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第6話 〈聖女〉エステル


「えっと……その。入信ではなく、パンを届けに来たのですが」

「あ。もしかして、パン屋の新人さんですか? 噂だけは耳にしています」

「そうですね。では、こちらをどうぞ」

「ありがとうございます」


 柔和な笑みを浮かべるエステル。物腰柔らかで、当時もとても清楚な美女だったがさらに磨きがかかっている。世の男性が放って置かないだろうと思うほどには、エステルは美しい女性に成長していた。


 聖女エステル。彼女とは常時パーティを組んでいたわけではない。大きなダンジョンに向かう際、ヒーラー要員として俺たちのパーティに加入してくれていたのだ。正直なところ、エステル無しでは高難度のダンジョンに潜ることはできない。それほどまでに、彼女の回復魔法は優れていた。


「すみません。自己紹介が遅れました。私はエステルと申します」

「ハルです。では、自分はこれで失礼します」

「ハルさん……ですか」


 何かを噛み締めるように、エステルはその名前を呟く。そしてじっと俺の顔を見つめてくる。う……あまり長居は良くない。早く行こう。


 そう言って教会を後にしようとするが、エステルに声をかけられる。


「ハルさん。今、お悩みなどはありませんか?」

「悩み、ですか」

「えぇ。せっかくここまで足を運んでくれたのですから、もしよければ告解室でお話しだけでもと思いまして。お仕事のお話などもお聞きいたしますよ?」


 どうするか……ただ、実際に仕事に関して少し悩みはあった。これも良い機会かと思うことにした。


「……そうですね。ではお言葉に甘えて」


 俺は告解室で悩みを相談することにした。今の俺はパン屋のハルだし、パン屋での日常について話をしてみようと思う。


「こちらです。どうぞ」

「はい」


 告解室へと俺は案内される。教会の奥、祭壇脇の小さな扉の先に──それはあった。祈りと贖いの狭間に存在する、誰にも触れられない静謐な空間。扉は厚い木材。取っ手に手をかけると、わずかに軋む音。内へと入ると、外よりも少し冷たいと俺は思った。


 部屋はふたつに分かれている。一方は告解者の席、もう一方は聴き手の席。間には薄い木の壁と格子細工の窓がはめ込まれており、互いの姿はぼんやりとしか見えない。灯りは、小さなオイルランプひとつ。ゆれる光が木の壁に揺らめき、影が呼吸するように波打っている。


「ここでのお話は絶対に口外いたしません。それは神に誓います」

「分かりました」


 俺はそして今の仕事で悩んでいることを伝える。


「実はパン屋にいるリセルという女性に関してなのですが」

「……」


 そう言うとなぜかエステルからの反応が返ってこない。ん? 何かまずい事でも言ってしまったか……?


「え、えっと? エステルさん?」

「すみません。続きをどうぞ──」


 気のせいだろうか。リセルの名前を出した瞬間、何か異様な圧力を感じたような気もしたが……。


「仕事上、一緒にいることが多いのですが、まだ自分の接し方がぎこちないというか。女性と接する上で何か大切なことはありますか?」


 過去、パーティを組んでいた際のメンバーは全員女性だったが、それはダンジョンを攻略するという共通の目的があった。会話もダンジョン攻略に関するものが多かったし、スムーズに話をすることができた。


 ただ、パン屋は違う。客がいない時間は二人きりなのだが、会話がうまく続かないというか。別に静寂を埋めるように会話をする必要もないと思うが、女性視点のアドバイスを俺は訊きたかった。


「そうですね。しっかりと距離感と時間は取ったほうがいいでしょうね」

「なるほど」

「はい。あまり急に詰めてこられると困ってしまいますから。もっと《《丁寧》》に《《時間をかけて》》親交を深めていけば良いと思いますよ?」

「おぉ! とても参考になります」

「えぇ。それと勘違いしてはいけないのは、女性の優しさとは誰にでも同じようなものです。自分に気があるかもしれない、という勘違いはしてはいけませんよ? パン屋という同じ職場にいるのですから、そのような揉め事は困るでしょう」

「なるほど……! とても参考になりました! ありがとうございます!」

「いえ。これも全て、神のお導きでしょう」


 告解室での相談はそれで終わった。やっぱ相談して良かったなと俺は思った。流石はエステルだ。伊達に聖女をしていないということか。かつての仲間に新しい職場の相談をするのは不思議な気分だったが、ここは勇気を出して良かった。




 翌日。一番最初にやって来た客は──エステルだった。


「おはようございます。ハルさん、リセルさん」

「お、おはようございます」

「あ。エステルさん。おはようございます!」


 リセルとエステルは顔馴染みのようで、二人は挨拶を交わす。ただ……何か意図があるわけではないだろうが、エステルは必要以上にニコニコと笑っていた気がした。


 そして、リセルが彼女に話しかける。


「珍しいですね。わざわざご来店するなんて」

「今日は少し時間がありましたので」

「でも、確か昨日ハルさんが配達をしましたよね?」

「え、えっと……その。まぁ、自分用ですね! 基本的に配達していただいたパンは子どもたちに優先しているので」

「なるほど。そうなのですね」


 そういうことか。なるほど。エステルも色々とあるんだなと俺は思った。


「オススメはありますか?」

「えっと今日は──」


 リセルは手早く今日のオススメのパンを選び、会計をしていく。俺も割と慣れてきたが、流石にリセルの方が手際がいい。彼女はすぐに会計処理を終えると、パンの入った袋をエステルに渡す。


「ありがとうございましたー!」

「ありがとうございました」


 二人で頭を下げて、エステルのことを見送る。


「あの。配達の件ですが、基本的にはハルさんが担当しているんですか?」


 その質問にはリセルが答える。


「うーん。そこはちょっと悩みどころで。ハルさんはまだ覚える仕事がありますし」

「仕事は適材適所だと思います。見たところ、ハルさんはとても体力があるように見えます」


 エステルが俺に視線を向けてくる。まぁ、そうだな。体力はおそらくこの世界の誰よりも自信があるな。伊達にあのダンジョンで五年も生存はしていない。


「そうですね。自分で良ければ、配達は担当しますよ。体力は確かに自信がありますから」

「うーん。ハルさんがそう言うなら、いいのかなぁ?」

「それに新人さんなら町の人との交流も大切だと思いますよ? えぇ」

「確かに。それもそうですね。では、ハルさん。今後はお願いできますか?」

「はい。分かりました」


 その時。俺はエステルがなぜか小さくグッと拳を握ったのを見逃さなかった。よく分からないが、何か良いことでもあったのだろうか。


 ということで、今後の配達は俺が担当することになるのだった。




「はっ……はっ……はっ……!」


 早朝。俺の朝のルーティーンはランニングから始まる。不思議なもので、体を鍛える習慣を怠ることはない。パン屋とはいえ基本的には立ち仕事。体力をさらに増やすつもりないが、最低限はキープしておきたい。そう思って、俺はローテンの近隣になる森の中でランニングをしていた。


 その時。俺は森の中で木剣を振っている一人の男性を目撃する。


「あ。おはようございます」


 爽やかな声で挨拶をされ、俺はその場で立ち止まる。


 金色の髪は短めに切り揃えられていて、瞳は宝石のような碧色している。見た目は俺よりも若い。十代中盤くらいだろうか。


 俺は彼に対して挨拶を返す。


「おはようございます。鍛錬ですか?」

「はい。この森はとても気持ちがいいので」


 彼はニカッと爽やかな笑みを浮かべる。う……あまりにもイケメン過ぎて、眩しい……。


「僕はレオと言います」

「ハルです」


 俺たちは握手を交わす。その手はしっかりと鍛錬を積んでいる人間のものだった。もしかして、冒険者をしているのかもしれない。


「レオさんは──」

「あ。タメ口でいいですよ。僕の方が年下でしょうし」

「分かった。レオは冒険者をしているのか?」

「まぁ、そんなところですね。ハルさんは?」

「俺はパン屋だな」

「パン屋ですか。意外ですね」


 うん。まぁ、俺のこのゴツい見た目からはパン屋とは思えないよな。自分でも悲しくなるが、今の俺は明らかに他人に怖がられる容姿をしているからな……。


「あの。もし良ければ、手合わせお願いできますか? ハルさん。見たところ、剣も振れますよね? 実はもう一本木剣があるので」

「できるが……まぁ、そうだな。せっかくならやってみるか」


 ということで俺は冒険者をしているらしい、レオと剣を交ることに。ただ……これは俺の直感だが、レオは若いが只者ではない。


 そんな気がした──。


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