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第4話 再会



 俺がこの〈バランジェ・ローテン〉で働き始めて、一週間が経過。一日の流れは把握して、だいぶ慣れてきた。ここ数日は大将からも叱責されることは少なくなっている。


 パン作りにも慣れてきて、大将のものには劣るがある程度は自分でも形にできるようになってきた。


「ハルさん。やっぱり凄いですね! お父さんがここまで怒らないなんて、珍しいですよ!」


 朝の準備が終わって、リセルがそう声をかけてくる。


「そうなのか?」

「はい! 初めてのことです。それに私の目から見ても、ハルさんはとても手際がいいです。今までは人手不足で大変だったんですが、ハルさんなら近いうちに店頭にパンを並べる日が来るかもしれません」

「おい……あんまり甘やかすな。ハルは手際はいいが、まだまだ無駄がある。うちの店でパンを出すには、早い。あと半年は必要だ」

「じゃあ、半年経てばいいの?」

「……まぁ、考えてもいい。もちろん、最終的には俺の判断になるがな」


 大将は厳しい人だが、それは誰よりも情熱がある証拠。リセルはいつも優しく丁寧に仕事を教えてくれる。


 それに常連の人たちとも最近は仲良くなって気がする。


「いらっしゃいませ!」


 俺は元気よく声を出して、来店した人に挨拶をする。老齢の女性であり、彼女は高頻度で来店する。


「ハルさん。今日はこれをお願いね」

「はい! えっと──」


 俺はトレイに乗せられたパンを数え、会計をして袋にそのパンを丁寧に詰めていく。計算は昔から得意だったし、梱包作業なども嫌いではない。俺は手早く会計周りの処理を終えて、彼女にパンを手渡す。


「はい。こちらになります」

「ありがとねぇ。ハルさんは仕事が早くていいねぇ。新人さんとは思えないよ」

「ありがとうございます。ただ、まだまだ新米なので、もっと精進します」

「うんうん。向上心があるのはいいことだねぇ。じゃあ、また来るよ」

「はい。ご来店ありがとうございました!」


 俺は店舗の外まで行き、頭を下げて見送りをした。店内に戻ると、そこではニコニコと笑っているリセルがいた。


「ハルさん。接客も良くなってきましたね」

「あぁ。流石に一週間も経てば、慣れてきたな」

「実はその……初めて見た時。ハルさんはちょっと圧があるなぁ、って思ってたんです」

「いや、無理もないだろう」


 リセルは言葉を濁してくれたが、きっと怖がっていたに違いない。


 俺の容姿はこの五年で変貌した。顔に傷は残っているし、体もかなり大きくなった。目つきは鋭いし、髪は長髪で真っ白。俺からしても、威圧感のある容姿をしているとは思う。


「でも、ハルさんはとても真面目で優しい人です。改めて、うちに来てくれてありがとうございます」

「こちらこそ、雇ってくれて感謝している。正直なところ、行くあてもなかったからな」

「そうなんですか?」

「まぁ、色々とあってな」

「そうですか」


 それ以上、リセルは追及して来ることはなかった。


 でも俺は──自分が大罪者の〈勇者ハルト〉ということを隠してここにいる。俺は罪を犯していないし、それは全くの冤罪えんざいだ。でも大将とリセルが俺のことを〈勇者ハルト〉だと知ったら、どうなってしまうのだろう。また俺は、一人になってしまうのだろうか。


 そんな微かな不安を抱きながら、俺は今日も仕事をこなしていく。



「ハルさん。少しお時間ありますか?」

「ん? あぁ。あとは帰るだけだからな」

「ちょっと一緒に外でお食事しませんか?」

「大将はいいのか?」

「お父さんは今日は、新しいパン作りに集中しているので大丈夫ですよ」

「なるほど」


 そうか。流石は大将だな。パン作りに余念がないというか、凄まじい熱意だな。


「ハルさんにはせっかくなので、少しでも町のことを知ってもらえたらと思いまして」

「それはありがたいな。ぜひ、頼む」

「はい! では早速いきましょうか!」


 俺はリセルに案内されて歩みを進めていく。


 ローテンの中央通りを少し外れた、石畳の坂道の途中。その建物はひっそりとした佇まいで、まるで通りがかる者にしか見つけられないかのようだった。木製の引き戸には手書きの文字で〈ミルダ亭〉と書かれた板が打ち付けられている。


「ミルダさーん! こんばんはー!」

「おぉ、リセルじゃないか! いらっしゃい」


 扉を開けると、鼻腔をくすぐるのは料理の匂い。香草と肉の出汁、焦がしバターとスパイスが湯気に乗って迎えてくる。


 中は小ぢんまりとしており、木のテーブルが四つ。壁沿いのカウンター席が五つ。壁には手描きのメニュー札が並び、〈根菜と鹿肉の煮込み〉〈野菜のスープ〉〈黒パンのチーズ焼き〉など、どれも食欲をそそる文字が並んでいる。


「おや? そっちは? あ! もしかしてリセルの恋人かい?」

「そっ、そんなんじゃないから!」


 その後、リセルはわざとらしく咳払いをする。


「こ、こほん。こちらはハルさん。うちの新人さんです」

「ハルです。初めまして」


 俺は恰幅のいい女性である、ミルダさんと握手を交わす。


「初めまして! ハルだね。それにしても、ガタイがいいねぇ。もしかして、前は冒険者だったりとか?」

「はい。そうですね」

「なるほど。まぁ、冒険者も色々とあるからねぇ。うちの店にもよく来るけど、突然来なくなったりもしてね……まぁ、私はハルの選択を尊重するよ」

「ありがとうございます」


 冒険者がリタイアして別の仕事を始めるのは珍しい話ではない。きっとそのことを彼女も知っているんだろう。


 俺はリセルと二人で並んでカウンター席に着く。前菜から口をつけるが、それはあまりにも美味しすぎた。


「美味い……! めちゃくちゃ美味いな!」

「ふふ。ミルダさんのお料理はとても美味しいですから。パンとかはうちのものを使ってくれてるんですよ」

「なるほどなぁ」


 ここローテンはそれほど大きな町ではない。だからこそ、交流が密になるということか。


「いい食べっぷりだねぇ! さ、これはサービスだよ!」


 ドン! と目の前に置かれるのは四角状に切り揃えられた肉。スパイスがしっかりとかかっていて、食欲をそそる香りがしっかりとする。


「ありがとうございます! これも美味そうだ……!」


 早速口にしてみるが、マージで美味い。うますぎる……! あの地獄では火で炙っただけのエグい苦味しかない魔物の肉ばかり食べていたので、本当に天国にすら思える。


「美味いなぁ……本当に」


 しみじみと呟く。今日はリセルに連れてきてもらって本当によかった。


 食事を終えた後の帰り道、俺は彼女に改めて感謝を述べる。


「今日はありがとう。誘ってくれて」

「いえいえ! お店同士のお付き合いもあるので、仕事の一環ということで」


 帰路の途中、リセルはある話題を出してくる。


「あ。そういえば最近、新作のパンを作ってまして。私のオリジナルなんです」

「おぉ。リセルの新作か」

「はい。まだお父さんの許可はもらえたことはありませんが、次こそは自信があるんです! 今回は《《足》》をいっぱい増やしたので!」


 ん? なんでパン作りに足を増やす必要があるんだ……? と思ったが、まぁきっとリセルなりに試行錯誤しているんだろう。それに彼女の仕事はとても丁寧だ。きっと、素晴らしいパンが出てくるに違いない。


「それは楽しみだな」

「近いうちに試食会があるので、ぜひハルさんもご意見ください!」

「あぁ」


 その試食会とやらで俺はとんでもないものを目撃することになるのだが、それはまだ先の話である。

 



 俺は仕事に慣れてきて、出勤するのが楽しみになってきた。冒険者や勇者という肩書きに対して、もう未練など全くない。過去のことは思い出さないようになってきたし、俺はここから新しい第二の人生を歩んでいく。そう──思っていた。


「いらっしゃいませ!」


 俺はいつものように大きな声を出して、来客を迎える。ただ……その女性はどこか見覚えがあるような気がした。


 長く伸ばした髪は、銀色。結わずにそのまま背に流しており、動くたびに陽光を弾くように輝く。瞳は淡い青で、どこか儚い雰囲気を纏っている美しい可憐な女性。


 そう。かつて、五年前に一緒にパーティを組んでいた彼女が成長すれば、こんな姿になっていたと思うほどには酷似していた。



「おはようございます。あ、もしかして新人さんですか?」



 凛とした、それでいてどこか透き通るような美しい声が耳に届く。その声はあまりにも聞き覚えがあった。間違いない。彼女はかつてのパーティメンバーの一人。



〈閃光のつるぎ〉と呼ばれた──フェリナだ。

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