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帝不在の平安後宮〜それでも私が入内する理由〜  作者: 有木珠乃@2/6『ヒロインの弟に迫られています』配信中
第2章 後宮入り

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第18話 親心(惟久視点)

 左大臣家の住居。通称、常盤院。その名を冠する常盤とは、永久不変を意味し、かつて前々帝の娘が降嫁する際に名付けられたのだそうだ。可愛い娘とその子、孫の代まで栄えていてほしい、と願う前々帝の願いだったのかもしれない。


 けれど常盤には、他の意味もあった。不変という意味から、冬の極寒でも葉の色が変わらない木を総称していう。縁起がいいこともあって、この常盤院にはそのような植物が多く植えられていた。


 音に聞く 青き館に 住む人は 冬も知らねば 常盤なるらむ


 常盤院で開かれた催し物に呼ばれた、前帝が呼んだ和歌である。噂に聞く常盤院は、なんと青々として美しいのだろう。このようなところに住む人が羨ましい。

 これを聞いたお祖母様が満足した、という逸話まで後世に伝わっているのだ。それほどお祖父様にとって、ご自慢の出来事だったことに違いない。


 私もお祖父様の立場だったら、周りに吹聴したと思うからだ。自分が建てた邸を褒め称えられ、千景が喜んでくれる。想像しただけで陶酔してしまいそうだった。


 けれど現実はそうもいかない。いくら美しい常盤院に通されても、心が躍ることはなかった。当然だ。目の前に叔父である左大臣様が座られているのだから。


「母上が千景を説得して入内したのだと思っていたら、まさか裏にこんなからくりがあったとはな」

「申し訳ございません」

「……千景が惟久に入れ込んでいたのは知っている。けれど我が家の大事な一の姫だ。いとこ同士など、そんな意味のない結婚を許せるはずがないことくらい、分かっていると思っていたんだがな」


 結婚は家を栄えさせる手段。だから入内させ、御子が生まれれば外戚として後ろ盾になり、東宮、帝へ。一の姫でなくとも、力のある家、または政治的な繋がりを求めて結婚をさせるのが定石だ。


 逆にいとこと結婚させても、双方の家に利益をもたらさない。唯一あるとすれば、入内のみ。そう、どちらに転んでも、千景は入内しか道はなかったのだ。だから私は……!


「けれど済んでしまったものは仕方がない。千景の懐妊もまた。だが、むしろ好機ともいえる」


 左大臣様の言葉にハッとなり、顔を上げた。


「好機、とはどういうことでしょうか?」

「本来ならば、女御の身でありながら、帝以外の男を受け入れたとして、罰せられる立場だ。しかし今は、その帝が不在。それも公にしていない状況だ」


 そもそも千景の入内は、その状況を隠すためにしたことである。相手のいない結婚で不貞を働いて、誰が罰することができるのか。そう左大臣様はおっしゃっているのだ。


「仮に今、帝が戻ってきたとしても、不在にしていたことを公表などできまい。周りがひた隠しにしていたのだからな。その努力を水の泡にするような方ではないだろう。それにどのような理由があろうと、内裏を空けていた事実は、千景の不貞よりも非難されることだ。下手をすれば、退位に追い込まれることもあり得る」

「っ! すると、帝の女御である千景は……」

「後宮にいられなくなるだろう。新たに即位する帝の女御が入内するためにはな」


 折角、千景を入内するために、弘徽殿を長いこと押さえ、いつでも入内できるようにと準備をされていた左大臣様。相手が私だからか、遠慮なく大きなため息を吐いた。


「……左大臣様にとっては、このまま千景が子どもを……御子を生んだ方が好都合だと思われますか?」


 今の話を聞く限り、そのようにも受け取れた。これを好機とおっしゃったことも、私へのお咎めも口になさらないことも含め、一縷の望みを賭けて尋ねてみた。


「帝がまだ、戻ってこない見込みであれば、な」

「っ!」

「しかし喜ぶのはまだ早いぞ、惟久。千景の腹にいるのが、誰の子か知っているのは、私とおまえと母上……」

「千景の女房では、小侍従のみにございます。あとは診察した侍医ですが、今後の案を千景に助言したことから、外部に漏らすことはないでしょう」


 あとは危惧する人物か。後宮に入ったばかりの千景に恨み言を告げた尚侍については、この間警告したから大丈夫だろう。


 最も危惧すべきは、千景を目の敵にしそうな承香殿女御か。年齢や立場が似ていることから、昔から比較されてきた二人だ。千景が懐妊したと知ったら、何を仕出かすか分からない。要注意人物だといえよう。

 さらにいうならば、私の力でも操作し辛い人物でもあった。何か気を引けるものがあればいいのだが……。


「な、なんでしょうか?」


 ふと、左大臣様の視線を感じた。ただ私を見ていたのではない。値踏みをするような、そんな視線に、思わずたじろいだ。


 なにせ左大臣様は、千景の父である前に、私にとっては母の兄にあたる御方。帝から見ると、ご生母の弟というお立場になる。お祖母様が前々帝の妹であるため、私と千景にとって帝は、いとこであり、はとこでもあった。帝のご両親がいとこ同士の婚姻だったからだ。


 伯母にあたる国母様が、どのような見目なのかは分からないが、年を重ねてもお美しいお祖母様を母に持っているのだ。我が母同様、今も尚、お美しいのだろう。さらにいうと、千景はそんな母上によく似ていた。

 お祖母様より目元は優しげで、華やかな印象だが、笑うと幼い頃と変わらない可愛らしい笑顔を向けてくれるのだ。


 そんな千景の父である左大臣様だが、我が母とも似ているところはない。しかし、一人だけ顔が劣る、というわけではなかった。亡きお祖父様も整った顔立ちをしていたのだから、左大臣様はそちらに似たのだろう。けれど目元はお祖母様に似て、凛としているせいか、左大臣様に凝視されているだけで、身が縮まる思いだった。


「いや、この状況を冷静に見ていることもそうだが、私以上に千景のことを把握しているのでな。少しは任せてもよい、と思ったのだ」

「任せる……ですが、千景は今や女御という立場」

「誰も結婚のことを言っているのではない。今後、千景がどのような立場に置かれても、見捨てないというのであれば、後宮を出た後を頼みたいのだ」


 つまり、御子を生み、帝が退位した後、千景は御息所(みやすどころ)という地位になる。その頃になれば、この常盤院は千景の兄の代となり、戻る場所がないのだ。左大臣様はそんな自分に代わって、千景を任せたい、とおっしゃった。勿論、私の答えは一つしかない。


「任せていただけるのであれば、是非」

「そうか。ならば御子が皇女(ひめ)であっても安心できる」

「左大臣様……」

「千景にずっと入内を勧めていたが、何も政治の道具として見ていたわけではない。これでも父親として、心配しているのだ。そして可愛いからこそ、惟久。おまえと結婚させるわけにもいかなかった」

「分かっております。私ではダメだということも」

「恨むのならば、私だけにしろ。生まれてくる御子も、千景も関係ないのだから」


 無論、千景を恨むなどあり得ない。生まれてくる御子はもっとだ。これからも愛し、守っていく。


 私は深々と、左大臣様に向かって頭を下げた。お許しいただいたことと、その覚悟を見せる証として。

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