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帝不在の平安後宮〜それでも私が入内する理由〜  作者: 有木珠乃@2/6『ヒロインの弟に迫られています』配信中
第2章 後宮入り

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第19話 乱入騒ぎ

 惟久様に文を託してから数日後。お父様からの返事を待っていると、なぜかお祖母様が訪ねてきてくれた。それもお父様の文を携えて。


「気分はどう?」


 御簾を上げ、弘徽殿の局から見える庭をお祖母様と一緒に眺めた。かつてお祖母様は、飛香舎(ひぎょうしゃ)、別名藤壺(ふじつぼ)と呼ばれる殿舎に、曾祖母様と一緒に暮らしていたそうだ。弘徽殿と近い殿舎であるせいか、到着して早々、懐かしいと何度も口にされていた。


 けれど本題は、やはり私の体調なのだろう。表向きは、後宮に慣れたのかどうかのご機嫌伺いである。


「今日は穏やかな陽気だからでしょうか。それともお祖母様の顔が見られたからなのか、とても気分がいいです」

「まぁ、随分と口が上手くなったのね」

「もう常盤院にいた頃のようには振る舞えませんから」


 体調の面でもそうだが、精神的な面が大きいだろう。今はまだ、懐妊した事実を周りに悟られないようにと気を配っている内に、もう姫の頃と同じではいけないのだと、本能的に悟ったのかもしれない。

 小侍従以外にも、信頼できる女房はいるけれど、もしものことがあっては困るから、知らせないようにしていたのだ。


「けれどこのまま体調が戻らないようならば、一度、常盤院に戻ってもいいのではなくて?」

「入内して、まだひと月も経っていないのに、さすがにそれはできませんわ」

「だからといって、このまま塞ぎ込むのもよくないわよ」


 そう言われても、下手に出歩いて、承香殿女御と出くわしたくはない。尚侍に至ってもだ。あの者を信用していいのかは、まだ分からない。一度、呼び出しただけで、その後は挨拶にも来ないのだ。


 まぁ、私と同じで、小侍従も警戒をして、寄せ付けないようにしている可能性も否定できなかった。


「お父上である左大臣も心配して、私に様子を見てくるように、と言ってきたくらいなのだから、宿下がりくらいお許しになるわ」


 その許してくれる帝がいないのだから、許可を取ることは簡単だろう。さらにお父様の口添えが加われば、止める者などいない。


 お祖母様はこれ見よがしと、私に文を渡してきた。


 お父様の文には、案の定、お怒りの言葉から始まっていた。



 ◆◇◆


 体調が優れない、という連絡を受けたが、身から出た錆だということは分かっておるな。いつまでも初恋にしがみつくなど……ただの姫であれば可愛いと思うが、おまえはこの左大臣家の一の姫。そんな夢物語に憧れるではない、とあれほど言っていたものを。


 しかし済んでしまったことは仕方がない。今はおまえの体が大事だ。母上をそちらに寄こしたから、気分転換に宝泉寺へ参るなり、方違えと称して我が家の別荘に行くのも良し。

 後宮から千景を出すように伝えてあるから、母上を上手いように使いなさい。それでも無理なようだったら、私に連絡を寄こしなさい。母上の送り迎えとして、私は内裏に留まっているから。


 ◆◇◆



 思わずお祖母様に視線を送ると、すでにお父様と打ち合わせができている、とでもいうように微笑まれた。


 あとは私の気持ち次第か。


 文を畳みながら、一つ息を吐いた。


「こういう時、しっかりした実家を持ったことに、誇りと感謝をしなければ、と思ってしまいます」

「そうね。私がこの後宮にいた時も、よく思っていたわ。父帝が退位した後は特にね。私はすでに左大臣家に降嫁した後だったし、弟宮は帝に即位。母はそのまま後宮に残っていたから、何も心配はしていなかったけれど、他の女御様たちは大変だったと聞いたわ」


 御子を成せば、御息所として世話をしてくれる貴族もいるだろう。後宮の内情を知っているため、自分の娘を御息所に預け、教養を身につけさせることができ、名のある御息所であれば、それなりに箔もつく。


 けれど身分も後ろ盾も、御子もない女御の末路は惨めなものだという。今の私の状況も大変だが、そこから比べれば、まだいいものだ。


「だからね、あるうちは存分に頼ってもいいと思うのよ。特にこういう時は特にね。我慢をする時は、誰も頼れる人がいなくなってしまった後でいいの」

「お祖母様……ありがとうございます」


 私は傍に控えている小侍従に、宿下がりの準備をするように、目で合図をした。小侍従も小侍従で安心したのか、心得たとばかりに頷き、すぐに取りかかりに行こうと立ち上がった。その瞬間だった。何やら騒がしい声が聞こえてきたのだ。


「あらあら、弘徽殿女御様は噂と違い、病弱な御方でしたのね」


 几帳の向こう側から悪意に満ちた声が聞こえてきたと思ったら、突然、紅梅の唐衣を幾重にも重ねた姿が目に飛び込んで来た。その勢いはすさまじく、本人は目の前にあった几帳を軽く払ったのだろうが、加減を間違えたらしく、大きな音と共に前へ倒れてしまった。


 響き渡る、女房たちの悲鳴。鎮めようと立ち上がる私に、駆け寄るお祖母様と小侍従。そして空気が読めないのか、几帳を倒した張本人は、それを呆れた顔をして眺めていた。


「たかだかこれくらいで騒ぐなんて、どうなっていますの?」

「承香殿女御様。これくらいで、とおっしゃいますが、そちらの殿舎では、これが日常なのでしょうか?」


 几帳のような大きな物が倒れれば、普通は驚く。けれどその反応に違和感を抱くなど、正気の沙汰には見えなかった。


「まさか。たまたま倒れてしまったことに対して、大袈裟だといったまでです。それにこちらはどうも静かすぎて嫌ですわね。承香殿はいつも賑やかでしてよ?」

「それはそれは、羨ましいことですわね。これだけの騒ぎを賑やかだと思えるほど、承香殿は明るいようですから。帝のお渡りがなくとも、寂しくなさそうで結構ですわね」


 自分の仕出かしたことを謝罪しないばかりか、弘徽殿を辛気臭い、と言ったのだ。遠回しに言っても通じない者には、はっきりと告げるのが一番。


「帝の渡りがないのは、そちらも同じでしょう?」

「それはどうでしょうか。これでも私は帝のいとこでしてよ。今はお祖母様がいらしているからお見せできませんが、帝から猫を賜りましたの。入内した折、承香殿女御様は何をいただいたのですか?」


 小侍従の話では、とても可愛らしく、大人しい三毛猫だという。私の懐妊が分かってからは、病気になる恐れもあるから、とその姿を一度も見ることなく、取り上げられてしまったのだ。

 今は女房たちが可愛がっているそうだ。その悔しさも相まって、嫌味に拍車がかかってしまった。


「随分とやらしい手を使うのね」

「やらしい?」

「そうよ。ずっと渋っていた癖に、入内した途端、まるで中宮になったかのような振る舞いまでするなんて」

「そんな振る舞いはしていないわ」

「しているから言っているのよ!」


 承香殿女御はそう怒鳴ると、辺りを見渡す。その視線が私の傍らにいる小侍従に止まると、何を思ったのか、扇の先を向けたのだ。


「こそこそと嗅ぎ回って、私の悪評を帝に密告しているのでしょう!?」

「は?」


 とんだ言いがかりである。

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