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午後6時12分の賽銭

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふむふむ、明日の日の出の時間は午前4時半で、陽の入りは19時と……ざっと14時間半はお日様の下にいられるってことだ。

 すごいよねえ、昼間のほうが夜間とされる時間よりも長いっていうのはさ。科学的な理屈うんぬんを置いといて、なんだか神様が優先権を持っているみたいだよ。

 夏の神様と冬の神様がいてさ。一年のこの時期はワシのターン! みたいな感じで。その下々の昼間の神様たちが優位に力を振るえる時間帯、みたいな。

 冬の場合はその逆で冬の神様のターン。下々の夜間の神様たちが優位に力を振るえる時期であって、我々世界にいる存在はそれに振り回されるよりない。

 いや、振り回されるばかりじゃないな。暑さ、寒さそのものや、これらに適したものを用意し、しのぎきるすべを手にしてきた。

 この時間の利用、ひょっとしたら人間以外にも生かしている存在は多いかもね。

 僕が少し前に聞いた話なんだけど、耳へ入れてみないかい?


 友達が話していたのだけど、友達の地元には夏場に「午後6時12分の賽銭」というものがあるらしい。

 いわく午後6時12分というのは、はるか昔に地元を荒らしたとされる悪い神様が封印された時間を、今の時刻のあらわしかたに当てはめたものらしい。

 この神様は封印されてより、長い長い時間を眠っているものの、ふとした拍子に目を覚ましてしまうこともあるのだそうだ。人間だって、はっとしたときにいきなり目が覚めちゃうことあるだろ? あれと同じような感じ。

 で、目覚めかけの悪い神様は、寝ぼけまなこで災害を起こす。大きなものから小さいものまで、神様の気分次第だ。完全に目覚めてしまうと、それこそ地域壊滅級の災害が起こるらしいけれど、友達がああして生き続けているということは、これまでそのレベルに至ったことはないってわけだろう。喜ばしいことだ。


 そのようなとき、午後6時12分の賽銭が重要になってくるらしいのさ。

 友達が話してくれた例は次のようなものだ。

 友達はクラスメートと登下校するおり、いつも学校近くにある「百段坂」を上り下りしている。

 ここを避けての遠回りは、相当に時間がかかるのもあるが、この百段坂はかの悪い神様の目覚めをはかる指標のひとつになりえるという。

 友達はここをクラスメートと「グリコ」をしながら、上り下りする。まあ、登校時間の決まっている行きに行うことはなく、帰り際にやることがほとんどらしいけどね。

 知っての通り、じゃんけんにおけるグー・チョキ・パーのいずれで勝ったかにより、規定の段数を降りていき、最初に降りきった者が勝者となる遊びだ。しかし、この百段坂においてはおまけの重要さに過ぎない。

 その日はみんながバランスよく勝ち、勝負は拮抗していたそうだ。そのときに友達がグーを出して勝ち、「グ・リ・コ」と三段降りたところだったのだが。

 音がしない。とん、とん、とんと普段は石段の奏でるべき音が耳に入ってこなかったんだ。

 友達も他のクラスメートたちも同じだ。試しに普通に段を上り下りしても音は響くが、グリコにもとづいて行ったときには、必ず無音が保たれる。


 例の悪い神様の目覚める予兆。

 そう知った友達を含めた皆は、家へ電話をして帰りが遅くなることを伝える。

 一度、家に帰ってしまった身ではいけない。この神様を止める資格を失ってしまうから、とのことだった。

 一同は連絡が済むと、手近な神社へと向かう。

 特定の神社である必要はないが、いったんたどり着いたら、午後6時12分を迎えるまでその境内にとどまり、外へ出ることを許されない。くわえて、飲食の類をすることもできない。


 ――ギリギリまで待ってから、境内に入ればいいのではないか?


 僕もそう思ったけれど、判明次第、支度を済ませて速やかに神社へ向かうべきとされているようだ。

 家に帰ってしまったときほどではないが、境内に滞在できた時間もまた、神様への影響力に関わるらしい。気づいた段階で、極力急ぐようにとのことだ。


 境内にとどまって、2時間あまり。

 まだ陽は落ちきっておらず、一同の影が地面に伸びている。

 時刻は午後6時10分。一同は自分の持ち歩いている小銭入れから10円を取り出した。

 この際、普通のお賽銭と異なるのが、複数人で同時にお賽銭をすること。賽銭箱を取り囲むように立つことらしい。

 これはそれぞれの影を、賽銭箱の口へしっかりと被せるのが目的だ。

 きざしを受け取った者たちが、境内という聖なる域にて集め育てた「影」。それを硬貨と一緒に捧げるのだとか。


 午後6時12分。

 友達一同は足の裏で、かすかに地面が揺れるのを感じていた。揺れは細かいが長く続き、途切れる様子はない。

 経験のあるものなら、うすうす分かる。これから大きい揺れが来るやもしれない予兆だ。

 皆は一斉に小銭を投げ、賽銭箱の中へ。めいめいが奏でる音が止むと、鳴らすことなく静かに手を合わせて、頭を垂れた。

 1分ほどそうしていると、ずっと続いていた足元の揺れが止む。そして拝殿の奥から、シャンシャンシャンと、鈴の音が三度聞こえてきたそうだ。

 神様の眠りが再び成立した合図で、これをもって解散となるのだとか。

 これらの現象は夏場にしか起こらない。また兆しも音の消失ばかりとは限らず、地域ごとに気を付けることがあるらしいな。

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