ハッピーバースデー
お誕生日おめでとう。
またこうして、誕生日を迎えられた。
年齢を重ねると、一年健康で過ごせることが、ありがたいと実感する。
毎年、家族で過ごしていた誕生日。
子どもたちが小さかった頃は、一緒にケーキを囲んで、賑やかに笑っていた。
プレゼントを隠して驚かせたり、外食へ行ったり。
そんな時間が、当たり前みたいに続くと思っていた。
でも子どもたちは成長して、それぞれの人生を歩いている。
今は、ひとりの生活になった。
子どもたちの誕生日には、今でも変わらず「おめでとう」のメッセージとプレゼントを送っている。
違うのは、子どもたちには別に祝う相手がいること。
少し寂しい気持ちもある。
でも、大切な人と笑って過ごしているなら、それが一番嬉しかった。
朝一番、娘からLINEが届く。
『お誕生日おめでとう!』
毎年変わらず、「今年でいくつになった?」と聞かれる。
そのやり取りが、なんだか可笑しくて、嬉しい。
仕事帰り、駅ナカのケーキ屋さんで小さなケーキを買った。
ショーケースの中には、色とりどりのケーキが並んでいる。
どれにしようか少し迷って、結局いつものショートケーキを選んだ。
少しだけ高いケーキ。
今日は特別だから、と思った。
部屋に帰ると、静かな空気が広がっている。
電気をつけても、いつもと変わらない部屋。
コートを脱ぐ音だけが、小さく響いた。
テレビをつける気にもなれなくて、そのままテーブルにケーキを置く。
「おめでとう」
小さく呟く。
誰もいない部屋に、自分の声だけが静かに溶けていった。
ケーキをひとくち食べる。
甘いクリームの味が、少しだけ胸に沁みた。
またひとつ、歳を重ねた。
なにかが変わるわけじゃない。
明日もいつも通り仕事へ行って、同じように一日が終わる。
それでも今日は、自分で自分に「おめでとう」を言ってあげたかった。
幸せな一年になりますように。
みんな、健康で幸せでありますように。
そう願いながら、フォークを口へ運んだ時だった。
スマホが鳴る。
画面には、娘の名前。
「もしもし?」
『お誕生日おめでとう!』
明るい声が、静かな部屋に広がった。
『今週、お誕生日会しようね』
『ご飯行こう』
思わず笑ってしまう。
「ありがとう」
『何食べたい?』
「なんでもいいよ」
『ダメだよ』
『ママが主役なんだから、ちゃんと決めておいてね』
その言葉が、なんだかくすぐったかった。
少し話して電話を切る。
静かな部屋に戻ったはずなのに、さっきまでとは少し違っていた。
テーブルの上には、小さなケーキ。
窓の外では、夜の街が静かに光っている。
私はフォークで最後のひとくちをすくい、ゆっくり口へ運んだ。
甘いクリームが、ふわっと広がる。
また明日から、いつも通りの日々が始まる。
仕事へ行って、疲れて帰ってきて、同じような毎日を繰り返すのかもしれない。
それでも。
「お誕生日おめでとう」
その言葉が、胸の奥で小さな灯りみたいに残っていた。
私は小さく息を吐いて、そっと笑う。
静かな部屋は、さっきより少しだけあたたかかった。




