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ハッピーバースデー

作者: 香月 深青
掲載日:2026/05/25

お誕生日おめでとう。


 またこうして、誕生日を迎えられた。


 年齢を重ねると、一年健康で過ごせることが、ありがたいと実感する。


 毎年、家族で過ごしていた誕生日。


 子どもたちが小さかった頃は、一緒にケーキを囲んで、賑やかに笑っていた。


 プレゼントを隠して驚かせたり、外食へ行ったり。


 そんな時間が、当たり前みたいに続くと思っていた。


 でも子どもたちは成長して、それぞれの人生を歩いている。


 今は、ひとりの生活になった。


 子どもたちの誕生日には、今でも変わらず「おめでとう」のメッセージとプレゼントを送っている。


 違うのは、子どもたちには別に祝う相手がいること。


 少し寂しい気持ちもある。


 でも、大切な人と笑って過ごしているなら、それが一番嬉しかった。


 朝一番、娘からLINEが届く。


『お誕生日おめでとう!』


 毎年変わらず、「今年でいくつになった?」と聞かれる。


 そのやり取りが、なんだか可笑しくて、嬉しい。


 仕事帰り、駅ナカのケーキ屋さんで小さなケーキを買った。


 ショーケースの中には、色とりどりのケーキが並んでいる。


 どれにしようか少し迷って、結局いつものショートケーキを選んだ。


 少しだけ高いケーキ。


 今日は特別だから、と思った。


 部屋に帰ると、静かな空気が広がっている。


 電気をつけても、いつもと変わらない部屋。


 コートを脱ぐ音だけが、小さく響いた。


 テレビをつける気にもなれなくて、そのままテーブルにケーキを置く。


「おめでとう」


 小さく呟く。


 誰もいない部屋に、自分の声だけが静かに溶けていった。


 ケーキをひとくち食べる。


 甘いクリームの味が、少しだけ胸に沁みた。


 またひとつ、歳を重ねた。


 なにかが変わるわけじゃない。


 明日もいつも通り仕事へ行って、同じように一日が終わる。


 それでも今日は、自分で自分に「おめでとう」を言ってあげたかった。


 幸せな一年になりますように。


 みんな、健康で幸せでありますように。


 そう願いながら、フォークを口へ運んだ時だった。


 スマホが鳴る。


 画面には、娘の名前。


「もしもし?」


『お誕生日おめでとう!』


 明るい声が、静かな部屋に広がった。


『今週、お誕生日会しようね』


『ご飯行こう』


 思わず笑ってしまう。


「ありがとう」


『何食べたい?』


「なんでもいいよ」


『ダメだよ』


『ママが主役なんだから、ちゃんと決めておいてね』


 その言葉が、なんだかくすぐったかった。


 少し話して電話を切る。


 静かな部屋に戻ったはずなのに、さっきまでとは少し違っていた。


 テーブルの上には、小さなケーキ。


 窓の外では、夜の街が静かに光っている。


 私はフォークで最後のひとくちをすくい、ゆっくり口へ運んだ。


 甘いクリームが、ふわっと広がる。


 また明日から、いつも通りの日々が始まる。


 仕事へ行って、疲れて帰ってきて、同じような毎日を繰り返すのかもしれない。


 それでも。


 「お誕生日おめでとう」


 その言葉が、胸の奥で小さな灯りみたいに残っていた。


 私は小さく息を吐いて、そっと笑う。


 静かな部屋は、さっきより少しだけあたたかかった。

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