第1話:『追放令嬢、静かな街角にカフェを開く』
街外れの小道。朝の光に照らされた小さな扉に、手描きの看板が揺れている。
「魔法カフェ・ルミエール」——。
シャルロッテ・フォン・アルトハイムは、その扉の向こうで今日もコーヒーを淹れていた。王宮での陰謀、失脚、そして追放——すべては過去のもの。今、彼女にはこの小さなカフェと、自分を理解してくれる仲間たちがいた。
「おはようございます、マスター!」
笑顔で声をかけるのは、店の看板娘、妖精族のミナ。小さな翼を震わせながら、注文を手際よくこなしていく。
シャルロッテは微笑んで応え、今日も新しい魔法レシピを試す。
「このカフェの特製ラテは、飲んだ人の心を少しだけ軽くする魔法入り……さて、どう出るかしら」
外の通りからは、まだ人影はまばらだ。静かな時間、誰にも邪魔されず、自分だけの空間を楽しむ。
そんな日常に、ふとした異変が起こる。
扉のベルが、いつもより少し重く鳴った。
振り向くと——初めて見る青年が立っていた。長身、整った顔立ち。王族の雰囲気を纏ったその人物は、静かに微笑む。
「……ここは、魔法カフェですか?」
シャルロッテは少し驚いたが、笑顔で応じる。
「はい。ご自由にどうぞ。……あの、何になさいますか?」
彼は静かにメニューを見つめ、やがて小さくうなずいた。
「君のおすすめで――お願いします」
その瞬間、シャルロッテの胸に、かすかな予感が走る——
この静かな日常が、ただの穏やかな時間では終わらないことを。
そして、遠い隣国からやってきた王太子の存在が、彼女の人生を少しずつ変えていくことを——。