第五話 JackとQueen
クイーンと名乗るその少女は、ゴシックロリータの格好をしていた。手には日傘をもっている。背は女の子らしく低め、年齢はジャックと同じくらいかな。
まつげと髪や肌は雪のように白く、黒いゴシック服と対比になっている。何も喋らなければ、高貴なる家の令嬢だと言われても騙されるだろう。
「アルファ様、ご機嫌麗しゅうございますわ!」
クイーンは、轢かれたカエルのように下敷きになっている俺の上で、貴族流の礼をした。
「それで、新入りの方はどちらにいらっしゃいますの?」
「ああ。今、踏んでるよ」
アルファは、これがいつものことだと言わんばかりの口調で話す。ジャックがやれやれ、といった感じのジト目でクイーンを見ている。
「え?…あ!?あ、あ、あらまぁこれは私ったらアルファ様のご客人になんてことを、大変失礼いたしましたわ」
地面と一体化しかけていた俺の存在に気づいたクイーンは、ふわっとその体をどけた。
「いえ、全然大丈夫ですよ。軽かったですし」
怒りのラインを通り越して虚無になった俺は、仏のような笑みを浮かべ、ホコリを払った。いや、ホコリを失ったと言うべきか。
クイーンは俺の方を向き、スカートの裾を摘みながら、うやうやしく膝をかがめた。
「初めまして、私の名前はクイーンですわ。お名前を教えていただけますか?」
「あ、ああ、俺の名前はエースです。よろしく」
俺は、この世界にしては珍しくまともな挨拶ができたことに驚いた。
ごほん。
すこし様子を見ていたアルファは、仕切り直すように咳払いをした。
「さて、これからジャックとクイーンは、エース君を含めた三人でスリーマンセルを組んでもらう」
「スリーマンセルというのはつまり?」
「ああ、クイーン。君とジャック、エースを含めた三人組のチームを作るってことだ。新入りは、まだこの世界のことをわかっていない。だから、君たちが引っ張って欲しいのだ」
アルファは命令口調で二人に言う。
それから、俺の方を向いてアイコンタクトをとってきた。
(この2人が素晴らしい教官?ろくにリーダー経験とか、教えるつもりとかなさそうだが…)
…
アルファは、俺に対して意味深な視線を送っている。
そうか。なるほど、話が読めてきたぞ。
この二人の仲裁役になれってことか。実力は申し分ないが、二人ともチームを組めなさそうだしな。
そして、同時に俺が彼らから、この世界のルールを教えてもらう。一石二鳥だ。
これも、俺のパーフェクトコミュニケーションを鑑みてのことだろう。
(よし、彼女の期待に添えるよう頑張ろう)
そんな俺をよそに、ジャックは腕を組みながら不機嫌そうにしている。
「僕は嫌だ。こんな雑魚そうな奴となんて。それに、頭のおかしいクイーンとは組めない」
雑魚そうなやつ…はっきり言うね。
けど確かに、俺はお前が投げてた大男を投げれる自信がない。
「失礼ですわね!誰の頭がおかしいですって!」
ジャックの発言に、クイーンが噛みつく。
「お前に決まってるだろ。年中ずっと同じ服着やがって。屋内でも日傘してんの意味不明だしな」
うーむ。これは擁護できないパンチが入った。
アルファがほろ苦い顔をしてジャックを見ている。
「なッ!?なんですって〜〜〜ッ!?」
「まあまあ二人とも、喧嘩はそこまでにしましょうよ」
俺がいがみあう二人の仲裁に入るために、なんの気なくジャックの肩をポン、と触ったとき、それは起こった。
ジャックが、一瞬動きを止めたかと思うと、こめかみに血管を浮かせ始めた。バリバリと、黒い雷鳴のようなものが走る。
俺の額からゆっくり血の気が引いていく。まずい。
ジャックは俺の腕をガシッと掴んだ。
「お前。気安く触れるなよ。殺すぞ」
凄まじい怒気がジャックから放たれる。ぎゅうと握りしめられた俺の手は、青くなりながらピクピク痙攣していく。
ジャックの腕は、俺と比べて同じか少し細いくらいで、そこまで太いわけじゃない。だが。
(ぐあああああっっ!!!なんだこの力…!?)
巨大なペンチに挟まれているかのような怪力が、俺の腕にのしかかる。
泣きそうになりながら悶絶していると、アルファが止めに入った。
「そこまでだジャック!私の命令を無視するのか!」
ジャックは俺の手をパッと離し、面白くなさそうにふてくされた。アルファでも、御しきれてないらしい。
「すまない、エース。この子達は特殊な力を持っているからか、血気盛んでね」
倒れた俺に、アルファが手を差し伸べてくれた。
「す…少し驚きましたが、問題ありませんよ」
おい、血気盛んとかいうレベルじゃねーぞ。
たぶん、さっき腕を掴まれた瞬間、折れてた。
ガーネットの「骨を繋げておいた」という声が聞こえてきたからな。こんなことまでしてくれるのか、赤血の盟主は。今度出てきたら褒めてやらないとな。
(しかし…どうしたらいいこれは)
プライドが高く、協調性のないジャック。
落ち着きがなくて、こだわりの強いクイーン。
才能があるゆえに大人でも手を焼く二人だ。
この子たちをどうやってまとめればいい。
…
(流れに身を任せるしかないか)
今はひとまず、関係が壊れないように努めよう。
ーーー
食堂で昼食を終えた後、俺はアルファと二人で、海が見える展望台に来た。風が心地いい。今は秋なのでちょうどいい日差しだ。
アルファは、柵に腕を乗せている。
そうして、しばらくの間たそがれていた彼女だったが、やがて決心がついたように、一言こぼした。
「あの子たちは、孤児でね」
俺がふかしていると、彼女が口に咥えたタバコを出してきたので、火をつけてやった。
「ジャックは戦災孤児、クイーンは怪異の呪いによって没落した名家の子供だ。故に、親がいない」
アルファは遠くを見つめている。
親がいない、か。
親に恵まれた俺にはわからないことだ。
「私はあの子たちの親になってやりたかった。しかし、私では力不足だった。情けないことだ。私は、自分の周りにいる人間を幸せにしてやれない」
何か慰めを言おうと思ったが、軽い言葉では、彼女の気持ちを逆撫でするだけだろう。
「エース。ジャックやクイーンの衝動を抑えられるのは、寛大な心のある君が適任だとおもっている」
アルファは、俺の方に向き直った。
「これは初任務であり、私からの頼みだ。あの子たちの面倒を見てやってはくれないだろうか」
ここ数日で随分と信用するな。それは素直に嬉しい。
しかしこれは打算もあってのことなのだろう。
もし俺が暴走したとしても、実力のある二人なら時間稼ぎ、あるいは拘束ができる。
監視目的としても、アルファ不在の最小人数で行えるのは大きい。最初、ダークに引き継ぎしようとしてたのはそういう意図だろう。
同時に俺の人間性と有用性を見極められる。仮に俺が仲良くなるのに失敗しようが、それを気に病むような二人ではない。
フン、いいぜ。ちょうど、この組織での発言力が欲しいと思っていたところだ。
私兵団の精鋭たちですら宥められない暴れ馬2人を抑えたとなれば、俺を見る目も変わるはずだ。
それに俺にはガーネットがいる。ジャックに腕を何回ポキられようが、痛みに耐えれば問題ない。
「委細承知しました。俺に任せてください」
俺は真剣な眼差しでアルファの目を見つめた。
「ありがとう」
アルファの瞳は、透き通るような切ない紫だった。
冗長なため一部割愛しました。2025/09/30