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恋じゃないふりをして  作者: 春野ひなた


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25/27

25話 好きだから

「ひより!」

「隼人!」


池にかかる橋の上で、2人は向き合った。


「やっと、会えた」


ひよりは肩で息をしながら、隼人に一歩近づく。


「ひより、何でここに……」

「これ、届けに来たの」


隼人にスマホを渡す。


「田名さんに頼んだのに」

「会いたいって、連絡しても既読にならないから、隼人の家に行ったんだよ。そしたら、届けてくれって頼まれて」

「そういうことか」


スマホを受け取り、隼人は苦笑する。


「隼人さん、その人は……?」

 

見合い相手が隼人に詰め寄る。


「隼人、何をしている! その娘は……!」


中庭に出る扉の前で、麗香や見合い相手の両親とこちらを見ている正蔵が、怒鳴り声を上げる。


「くそっ」


正蔵と見合い相手を交互に見て隼人は奥歯を噛み締める。


「隼人、行こう」

「ひより?」


ひよりは隼人の手を握り、扉に向かって走り出す。

 正蔵と麗香たちの横を駆け抜けていく。


「待て!」


隼人の腕を掴もうとする正蔵の手を麗香が握る。


「あなた、やめて」

「離せ!」

「もう、いいでしょ。約束通り、お見合いはしたわ。あれが、あの子の答えなのよ」

「何を!」

「隼人の気持ちを尊重してあげることも、親の責任なんじゃないかしら」

「なっ……」

 

正蔵は苦い顔で麗香の手を振り払った。



 ひよりは隼人と手を繋いだままホテルを飛び出す。

 潮の匂いが鼻をつく石橋を渡る。時刻が表示されている巨大な観覧車が目立ち、すぐ傍にあるジェットコースターからは悲鳴と歓声が上がっている。


「追いかけてこなさそうだね」


ひよりが後ろを振り向いて胸を撫で下ろす。


「大胆なことしたな。結婚式の時に、他の男に連れ出される新婦の気分」

「何それ。別に奪ったわけじゃないけど」

「じゃあ、何でこんなことしたんだよ」


隼人が、繋いだ手をひよりの前に掲げる。


「……会って、話がしたかったから。それに、隼人、辛そうな顔してたし」


隼人は自分の顔に手を当てる。


「そんな顔してたか。……俺も、会いたかった」


ひよりは目を見開く。


「隼人も?」

「親父たちに邪魔されないように、あれ乗ろうぜ」


隼人が観覧車を指差す。

 ひよりは頷き、隼人と列に並んだ。

 順番が来て観覧車に乗り込む。


「遠足、思い出すね」


隼人の向かいに座って、窓の外を見る。

 あの時とは、景色は全然違う。高いビルが立ち並び、海の上をゴンドラが飛んでいる都会の街並みだ。


「そうだな」


しばらく沈黙が続く。


「「あのさ」」


2人同時に口を開く。


「隼人からでいいよ」

「いや、ひよりからでいい」


ひよりは両手を握り合わせ、唇を湿らせる。


「……私、もう隼人のニセ彼女じゃないのに、隼人のことが頭から離れなくて」

「ひより……」

「学校休んだ時も、心配で仕方なかった。全然既読にならないし」

「ごめん。ひよりのこと、忘れないとって思ってたから。けど、忘れられなかった」

「どうして……」

 

ゆっくりと上昇する観覧車の窓から日差しが差し込み、隼人の顔を照らす。

 

「好きだから」


ひよりは息を呑む。

 

「……え?」

 

隼人は膝の上で拳を握る。

 

「学校でひよりが責められた時、俺が傍にいるせいで、桜みたいにひよりが傷つけられるんじゃないかって怖くなった」

「だから、ニセ彼女終わりにしようって言ったの?」

「ああ」

「何それ」


ひよりは眉を寄せ、思わず立ち上がる。


「私の気持ち、何も聞いてないじゃん。勝手に決めないでよ」

「……ごめん」

「桜さんと私は違う。ちゃんと私を見て」


ひよりは隼人の目の前に立ち、強い眼差しで見つめる。

 隼人は顔を上げて、ひよりを見つめる。

 

「ひより……」

「私、隼人と一緒にいたい」


ずっと言えなかった言葉が、するりと口から零れた。

 

「隼人が、好きだから」


隼人は目を見開く。

 緩みそうになる口元を隠して、真っ赤な顔で呟く。

 

「ひよりも、俺のこと……」


観覧車はいつの間にか頂上に達し、わずかに揺れた。

 ひよりはバランスを崩しそうになる。


「わっ!」

「危ない!」

 

隼人は咄嗟に腕を伸ばす。それを掴み、ひよりは隼人の隣に座った。

 すぐそこに隼人の顔がある。

 ひよりの心臓は早鐘を打つ。

 掴んだ隼人の腕から熱が伝わる。

 

「ひより、もう一回言って」

「嫌。恥ずかしい」

「頼むよ。もう一回だけ、聞かせて」

「……隼人が、好き」


隼人は緩んだ顔で満面の笑みを浮かべた。


「俺も、ひよりが好き」

「……うん」

「いつからか分かんないけど、とっくに好きになってた。好きになるなよって言ったの、俺なのにな」


隼人は自嘲するように笑う。


「ほんとだよ。自分で条件破ってるじゃん」

「仕方ないだろ。好きになったんだから。でも、契約はとっくに終わってる。もうひよりは、ニセ彼女じゃない」

「……そう、だね」


ひよりは隼人の腕から手を離す。

 隼人はひよりの手を取り、真剣な眼差しを向ける。


「俺の、本当の彼女になって」


ひよりは繋がれた手を見つめ、今度は自分から握り返して頷いた。


「……うん」

 

隼人の顔がほころぶ。


「ひよりが傷つかないように、俺が守る」

「私は大丈夫。隼人が傍にいてくれるんだったら、誰に何を言われても逃げない。隼人だけは、私のこと分かってくれるって知ってるから」


ひよりが微笑む。

 隼人は照れたように頬をかいた。


「……彼氏だからな」

「今度は本当の彼氏、彼女だからね。勝手に終わりにしようなんて言わないでよ」

「悪かったよ。ひよりとちゃんと話す。勝手に決めない」

「約束だからね」


ひよりは隼人の顔の前に、小指を立てる。隼人は自分の小指を絡めて、ふっと口許を緩める。


「約束する」


微笑むひよりの顔を隼人がじっと見つめる。

「……何?」

「キスしていい?」


ひよりの顔が一気に熱くなる。


「何で聞くの!」

「勝手に決めないって約束だろ?」


隼人がいたずらっぽい笑みを浮かべる。ひよりは思わず吹き出した。


「もう。そういうことじゃないんだけど」


それでも、ひよりは隼人から目を逸らさない。


「……いいよ」

 

薄く目を閉じる。

 唇が軽く触れ、すぐに離れる。

 ひよりはゆっくり目を開ける。

 隼人の顔も耳も真っ赤だ。  

 

「……キス、しちゃったな」

「うん……」


ひよりは自分の両頬に手を当てる。熱があるみたいに火照っている。

 遠足の時に見た観覧車でキスをしていたカップルを思い出す。あの時は、まさか自分が隼人と同じことをするなんて夢にも思わなかった。


「ひより」


隼人が火照った顔を近づける。


「な、何?」

「もう一回、していい?」

「だめ! ほら、もう降りなきゃ」


ひよりは隼人の顔を押し退けて、向かいの席に戻って窓の外を見た。前のゴンドラから人が降りている。次はひよりたちの番だ。


「分かったよ。行こう」


隼人が手を差し出す。


「うん。行こっか」


隼人の手を握る。ゴンドラが開かれ、ひよりは隼人と地面に降り立った。

 隣を歩く隼人を見上げる。

 王子でも、ニセ王子でもない自然な笑みを向けられ、ひよりは微笑む。

 繋いだ手をしっかりと握り、歩調を合わせて歩き出した。

 

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