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恋じゃないふりをして  作者: 春野ひなた


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10/27

10話 1人じゃなかった

「ひよりのやつ、避けやがって。昼休みは絶対捕まえてやる」


休み時間ごとに隼人はひよりに話しかけるのだが、何かと理由をつけて避けられていた。

 昼休みに入ってすぐ、隼人がひよりの席に行くが、そこにひよりの姿はなかった。


「いない? どこ行ったんだよ」

「ひよりん、探してる?」

「大野さん。ひより、知ってる?」

「さっき、若松くんに呼ばれて出てったよ」

「あいつ……! ありがとう、大野さん」 


隼人は急いで教室を出ていく。


「これは何かあったねえ。おもしろいことになってそうじゃん」


優依はにんまりと目を細めた。


 隼人が廊下に出た途端、いつの間にか集まっていた他クラスの女子たちに取り囲まれた。


「王子!」

「うわっ! な、何? 今急いでて……」


身動きが取れず、焦る隼人。女子たちは構わず、好き勝手に話し始める。


「ねえねえ、部活入ってたって本当?」

「もう辞めたんでしょ?」

「他の部活入らないの?」

「一緒の部活入ろうよ!」

「うちの部に入って!」


四方から飛んでくる声に、隼人の頬が引きつる。それでも隼人は王子スマイルを浮かべて、後退りしながら女子たちと少しずつ距離を取る。


「どの部活にも入るつもりないから。俺、ちょっと急いでるから。それじゃ」


女子たちに背を向けて脱兎のごとく走り出す。階段を駆け下りながらひよりと誠を探し回った。


 その頃、ひよりは誠と一緒にクラス全員のノートを職員室に運んでいた。


「悪いな、付き合わせて」

「私、ついてきた意味ある? 自分のしか持ってないけど」


誠が抱えているノートの山と、自分の手にある1冊のノートを見比べて首をかしげる。


「口実に決まってるじゃん」

「口実?」

「ひよりを独り占めする口実」


誠はひよりを見て口角を上げる。


「なっ、何言ってんの!」

「俺が告白したこと、ちゃんと覚えてる?」


あれはやっぱり、告白だったんだ……。


「鵜野森の彼女だからとか、幼馴染みだからとか、色々考えてたけど、もう遠慮しないから」


誠の横顔がいつもより凛々しく見え、ひよりは戸惑う。


 誠、本気なんだ……。

 でも、私は隼人の彼女のふりをしないといけない。

 ……けど、隼人は私の願いを叶えられないって言ってた。それじゃあ、契約条件は公平にならない。だったらもう、彼女のふりする必要はない、のかな……?


 ノートを届けて職員室を出てから、ひよりは肩に下げているトートバッグの中に入れてあるスマホが震動していることに気づいた。


「ひより、俺、昼飯買ってくるけどどうする?」

「ちょっと待って。電話かも」


スマホを出した時には震動は止まっていたが、通知には隼人からの着信とトークがいくつも届いていた。


【ニセ王子:どこいるんだよ】

【ニセ王子:部室で待ってるから、早く来い】


 部室? 辞めたくせに、何で?


「誠、ごめん。私、行くとこあるから」


ひよりの手を、誠は咄嗟に掴んだ。


「行くな」

「えっ……」

「あいつのところだろ」

「う、うん。お弁当も作ってきちゃったし、届けないと」

「なら、弁当だけ渡して俺と昼飯食えばいい。ひより、今日あいつのこと避けてただろ」

「別に避けてたわけじゃ……」


隼人の腕に触れるあかりの姿が、ずっと頭から離れない。何を話していたのか、気になるけど聞けないし、聞きたくもない。だから、隼人に話しかけられる前に理由をつけて距離を取っていた。なのに、部室で待ってるなんて……。


「じゃあ、何だよ。何か我慢してんの? あいつに言えないことなら俺が代わりに言ってやる。無理してまで付き合い続ける必要ないだろ。俺ならひよりのこと何でも分かってる。少なくともあいつよりは」

「誠……」


ひよりは困ったように眉を下げる。


「ごめん。……焦りすぎた」


誠ははっとした顔でひよりの手を離した。


「でも、俺のこともちゃんと考えてほしい。返事は急がなくていいから」

「……うん」


ひよりは小さく頷き、誠に背を向けて部室へ向かった。


 部室の扉を静かに開ける。

 机に向かって作業をしている隼人が顔を上げ、不満げに口を尖らせた。


「遅い」

「何でここにいるの。何して……」


ひよりはトートバッグを机の上に置き、隼人の手元を覗き込んだ。

 破いたはずのポスターが、パズルのように繋ぎ合わされている。 


「これ、わざわざ?」


ひよりは驚いてポスターを手に取る。裏を見ると、裂け目の一つ一つが丁寧にテープで補修されている。


「せっかく作ったんだろ。一応テープで止めてみたけど、やっぱ作り直した方がいいかもな」

「部活、辞めるって言ったじゃん。なのに、何で」

「あのままだったら部活にはできただろうけど、ひよりが本当にやりたかったことはできないから。辞めるって言うしかなかった」

「……本当に、辞めちゃうの?」

「いや、辞めない」

「……へ?」


隼人の言っている意味が分からず、ひよりはポカンと口を開けて瞬きを繰り返した。


「名簿からは抜けない。けど、ここで活動してたらまた誰かに知られるかもしれないから、しばらくは部室に来ない方がいいかもな」

「ちょっと待って、一回ちゃんと整理させて! 隼人は部員のままで、活動も続けるけど、部室には来ないってことで……?」

「落ち着けよ。今までどおり、ほとんど変わらないから。ただ、部室での活動は避けたいから、フィールドワークメインにしたいんだけど、部長はどう思う?」

「いいの? また、フィールドワーク一緒に行ってくれるの?」


ひよりは表情を明るくして、身を乗り出す。

 隼人の口元がふっと緩む。

 

「やっぱ、これがひよりだよな」

「何が?」

「いや、何でもない。週末、空いてる?」 

「空いてるけど」

「じゃあ、2回目のフィールドワーク、行こう。行きたいところ、あるか?」

「ある! 市内にまだたくさんあるよ。神社巡りもいいけど、資料館もいいかも」

「ひよりの行きたいところ、全部行こう」

「全部って、1日じゃ無理だよ。県外にも行ってみたいし」

「何回でも行けばいい。どこまででも、部長の行きたいところについて行くから」

「……本当?」

「ああ。ひよりの好きなこと、もっと知りたい。楽しそうにしてるひよりも、もっと見たい」 


隼人の言葉が、消えたはずのひよりの胸の中に、もう一度小さな明かりを灯した。


 そんなふうに言われたら、また期待してしまう。 

 でも、隼人なら……。

 

 神社や祠を巡りながら、隣で笑ってくれる隼人の姿が想像できる。


 好きなことを語り合える仲間がほしい。

 もしかしたらその願いは、既に叶えられているのかもしれない。


「弁当、持ってきた? 腹減った」

「あ、うん」


ひよりはトートバッグから弁当箱を取り出し、隼人の前に置く。隼人は嬉しそうに弁当箱の蓋を開けた。


「サンキュー。おっ、今日も卵焼き入ってんじゃん」

「おいしいって言ってたから」

「覚えてたんだ。やっぱ、ひよりの卵焼きうまっ」


隼人はおいしそうに卵焼きを頬張る。


 そんなに気に入ってくれるなんて。

 毎日作ってあげようかな。


 ひよりの口元から、ふっと笑みがこぼれる。


「あ、そうだ。ひよりの妹さ……」

「あかりと何話してたの?」


ひよりは、自分でも驚くほど低い声が出た。


「え?」


 隼人が箸を止める。


「腕、触られてたよね」

「……見てたのか?」

「たまたま、見えちゃったから」


 慌てて弁当箱に視線を落とす。


「別に、何話しててもいいんだけど。ニセの彼女なんだし。隼人が誰と話そうが、誰に触られようが、私には関係ないし」

「ひよりの妹が、俺のこと好きでも?」

「……知ってた」

「知ってたのか?! 彼氏が妹にとられそうになってるのに、気にならないのかよ」

「だって、隼人はニセの彼氏だから」

「じゃあ、妹のこと好きになったって言ったら?」

「え……」


胸の奥がチクリと痛んだ。 

 さっきまで熱かった身体から、すっと血の気が引く。

 

「なんだよ、その顔。嘘に決まってるだろ」

「う、嘘?! 」


隼人はどこか嬉しそうににやにやと笑っている。


「安心しろよ。ちゃんと言っといたから」

「……何を?」

「気になる?」

「別に、そういうわけじゃないけど、一応、ニセの彼女として聞いておこうかな、とか、思っただけで」

「じゃあ、一応、ニセの彼氏として何て言ったか教えてやるよ」


隼人は口角を上げて瞳をすっと細めた。


「俺、おまえのことそういう目で見たことないから。……俺の彼女は、ひよりだけだ」


本気じゃないって分かってる。

 分かってるのに、頬が一気に熱くなる。

 心臓がドクドク鳴ってうるさい。


 ひよりは頬を両手で覆って隼人から目を逸らす。

 隼人は照れ臭そうに頭をかいて、話題を変えた。


「なあ、週末のフィールドワーク、どこ行きたい?」


ひよりの隣へ椅子を寄せ、肩が触れそうな距離でスマホの画面を見せる。


「部長、場所の候補は?」

「ち、近いって!」

「いいだろ、付き合ってるんだから」

「ふり、だってば!」


触れそうで触れない肩が熱い。

 ひよりは意識しすぎないように、隼人と一緒に画面を覗き込む。


 また、二人で出かけられる。

 そう思っただけで、朝には消えてしまったはずの期待が、今度は簡単には消えそうにないほど大きく膨らんでいく。


 隼人が検索画面を見せてくる。


「ここは? 町田の薬師池公園」

「薬師池……?」


ひよりは隼人のスマホを覗き込み、目を見開いた。


「ここ、大蛇の伝承がある!」

「大蛇?」

「池の主が大蛇だったっていう昔話。面白そう。行ってみたい」

「やっぱ、そういうの食いつくんだな」


隼人が呆れたように笑う。 


「だって、池とか沼に蛇や龍の伝承が残ってるところって結構あるんだよ。水の神様として信仰されてたりして」

「へえ。じゃ、ここにする?」

「うん」

ひよりは画面をスクロールする。

「あ、紫陽花も咲いてるんだ。花菖蒲もきれい」

「……花も好きなのか?」

「花そのものっていうより、草木を神聖なものとして扱ったり、神様が宿るって考え方もあるから、そういう信仰を調べるのは好きかな」

「……そっか」


隼人の目から、ふっと笑みが消えた。

 どこか遠いものを見るように、視線がひよりから離れる。


「どうしたの?」

「……いや、なんでもない」


すぐにいつもの笑顔に戻る。

 けれど、その笑顔はさっきまでより少しだけ固い。

その一瞬の変化が、妙にひよりの胸に引っかかった。

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