」

「ちらっとしか見えなかったけど、誠くんと一緒だったよ」


隼人の頬がわずかにひくついたのを、あかりは見逃さなかった。


「誠くん、本当は他県の強豪校から、声かかってたんだよ」

「……それが何?」

「なのに、ひよりと同じ学校を選んだの。一途だよね」

「ひよりは、若松くんのこと何とも思ってないよ」

「どうだろう? 私は隼人くんより、誠くんの方がひよりとお似合いだと思うなあ」

「何が言いたいわけ?」

「私、ひよりが心配なの。隼人君の彼女だからって、ひよりのこと悪く言う人、結構いるんだよ」


隼人の顔が強張る。


「誠くんなら安心してひよりを任せられるの。それに、ひよりのこと何でも知ってるし」


『彼氏なら彼女のこと分かってくれないと』


ひよりの言葉が隼人の鼓膜に絡みつく。


「ひよりのこと本気じゃないんだったら、解放してあげて」

「……っ」


隼人は言葉に詰まる。

 本気だから。

 そう言えばいいだけなのに。

 『俺のこと、好きになるなよ』

 自分で言った言葉が脳裏をよぎる。

 隼人は奥歯を噛みしめた。


「そろそろ鵜野森くん、返してくれない?」


突然、背後から優依が現れる。


「こっちで食べようって誘ってたんだけど」

「まだ食べてるの? 他の班、片付け始めてるよ」

「え?」


あかりが辺りを見回す。優依の言う通り、大半の生徒が鉄板や道具を片付けていた。


「やばっ、うちらまだこんなに残ってるよ」

「急がないと」

「あかり、早く焼いちゃおう」

「隼人くん、手伝って……」


既に隼人の姿はない。

 ひよりたちのいるところへ戻り、片づけを始めていた。


「ひよりばっかり……」

 

あかりは悔しそうに唇を噛んで、ひよりを睨んだ。



「ひより、何乗る?」


隼人が施設内マップを開いて見せる。


「えっと、私は……」

「空中ブランコあるじゃん。これどう?」

「ひよりは乗れないから、鵜野森1人で乗って来いよ」

「乗れないの?」

「ひよりん、こういうの苦手?」


隼人と優依に聞かれ、ひよりは小さく頷く。


「ごめん。絶叫系とか怖くて無理……」

「じゃあ、ゴーカートは?」


隼人が空中ブランコの向かいにあるゴーカートに目を向ける。

 

「あんまり好きじゃない」

「あれならいいんじゃないか?」


誠が少し下ったところにあるアスレチックを指さす。


「あれ、やったことある。子供向けなのに難しいんだよ」

「優依、来たことあるの?」

「小学生の弟がここ好きだから、たまに家族で来るよ」

「そうなんだ」


優依に弟がいるの初めて知った。

 家族仲、いいんだろうな。

 ……羨ましい。


 アスレチックの入り口で説明を受けて中に入る。

 広々としたスペースに、3rdステージまでのアスレチックがぐるりと一周連なっている。奥には水場もあり、水面に春の日差しが反射している。

 同じ体操服の人たちがあちらこちらで、笑い声や歓声を上げている。


「他の班も来てる。男子たち、盛り上がってるねえ」


紐に吊り下げられた丸太を渡ったり、壁を持ち上げたり、誰が早くクリアできるか競い合ったりしているようだ。


「誠なら全部クリアできそう」

「どうかな。パイプ掴んで進んでくやつ、難しそう」

「俺なら余裕だけどな」

「やったことあるのか?」

「ないけど、子供向けなんだからできるっしょ。若松くん、特待なのに自信ないんだな」


隼人が挑発するように、口の端をめくる。

 ニセ王子が半分顔を覗かせていることにひよりはぎょっとする。


「一般入学の鵜野森くんよりは、自信あるけど」

「俺、一般じゃないよ。学業特待」

「勉強できても運動できないなら意味ないだろ」

「決めつけるなよ。俺は文武両道だ」

「なら、やってみろよ」

「言われなくても」


睨み合う隼人と誠を、ひよりは呆れ顔で見る。

 

「またケンカ?」

「そうだ、2人で競争したら?」

「優依! 煽らないでよ」

 

ひよりが優依の腕を引っ張る。


「いいじゃん、それ」

「スポーツ特待に勝てると思ってんのか?」

「やってみないと分からないだろ」

「なら、負けた方は、班員全員に好きなものおごるってことで」

「ああ。いいよ」


隼人がこんなにも乗せられやすいタイプだったとは。

 誠は負けず嫌いだからむきになるし。

 私は普通に遠足楽しみたいだけなのに—!


 ひよりの心の叫びは誰にも届かず……。

 1stステージから順番にアスレチックをこなしていく2人の後をついていく。

 隣では優依がおもしろがって写真を撮り続けている。

 そこへあかりの班がやってきて、競い合う隼人と誠の傍で歓声を上げた。

 

「キャーッ、王子いるじゃん!」

「若松くんと競争してるの?」

「何それ、みたーい」


優依がニヤリとほくそ笑む。


「盛り上がってきたねえ」

「優依、おもしろがりすぎ」

「どっちが勝つか気になるじゃん。もうちょっと近くで見ようよ」

「私はここでいいや。優依、行ってきなよ」

「そう? じゃあ行ってくるね」


優依は嬉々として、ギャラリー集団の中に飛び込んでいった。

 

「彼氏の応援、してあげないの?」


ひよりの背後から、あかりが声をかけてきた。


「あかり……」

「うわっ!」


ガタガタッ!


 丸太がぶつかる音が響く。


「今の声……!」


 ひよりは咄嗟に隼人の方を見る。

 紐でぶら下がった丸太が大きく揺れ、隼人が慌てて紐にしがみついた。

 ギャラリーから歓声が上がり、隼人は王子スマイルで応える。

 

「はあ。危なかった」


ひよりはほっと胸をなでおろす。あかりの指先がぴくりと動く。


「ひよりはどっちに勝ってほしいの?」

「別にどっちでもいいよ」

「彼女なのに冷たい。隼人くんのこと、本気じゃないんでしょ」

「え?」

「なんか2人とも好きで付き合ってるように見えないんだよね」

「そ、そう?」

「何でこの前、デートしたのに部活って嘘ついたの?」

「別に嘘ついたわけじゃ……」

「私にとられたくないだけなんでしょ」

「……あかりは、あいつのこと好きなの?」


あかりがふふっと可憐な笑みを浮かべる。うっすらと頬が桃色に染まる。


「隼人くんに釣り合うのは、私だけ」

「……何、言ってるの」


あかりが一歩近づく。

 

「ひよりが彼女じゃ、隼人くんがかわいそうだよ」


耳元でそっと囁く。


「隼人くん、私にちょうだい」

「……!」

 

ひよりの息が一瞬止まる。

 あかりは何事もなかったかのように、隼人と誠を応援している女子の輪に入った。


『ちょうだい』

 

 小さい頃からの、あかりの口ぐせ。

 お菓子もおもちゃも絵本も、何でも私の物を欲しがる。

 嫌だって言ったらあかりは泣き出す。

 両親から譲りなさいと言われ、結局私の物はあかりに取られる。

 私はこの言葉が嫌い。

 そして、怖い。

 

 あげなくちゃ。

 悪い子だって叱られる。

 

 小さい頃の自分が、頭を抱えてうずくまっている。

 ひよりは首を振って幻想を追い払う。


 違う。

 隼人は“もの”じゃない。

 それに、私は隼人の本当の彼女じゃないんだから……。


 顔を上げたら、いつの間にか隼人たちは水辺のステージに移動していた。

 水深は浅い。それでも落ちれば服ごとびしょ濡れだ。濡れた服では他のアトラクションに乗れないらしい。


 あの2人、落ちないといいんだけど。


「邪魔だ!」

「おまえこそっ!」


隼人と誠はヒートアップして、狭い吊り橋の上で肩をぶつからせながら渡っている。

 水辺の狭い道にはあかりの班員だけでなく、他のクラスの女子たちも集まってひしめき合っている。

 その後方にいたひよりは、集団の隙間から隼人と誠を目で追った。

 誠が先に次のいかだ渡りに辿り着き、ロープをつたって反対側へ渡り始める。


「くそっ」


隼人も急いでもうひとつのいかだで渡り始める。


「若松くーん、がんばって!」

「王子ー! 負けないで!」


応援にも熱が入り、手を振り回す。

 

 こんな狭いところでやめてよ。

 

 手がぶつかりそうになってひよりは顔をしかめる。

 その時。


 ドンッ。


 背中を押されて体が傾き、水の上に放り出される。


「あっ……」

「ひより!」


隼人の焦った声が響く。

 いかだから飛び降り、ひよりに腕を伸ばす。

 ひよりは咄嗟にその腕を掴む。

 隼人はひよりが濡れないよう、軽々と抱き上げた。


「大丈夫か」

「う、うん」


間近にある隼人の顔に、日差しが当たって煌めく。

 

 トクン。


 ひよりの胸が小さく高鳴る。

 

 な、何でこんな……。

 

「王子、必死すぎない?」

「こんなに浅いのに」


周りの声が聞こえ、ひよりは顔が赤くなる。


「お、下ろして」

「はいはい」


道の上に下ろされる。


「濡れてないな」

「私は大丈夫だけど、あんた濡れちゃったじゃん」


水の中に立っている隼人の靴と足はびしょ濡れだ。


「俺のことはいいって」

「何で助けたの。浅いから平気なのに」

「何でって……」


隼人は頬をかいて周囲を見回す。

 女子たちの熱い視線が隼人に集中している。

 

「そこまでして彼氏の演技しなくても」

「演技じゃねえよ」

「……へ?」


ひよりはぽかんと口を開けて瞬きをする。


 演技じゃないなら、何?

 

「ひより、大丈夫か?」

「鵜野森くんも大丈夫?」

 

誠と優依が駆けてくる。

 隼人は水から上がって、水浸しの靴を見て苦笑した。


「びしょびしょ。勝負は俺の負けだな。やっぱりスポーツ特待には勝てないか」

「私、タオル持ってる。乾かしに行こう」


ひよりが隼人の背中を押して出口に向かう。

 誠は2人の後ろ姿から目を逸らし、歯を食いしばる。


「……俺の負けだ。でも」


ひよりの隣で笑顔を浮かべる隼人を睨む。


「ひよりのことは、諦めないからな」


いつの間にか日差しは雲に隠れ、湿った風が誠の前髪を揺らした。

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