第33話 外
「……全員集めるのは初めてか」
支配域マップを確認しながら言う。
森の中、木々がここだけ生えていない円形の広場。
ここにぽんこが集合をかけている。
椅子はない。
俺はいい感じの根っこに腰をかけている。
最初に目に入ったのは、シルヴァさんだった。
木の根元に寄りかかっている。
寄りかかっている、というより、そこにそういう木が生えているみたいに馴染んでいる。
笑顔は穏やかで、手には湯気の立つ木の器。
何を淹れたんだろう、香草の匂いがする。
少し離れたところに、ラセツ。
腕を組んで、背中を太い幹に預けている。
目は森の奥を見ているが、前みたいに踏み込もうとはしない。
境界線を知っている目だ。
アニは、俺の少し右。
背筋がまっすぐで、堂々たる態度で地面に直接座っている。
その後ろには、オトとイモが控えている。
ぽんこは、俺の周りをふらふらしている。
今日は妙に機嫌がいい。
会議という言葉が好きなのか、単に全員が揃ったのが嬉しいのか、たぶん両方だ。
「マスター、幹部がほぼ揃いました!」
「ほぼってなんだ。誰が足りないんだ」
「いません!ほぼ、って言うと響きがいいので」
ぽんこが胸を張る。
ラセツが、鼻で笑った。
「相変わらず、うるせえな」
「うるさくありません!必要な情報を必要な速度で出しています!」
「速度の話じゃねえ。音量の話だ」
「音量調整機能はありません!旧式なので!」
「こいつ、どうにかしろよ」
俺が口を挟む前に、アニが小さく息を吐いた。
『……ラセツ、俺を見て言うな。マスターに言え』
「お前は反応が面白いからな」
『面白くない』
「面白い」
そう言いながら、ラセツはアニに一歩近づくでもなく、距離を保っている。
アニも張り合わない。
顔をしかめるだけで、視線は外さない。
張り合う気配はない。
あの日から、こいつは一段、別の場所に立つようになった。
シルヴァさんが、ふわっと笑った。
「あらあら。仲良しね」
「ちげえよ」
ラセツが即答する。
否定が速い。
速いのに、声に棘がない。
『仲良しだよ、シルヴァさん』
アニが気楽な声で答える。
そこにぽんこが間に割って入る。こういう時だけ妙に無邪気だ。
「仲良しです!」
「じゃあ、仲良しでいい。会議だ」
俺が言うと、空気がすっと変わった。
「全員、今の状況を共有する」
ぽんこが即座に補助に入る。
「現在、遠征二回目を終えて帰還済み。DPは追加で二十万。支援パックでコア位置表示が解放。幹部戦力は、守りがシルヴァさん、攻めがラセツさん、統率がアニさん。補給がイモ隊、隠密がオト隊。以上です!」
ぽんこは言い切って満足そうな顔をする。
俺は一度だけ深呼吸して、次の議題を出した。
「さて、次の遠征だ。往復十日。連戦が続いてる。こっちの留守中のリスクも増えてる」
オトが木陰で短く頷く。
イモはメモでも取っているのか、手元が動いた。
アニの指先が、計算するみたいに微かに動く。
ラセツは目を細めた。
シルヴァさんは、器を両手で包んだまま微笑んでいる。
俺は言葉を選ばずに言った。
「率直に言う。現地の空気を、俺が知らなさすぎる」
静かになった。
誰もすぐには口を開かなかった。
俺がダンジョンから出られない前提で動いてきたからだ。
俺は指示を出し、情報を受け取って、判断してきた。
全部、ここから。
安全な椅子に座ったまま。
アニが一番最初に反応した。視線が鋭くなる。
『……マスターが、現地に?』
ラセツも俺を見た、拒否ではない。
単純に、意外だという目だ。
オトが一歩、前に出た。
『危険。撤退判断が遅れれば、全滅リスクが無視できない』
アニが難しい顔で口を挟む。
『でも、必要なことでもある。現地判断の精度は、ここにいる限り上がらない』
ラセツが面白そうにアニを見る。
「お前もそっち側か」
『賛成してるわけじゃない。ただ、理由は分かる』
短い沈黙。
危険だ。
だが、必要でもある。
その二つが、それぞれの中でぶつかり合っていた。
シルヴァさんが器を置き、言う。
「遠征中のダンジョンの守りもありますわ。最悪、私たちは全滅してもいい。でもダンジョンコアはマスターの命。これを危険に晒すのは許容できません」
「コアは……しょうがない。重荷かもしれないが、シルヴァさんなら大丈夫だと信じている」
「命に代えてもお守りしますわ。それでも、マスターがいる時に比べたら危険は桁違い……」
守りの要として、シルヴァさんの意志は固い。
だがこれは必要なことだ。
シルヴァさんの説得を続けようとした、その時。
ぽんこが、何の気なしに言う。
「持って行けばいいじゃないですか」
全員の視線が、一斉に集まる。
「……は?」
俺が間抜けな声を出した。
「コアは持ち運べます」
皆が唖然とする中、一足先に立ち直ったアニが尋ねる。
『確認だ。持ち運び中、ダンジョンの位置はどうなる』
ぽんこが即答する。
「ダンジョンの位置は動きません。入口は入口のまま。支配域もそのまま。コアだけが移動します」
イモが、興味深そうに近づいてくる。
『……管理上の問題は?』
「ありません。コアの管理は、コアがどこにあっても管理できます。マスターの権限も途切れません」
「ぽんこ……それ、もっと早く言え」
ぽんこが首を傾げる。
「聞かれなかったので」
その言葉にアニが応える。
『聞く前提がない』
俺も同意だ。
だが、ぽんこは聞かれなければ答えない。
だが、これは言え。
ラセツが、ふっと笑った。
「面白え。お前、外に出られるのか」
「面白がるな」
「面白えだろ。ずっと中で吠えてただけだったのに」
「吠えてない」
俺が言うと、ラセツは肩をすくめて黙った。
黙る時は素直だ。
シルヴァさんが、あらあら、と小さく笑う。
シルヴァさんも安心したようだ。
オトが俺のところに来て言う。
『護衛は僕の隊が付く。緊急時はマスターだけ連れて逃げる』
イモも頷く。
『補給班としては、軽量化と非常食の比率を上げます。撤退ルートは複数案を用意します』
アニが言った。
『見るだけなら問題ない。前に出ないなら、隊の動きは崩れない』
ラセツが鼻で笑う。
「足を引っ張るなよ」
俺は一瞬だけ言い返しそうになって、やめた。
ここで言い返すと、収拾がつかなくなる。
シルヴァさんが、俺を見た。
「ちゃんと帰ってきてね」
シルヴァさんの目が怖い。
声は優しいのに、圧が命令だと言っている。
俺は、全員を見た。
ぽんこの得意げな顔。
アニの落ち着かない目。
オトとイモの、動かない気配。
ラセツの試すような視線。
怖い目で微笑むシルヴァさん。
俺は息を吐いて、決めた言葉を口にした。
「次は、俺も行く」
ぽんこがぱっと明るくなる。
「はい!現地の空気、吸いましょう!」
「吸うだけで済めばいいけどな」
ラセツが、口角だけ上げた。
「やっと戦争っぽくなってきた」
アニが小さく頷いた。
『……了解。最初は俺が隊をまとめる。マスターは一旦後方で様子見で頼む。それでいいか?』
「余計なことをする予定はない」
『予定は信用しない』
「厳しいな」
『前線だからな』
誰も笑わなかった。
笑う場面じゃない。
だが、空気は重くなりすぎてもいない。
会議は終わった。
次の段取りは、もう動き始めている。
俺は自分のコアを、初めて「持って出る」ことになる。
中に籠もって指示を出すだけの俺は、ここで一度終わる。
次は、俺も現地に立つ。




