表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝不在の平安後宮〜それでも私が入内する理由〜  作者: 有木珠乃@2/6『ヒロインの弟に迫られています』配信中
第1章 一夜の代償

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/29

第1話 幼なじみとの再会

 都では、ある噂が流れていた。けれど今の私にとって、そんなことなど、どうでもいい。関係ないのだ。いや、そう思いたいからなのかもしれない。今の私にとって、誰が何を噂していようが、関心は別のところにあったからだ。


千景(ちかげ)様、お見えになられました」


 簀子縁(すのこえん)から待ち人の来訪を知らせる声が聞こえてきた。けれどその声は、私の(はや)る気持ちとは違い、戸惑いの色が見える。

 それもそのはずだ。私の待ち人は、このような夜中にひっそりと屋敷を訪れるような、無粋な人ではない。それを私付きの女房、(せり)も分かっているのだろう。


 だけどあの方から文を受け取ったのは、明朝のこと。今宵の訪問を知らせる文に、どれほど心躍らせたことか。芹は訝しんでいたが、そんなことは関係ない。


 なにせ相手は一年振りに会う、初恋の人なのだから。


「お通ししてちょうだい」

「……あの、本当によろしいのでしょうか」

「芹? 何を今更、どうしたというの?」

「申し訳ございません、千景様。後で問題になるのではないか、と思いまして」

「相変わらず芹は臆病なのね。問題になったとしても、すべての責任は私にあるのだから。芹にいくことはないから安心なさい」


 それでも芹は「しかし~」と言ったきりで、その場から離れる気配がなかった。私は妻戸(つまど)を引き、芹を見下ろした。


 年は私より上だが、臆病……いや心配性であるため、姉というよりも妹という感覚に近い。今回のように、未婚の私が、男性を通わせるような真似をしているのが気がかりなのだろう。

 なにせ私は左大臣家の一の姫。ゆくゆくは入内(じゅだい)し、果ては中宮(ちゅうぐう)と期待されているのだ。そのような娘が、と芹が心配するのも理解できた。


 私はその場にしゃがみ込み、優しく語りかけた。


「お願いよ、芹。私の気持ちは知っているでしょう?」

「はい」

「そして、それを知っているのは芹だけではない、ということも」

「……承知しております」


 絞り込むようにしていう芹に、私はニコリと笑った。


「だから大丈夫。さぁ、呼んで来てちょうだい。向こうも首を長くしているかもしれないから」

「その心配はいらないよ」

「え?」


 懐かしい声に振り向くと、深緑色の狩衣(かりぎぬ)をまとった公達が立っていた。月明かりに照らされた姿は美しく、思わず幻かと疑ってしまうほどだった。


惟久(これひさ)、様?」

「ふふふっ、どうして疑問形なんだい?」

「あっ、それは……惟久様が」


 あまりにも美しくて、といいかけた口を噤む。おそらく、そのような言葉は何度も聞いているだろう。私はそんなありきたりな言葉を、久しぶりに会った好きな人に投げかけたくはなかったのだ。


「文は送ったはずだけど、千景を驚かせてしまったようだね。あと、迷惑もか」

「……お気になさらず。そのように返事をしたではありませんか。惟久様もお忘れですか?」

「いや。だからこそ、待ちきれずにこうしてやってきてしまったのではないか」

「っ!」


 思わず袖で顔を隠す。すると、当然のようにその手を取られ、おそらく赤くなったであろう顔が月明かりの元に晒された。

 視線を逸らしても、惟久様が優しい表情をしていることが、手に取るように分かる。なぜなら私たちはいとこであり、幼なじみでもあったからだ。


 昔から私が照れると、優しい顔で覗き込み、「可愛い」とおっしゃってくれる。だから今回もそういうのだろうと思っていたら……。


「千景のそのような顔を見るのが、今後も私だけならいいのにな」

「惟久様? それはどういう意味ですか?」

「……ここで長話をする気かい?」

「あっ、いえ、そのようなつもりは」


 何かはぐらかされたような気はしたが、惟久様の言う通り、ここで長話をしていたら、芹以外の女房たちに見つかってしまう。私は慌てて、自分の(つぼね)に惟久様を招き入れた。


「……千景は、私がどうしてこの時期に、都に戻ってきたのか、聞かないのかい?」

「私はどのような理由であれ、惟久様が戻って来てくれたことが嬉しいので」


 だから気にしないでいた。もう一人のいとこであり、幼なじみのことを。けれど惟久様の前ではぐらかすことは、失礼に値する。なぜなら惟久様は、そのもう一人の幼なじみの影となり、あちこちを転々としていたからだ。


「……都に流れている噂、のことですよね」

「そうだ。千景は何か知らないかい?」

「いいえ。もしも本当に帝が不在なら、もっと大騒ぎになっているはずです。他はともかく、我が左大臣家ならば」

「そうだね。昔から千景の入内話が出ているんだ。騒がない方がおかしいか」


 寂しそうな惟久様のお声。昔から、私の入内は決まっていた。だから私たちが今宵会うことは、背徳の行為であり、芹が心配したのもそのせいだった。

 それでも惟久様は、今宵来ることを望み、私はそれを受け入れた。


 期待……しても、いいのですよね。


 そう思った時にはもう、私は惟久様を抱きしめていた。帝もまた、私の気持ちを知っている。だから入内する前の、最後の我が儘は許されると思っていた。


 抱きしめ返してくれる惟久様の腕の中、私は今宵、ひと時の幸せを味わった。この時ばかりは、未来のことなど考えない。抱かれる喜びに浸っていたかった。

 けれどその行為が逆に私の入内を早めるとは、この時、誰が想像できただろうか。


 私はそっと瞼を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ