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ダブルワールド  作者: 従量電灯A
第一章 エース編
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第三話 パラダイム

一部未成年喫煙の描写が含まれますが、この物語はフィクションです。

鏡に映ったそいつが、俺だと理解するのにしばらく時間を要した。


黒い前髪に、赤のメッシュがいくつか入っている。後ろ髪にはインナーカラーのように赤が走っていた。


もちろん、染めた覚えはない。


(なんだこりゃ)


もともと黒目だった瞳は、カラーコンタクトを入れたように赤くなっていた。彫りの深い見慣れた顔は、シワと二重顎がなくなって若々しさを感じさせる。


高校でモテにモテまくり、人生が楽勝だと思っていたあの頃の甘えたガキのまんまだ。


俺は、挫折を知らないまま社会人になってしまった。

今ならわかる。それが失敗だったんだろう。


(しかしまさか…本当に若返るとはな)


めちゃくちゃ嬉しいはずなのに、実感が湧かない。

どうやら俺は、ガーネットの言った通りになったらしい。恐る恐る顎を撫でて、嘆息を漏らす。


「おお…」


ヒゲがない。剃るのが面倒くさくなって放置していたヒゲがなくなっている。

それだけじゃない。肩が軽い。

俺は肩をぐるぐる回しながら、ぴょんぴょん跳ねた。


なんでもできそうだった、あの頃の全能感。それが今帰ってきた。


(おっと、はは、若い体は素晴らしいな。性欲も戻ってきたのか知らないが、俺のモノがムクムクと…)


「…新しい体はいかがかな?」


「うおわあああああッッ!!!??」


思わず尻餅をついてしまった。ガーネットが、鏡の向こうのベッドに座っていた。

あ、お前どこ見て…おい、頬を赤らめるな。


「お前…いつからそこにいた」


「私は君の中にいる。私は、君が見ている幻覚だよ。現れようと思えば、いつでも」


「そういうのはプライバシーの侵害って言うんだぜ。俺はまだ何も着てないんだぞ」


「そうか。では目を瞑るとしよう」


ガーネットはそういうと、両手で目を隠した。指の隙間からチラリと赤い瞳が見える。こいつは俺のことを舐めているのだろうか。


「おい、お前見てるだろ」


「見てない」


「いや見てるだろ!!!」


「見てないったら見てない。私のことはいいから、さっさと風呂に入れ」


ガーネットは手を払った。言われなくとも入ろうと思っていたところだ。ついこの前までは風呂に入る気力すらなかったが、今は元気が溢れている。


「風呂の中に入ってくるなよ」


「おや、嫌なのかい?」


ガーネットは悪戯っぽい笑みを浮かべる。


(美人と一緒に風呂…正直…嫌じゃないな。嫌じゃないな…)


「嫌に決まってるだろ。やめろよ」


俺は真顔でバスルームのドアを閉めた。


ーーー


腰にタオルを巻いて風呂から上がると、ガーネットはいなくなっていた。いやはや、面倒くさいものにとり憑かれてしまったものだ。


一人暮らしかと思っていたら同棲だった。何を言っているのか自分でもわからない。しかもその同棲相手は幻覚で、俺にしか見えないときた。


(言葉だけだと、頭がどうかしたとしか思えない状況だな)


というか、E-105番チャンバ(このへや)ーは同棲でも家賃補助が出るのだろうか。心配だ。なんちゃって。


そんなくだらないことを考えていると、ドアの方からノックがあった。


「被験体7番、居るか」


アルファの声だった。実験の時のような刺々しさはないが、相変わらず事務的な声だ。


俺はこいつらのことを未だ信用しているわけではない。しかし俺は、ギャンブラー的思考の持ち主だ。


確かに死にそうな目に遭わされたし、実際こいつらは人殺しを敢行していたわけだが、クソみたいな俺の人生にやり直しの機会をくれた。


結果オーライというか、負けたけど楽しめたから良いよね、的な思考になってしまっている。

ここに来る前よりは間違いなくいい状況なのだ。


(話くらいは聞いてやってもいい)


「はい。います」


「出ろ」


俺はアルファに言われ、E-105番チャンバーを出た。どうやらこのアルファとかいう女が、俺に関するプロジェクトの全権を任されているらしい。


白く長い通路を通っていると、兵士や研究者たちに敬礼される。もちろん俺に対してではない。


アルファは、施設の中でもかなり上のランクに位置しているようだ。


黒い手袋を着用し、軍用コートとロングの紫髪をたなびかせて歩くアルファは、すらっとした長身でスタイルが良く、それだけでカリスマ性を感じさせる。


身長は、男の俺と張るぐらいにデカい。例えるなら、エリザベス・デビッキに似ている。


「体調はどうだ」


「えっ、あ、はい。元気っす」


アルファはどう見ても俺より歳下だが、オーラというか、風格がある。おそらく、切り抜けてきた修羅場の数が違うのだろう。


俺はこの女に興味を持った。普通ならハリウッド女優でもやっていそうな女が、なぜ軍隊に所属し、そのトップクラスにまで上り詰めているのか。


彼女がここまでの地位に至る経緯を知りたくなった。


その軽い答え合わせとも言える契機は、すぐに訪れた。


ーーー


俺は、取調室のような所に連行された。簡易的なテーブルとイスのセットが置いてある。


隣には、ガラス張りの空間があるが、中は見えない。これからの尋問内容は聞かれているのだろう。


アルファが座ったので、俺も腰掛けた。


(カツ丼とか出てこねえかな。腹が減って仕方ねえよ)


「改めて、初めましてだな。被験体7番。私はパラダイム環太平洋支部の統括(エグゼクティブ)マネージャー、アルファだ。よろしく」


握手を求められたので手を握った。

温かい。しなやかで、柔らかい手だ。


「貴様もいきなりここに連れてこられて、色々と疑問があるだろうが、質問は私がする。いいな」


有無を言わせず先手を取られたので、俺は頷いた。


「まず一つ目の質問だ。貴様は、赫いローブを着た存在に出会ったか?」


ガーネットのことか。どうやら、赫いローブを着ていることは共通項のようだ。


ガーネットの発言が確かなら、俺の有用性は既に担保されている。変にはりきる必要はない。聞かれたことだけに答えればいい。


「はい。出会いました」


「彼は我々についてなんと言っていた」


「人を見つけてもらう代わりに、力を貸すと言っていました」


「そうか。では次の質問だ」


彼女からの質問攻めが始まる。俺は端的に答える。主に、急激に若返った理由とか、その時のガーネットとの会話、これまでの記憶との齟齬などを聞かれた。



一通りの聴取が終わると、アルファは口元に手を当て逡巡したのち、ニヤリと笑った。思い通りに事が運んだようだ。


「これで聴取は以上だ。では、被験体7番。質問を三つだけ許可する」


来た。逆質問のターンだ。俺と彼女との間に、溝が残らないようにする措置だろうか。


「では、まず一つ目の質問です。ここは何の施設ですか?」


俺は冷静になって質問する。


「ここは、パラダイム環太平洋支部の第4番海上プラットフォームだ。主に我々独自の研究、開発を行うための施設だ」


その返答に満足いかなかった俺は、口を開こうとするがアルファが手で制止した。


「二つ目の質問は分かっている。パラダイムとは何なのか、だろう。貴様が知る必要はない」


質問を許可したり制止したり、忙しないやつだな。俺に自由を与えつつも、あくまで主導権は渡したくないのか。


まあ、大体の予想はつく。どこかの大国が秘密裏に有している軍事力だろうな。俺はその兵士として開発され、これからこき使われるのだろう。


「では、最後三つ目の質問をしたまえ」


おや、いつのまにか質問が三つ目になっている。まともな回答はひとつしかなかったのにな。おかしいな。


そうか。きっと俺は、まだ実験対象としてしか見られていないんだな。

まあいい。なら俺にも考えがある。最後の質問をさせてもらうとしよう。


(これはある種の賭けだが、さあ、吉と出るか凶と出るか)



「アルファさんは、タバコを吸われますか?」


アルファは、少し驚いたような顔をしたが、すぐに普通の仏頂面に戻った。


「嗜む程度だ」


尋問は、それで終わった。



ーーー



せっかく綺麗な肺と脳を手に入れたのだ。吸うつもりはなかった。


しかし世の中には「タバコミュニケーション」という言葉があるように、タバコを嗜んでいる時の人間は、態度が軟化する傾向がある。


俺は不動産のルート営業をしていたころ、代理店の人間とタバコで仲良くなり契約を得ていた。


だからこそ吸わなくても同行する事で、彼女との関係性を構築できるかもしれない。


…と思っていたのだが。


「吸え」


気づけば俺は、発着場の外れにある喫煙所にアルファとたむろし、アルファから火のついたタバコを渡されていた。

あれ?姐さん?ボクハ吸ワナイヨ?


「なんだ。どうした」


俺が受け取るのをためらっていると、アルファがしびれを切らしたように聞いてきた。


「俺、いま、16歳らしくて…」


アルファは、なんだそんなことか、という態度をとる。


「貴様の実年齢は36だろう。それに、赫茵茵(あかしとね)が宿っているのであれば、タバコ程度のダメージはすぐに回復する」


なんだその屁理屈は。すごい早口だ。


「え、いや、でも」


「私の言う事が聞けないのか?」


彼女は俺にグッと詰め寄ってきた。

あ、かぐわしきヤニカスの匂いがする…。

これ絶対に「嗜む程度」じゃないな。


「い、いただきます」



俺は彼女の圧に負け、自己責任で吸うことにした。

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