第2話:『王太子、魔法カフェで初めて笑う』
朝の光がカフェ・ルミエールの窓を優しく照らしていた。
シャルロッテは今日もカウンターの向こうで、手際よく魔法ラテを作る。
「ミナ、今日のお客様は?」
「えっと……あの、昨日の王太子様です!」
ミナの小さな手が少し震える。王太子が、あの小さな街角のカフェに来るなんて、普通では考えられないことだ。
シャルロッテは微笑み、深呼吸した。
「大丈夫。いつも通りに接すればいいのよ」
カフェの扉が静かに開く。王太子は帽子を深くかぶり、でも目は明るくこちらを見つめていた。
「おはようございます」
その声は思ったより柔らかく、初めて耳にする笑いもかすかに含まれていた。
「おはようございます、王太子様。昨日はご来店ありがとうございました」
シャルロッテは丁寧に頭を下げ、メニューを差し出す。
「……君のおすすめを」
その一言には、昨日と同じく静かな信頼が感じられた。シャルロッテは微笑み、特製の魔法ラテを作り始める。
ふわりと甘い香りがカフェに広がる。魔法でほんのり温まったラテは、飲む人の心をそっと軽くする効果がある。王太子は目を閉じ、静かに味わった。
「……美味しい。なんだか、心まで温まる気がする」
彼が微笑むと、シャルロッテの胸も自然と和らぐ。
「ありがとうございます。これは私のオリジナルレシピなんです」
「魔法……も入っているのですか?」
「少しだけ。飲んだ人の疲れを和らげる魔法です」
王太子はしばらく静かにラテを見つめ、そしてぽつりとつぶやいた。
「……君のように、誰かを思いやる魔法は珍しい」
その言葉に、シャルロッテは少し胸が熱くなった。王宮では、人の心を思いやる余裕すら奪われていた。ここでなら、こんなふうに、ただ誰かを癒やすことができる——それが今の彼女の幸せだった。
ふと、外の街角で物音がした。
「……あれ?」
シャルロッテが窓の外を覗くと、小さな子供が泣いて立っていた。どうやら迷子らしい。
「ミナ、ちょっとお願い。外に出て様子を見てきて」
ミナはすぐに駆け出し、子供を落ち着かせる。シャルロッテもカウンターから出て、王太子と一緒に外へ。
「大丈夫ですか?」
子供は驚いた様子でうなずく。王太子は優しく手を差し伸べ、落ち着かせた。
その姿を見て、シャルロッテは心の中で小さく笑った——
「この人、本当にただの王族じゃない。優しさが自然ににじみ出てる」
子供を親元へ送り届けると、王太子はシャルロッテに向き直る。
「君のカフェ……ただの店じゃない。人の心を守る場所だ」
シャルロッテは少し恥ずかしそうに笑う。
「そう……であれば、嬉しいです」
その夜。カフェの窓から見える月は、ゆっくりと街を照らしていた。
シャルロッテは一日の疲れを感じながらも、胸に小さな希望を抱く。
——明日も、きっと静かで幸せな日になる。
——だけど、どこかで過去の陰謀が、まだ眠ったまま待っていることも、彼女は薄々感じていた。