第9話 〈絶対守護者〉ラスタ
「ラスタ。こちらは取引先のパン屋の人たちだ」
「ん。私、ラスタ。よろしく」
「はい。よろしくお願いします!」
「よ、よろしく……」
俺はラスタと握手を交わす。当時はまだあどけなさが残っていたが、今は立派な大人に成長していたラスタ。彼女は防御系スキルに特化した能力を持っていて、いつもダンジョンでは率先して魔物のヘイトを引き受けてくれていた。その背中は誰よりも大きく見えたものだった。
どうして農家で今は働いているのだろうか。ただ、その格好はめちゃくちゃ似合っていてちょっとした風格すら感じる。
「あの。これ、差し入れのパンです。どうぞ」
「おぉ! いつもありがとうねぇ」
「ありがと」
オルドさんとラスタはパンを受け取り、そのまま口へと運ぶ。
「美味い! 流石の美味さだ!」
「美味しい……うん。美味しい」
もぐもぐとラスタはパンを一気に食べていく。その姿はまるで齧歯類のようにも見えた。
「ラスタさんも新人さんなんですか?」
リセルがそう訊くと、それにはオルドさんが返答した。
「実は最近、森で困っているところを助けてもらってね。その縁で今はうちで働いてもらっているんだ」
「そう。お金困ってて、食べ物にも困ってたから、とても助かる」
「ラスタは冒険者をしているらしく、とても頼りになるんですよ!」
「へぇ。ハルさんと似てますね」
「……似てる?」
ラスタが首を傾げる。う……その純粋な瞳を向けられ、少しだけたじろいでしまう。いつだってラスタは直感に優れていたからな。
「はい。ハルさんも元冒険者なんですよ」
「えっと。そうですね」
「へぇ。奇遇だね」
「え、えぇ」
「うん」
「……」
会話が特にそれ以上続くこともなく……。ラスタはいつも淡々としていて、その表情から心情を読むことはできない。一体、何を考えているのだろうか。
「お。そういえば、ちょっとリセルちゃんに聞きたいことがあって。小麦の輸送に関してなんだが」
「はい。分かりました。えっと……ハルさんは」
「自分はそうですね。もしよければ、作業のお手伝いをできればかなと」
「おぉ! それならちょうど土起こしをしようかなと思っていたんだ。ラスタ。ハルに教えることはできるか?」
「もちろん。私、できるよ。ふふん」
ラスタは自慢げに大きな胸を張る。
ということで、俺はラスタと二人で一緒に作業をすることになった。俺が手伝いをしたいと申し出たのは、純粋にこの農園に興味が出たからだ。とても広大な農園が広がっていて、ここでパンの原料が作られていると考えると少し感慨深いものがある。
「はい。これ」
「鍬……ですか」
「うん。これで掘って整える。土壌は基礎だからとても大事。って、オルドが言ってた」
「なるほど」
俺たちは耕す場所にやってくると、早速ラスタが説明をしてくれる。
「ただ掘ればいいから。それだけ」
「分かりました」
かつて〈絶対守護者〉と呼ばれた彼女だが、今はただ土を耕している。ラスタは無駄なく鍬を差し入れ、ゆっくりと返す。その動作は驚くほど丁寧で、正確だった。
一度も同じ場所を掘り返すことはなく、まるで大地の構造を感知しているかのような正確さ。鍬の刃が土に入るたび、湿った黒い大地が柔らかくほぐれていく。
この辺りはタンクとして活躍していた、彼女のスキル回しの正確さが反映されているのだろうか。ただただ、ラスタは正確に土を耕していく。俺も同じように淡々と作業を進めていく。パン屋では店内での仕事なので、こうして外で仕事をするのも悪いものではなかった。
「ハル」
「はい。なんでしょうか?」
「センスあるね。いいと思うよ」
「ありがとうございます」
「私の昔の大切な仲間も、あなたみたいに真面目な人だった」
えっと……それはもしかして、〈勇者ハルト〉の話なのだろうか。俺は気になって、少しだけその話を掘り下げてみることに。
「昔の仲間ですか?」
「うん。私たちを守るためにダンジョンに残って、帰ってこない。みんなは死んだと思ってお墓参りとか言ってるけど、私はまだ信じてる。いつか帰ってくるって。だってハルトはいつだって約束を守るから」
「そう……ですか」
「ハルトはもっと世界の広さを知った方がいいと言っていた。だから今は冒険者をしつつ、いろんな仕事をしてる。意外と楽しい」
「それは良いことですね」
「うん」
それは過去、俺がラスタに伝えた言葉だった。今、自分の素性を明かせばきっとラスタは喜んでくれるかもしれない。だが……自分が大罪人となっている事実に変わりはない。踏み出す勇気もなく、俺はそのまま作業を続けていった。俺はパン屋のハル。それでいいじゃないかと、自分に言い聞かせた。
「はい。水」
「ありがとうございます」
二人で淡々と作業をしていき、しっかりと土を耕すことができた。集中していたこともあって、時間の経過はあっという間だった。俺はラスタからボトルを受け取って、水を一気に流してこんでいく。
「ハルは真面目でいいね」
「そうでしょうか?」
「うん。元冒険者なのもあって、体力もあるみたいだし」
「はは。そうですね。体力だけは自信があります」
「普通はこれだけ作業するととても疲れるけど、私と同じくらい元気そう」
「でもラスタさんも体力ありますよね」
「ふふ。私は当然」
ラスタは自慢げに胸を張る。そうだな。知ってるさ。昔からラスタは誰よりも体力があったからな。
「くんくん」
急にラスタが俺の体に顔を近づけてきて、鼻を鳴らす。
「な、なんですか……?」
「なんだか、懐かしい匂いがする」
「は、はは……そうですか」
「うん」
じっとラスタが俺のことを凝視してくる。それは明らかに、何かを疑っているような……。
「ハルさーん! ラスタさーん!」
そう話をしていると、リセルがやって来た。助かったと俺は内心ほっとする。
それから俺たちは帰ることになり、最後にラスタとオルドさんと挨拶を交わす。
「ハル。今日はありがとうな。これはちょっとした礼だ」
オルドさんから紙袋渡されて受け取るが、かなりずっしりとした重さがあった。中を見ると、そこには色鮮やかなリンゴがたくさん入っていた。
「いいんですか? こんなにも」
「あぁ。結構手伝ってくれたしな!」
「うん。ハルはよくやってくれた」
「ありがとうございます」
「オルドさんの果物もとても美味しいですから! 良かったですね、ハルさん!」
「あぁ」
俺とリセルが背を向けた時、ラスタが声をかけてくる。
「ハル。またね」
「えっと、はい。また」
ラスタは小さく手を振って別れの言葉を告げる。心なしか、彼女は微かに笑っているような気がした。
「はぁ……」
自宅に戻ってきて、ベッドで横になる。天井をぼーっと見つめて、俺はこれまでの出来事を振り返る。
全員と再会したのは驚いたが、みんな元気そうで良かった。それは純粋に嬉しかった。それに彼女たちが俺を裏切っている様子は感じられない。でも、じゃあどうして俺は大罪人扱いされているんだ? もしかして仲間達ではなく、王国の方に何かあるというのか? もう過去は切り捨てたと思っていたのに、思考が巡る。
改めて、真実は何なのか──と考えてしまう。でも、かつての仲間たちは元気にしているし、俺も新しい人生を進んでいる。真実なんて知る必要はないだろう。
しかし、彼女たちとの再会によって、俺はその真実に近づいていくことになる。そんなことも知らず、眠りに落ちていくのだった。