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第16話 感謝


 自宅に戻って来た俺は、取ってきた魔晶石と星鋼板を床に広げていた。


 作業に取り掛かろうとするとドアのベルが鳴った。玄関のドアを開けると、そこにいたのはリセルだった。


「ハルさん。こんにちは」

「リセル。何かあったのか?」

「差し入れを持って来ました」


 リセルは小さな袋を持っていた。匂いからするに出来たてのパンだろう。


「貰っていいのか?」

「はい! ハルさんがせっかく頑張ってくれてますし、私もできることはないかと思いまして」

「ありがとう」

「ふふ。私が作ったパンですけど、どうですか?」


 受け取った袋の中を見る。そこには──まさに魔界が広がっていた。凶々しい紫色に異様な見た目をしたパンたちがそこにいた。


「う……」

「う?」

「う、美味そうだなぁ!」

「そう言っていただけて、嬉しいです! また、味の感想とか訊かせてくださいね?」

「あぁ……」


 うーん。でも、この見た目だけど匂いは美味そうなんだよなぁ。きっと味も悪くはないだろうに、なぜリセルは、魔物に酷似したパンを作るんだ? いつか訊いてみることにするか。


 俺はリセルにもらった袋をテーブルに置いて、作業に取り掛かる。


「あの。作業、見ていてもいいですか?」

「あぁ。構わないが」

「ありがとうございます!」


 まずは外殻ボディの成形からしていこうか。


「第一基点:光素収束。第二基点:波長固定。第三基点:出力制御。位相:安定・精密照射」

「〈収束光線フォトンレーザー〉──発動アクティベート



 俺は〈収束光線フォトンレーザー〉を発動。チチチと音が鳴って、火花が散っていく。ゆっくりと星鋼板が溶けていき、俺はそれを筒状に加工していく。


「うん。こんなものだな」


 筒状に星鋼板を成形完了。


「え……? ハルさん。いま何をしたんですか?」

外殻ボディの加工だ」

外殻ボディ?」

「魔道具は基本的にコア外殻ボディに分類される。魔法を発動するのはコアの役目だが、それを制御するのが外殻ボディって感じだ。外殻ボディがないと中の魔法が暴走することもあるからな」

「それはちょっと怖いですね」

「あぁ。だから、外殻ボディはかなり大事だ」

「あの。指先から光ってる棒みたいのが出てましたけど、あれって──」

「光属性の魔法だ。指先に収束させて、発散しないように調整した魔法だ。かなり繊細なコントロールが必要になる魔法だから、気をつけないといけないけどな」

「へぇ。そうなんですねぇ」


 俺は次にコアの加工に入る。結界魔法を書き込むだけではなく、そこに結界魔法の対象指定まで上書きしていく。


 飲食店は魔物だけではなく、虫なども入ったら困るからな。その辺りは除外するようにして……っと。


「うん。こんなもんだな」


 コアの加工はすぐに終了。それを外殻ボディの中に入れ、それらをさらに魔法で一つに統合させていく。


 うん。こんなもんだな。


「よし。できた」

「え……魔道具って、こんな早くできるんですか? まだ一時間も経っていませんけど」

「何度か作ったことはあるからな。こんなもんさ」

「へぇ。でも、最近は魔道具の素材を集めるのが大変だと聞きましたよ。ハルさん、よく集めて来ましたね」

「う……はは。ちょっとしたツテがあってな! ははは!」


 とりあえず笑って誤魔化すことにした。リセルもそれ以上、そのことに関して追及してくることはなかった。


 素材は思ったよりも余ったな。もし追加で必要になった時のために取っておくか。


「よし。じゃあ、ミルダさんのところに行くか」

「ですね!」


 俺は立ち上がり、出来たばかりの魔道具をミルダさんのところに持っていくことにした。



「ミルダさん。魔道具ができましたので、持って来ました」

「えぇ……? 流石に早くないかい?」

「ハルさんはご自分で作ってましたよ! 私、作ってるところを見てましたから!」

「……(なるほどな)」


 そういうことだったのか。リセルは差し入れに来て、俺が魔道具を作っているところを見ていたが。


 こうしてミルダさんに伝えるために来てくれたのか。証人のような形だな。そんなリセルの優しさを俺はとてもありがたいと思った。


「一応、人間以外は基本的に出入りできないようにしています。それとこの棒を握れば、結界を通過できるようになります。もし何か不具合があれば、すぐに伝えてください」

「へぇ。なんだかとても上等なものに見るけどねぇ。それでいくらかかるんだい?」

「あー。見た目とかテキトーなんで、金貨一枚でいいですよ」

「はぁ……!? 金貨一枚!? そんな安いと逆に心配になるよ!」

「でもこれ、一時間くらいで作りましたしそんな手間じゃないんですよ。本当はもっと安くてもいいくらいで。ただ王都とかの相場もあるみたいなんで、これがいい塩梅かなと。それに効果も実感してもらうまでは分かりませんし」

「まぁ、あんたがそう言うなら。はい。じゃあ、これで」

「ありがとうございます」


 俺はミルダさんから金貨一枚を受け取った。俺としてはこの手間に対してはあまりにも十分すぎる報酬だった。


「じゃあ、何かあればすぐに呼んでください」

「ミルダさん。さよならー!」

「あぁ。またね。二人とも」


 

 ミルダさんに結界魔法の魔道具を渡してから一週間が経過。いつものようにパン屋で働き、休憩に入ろうとした時──ひとりの女性客がやって来る。


 彼女は仕立て屋の店主で、俺が休憩に入る時にいつも来る。俺は大人しく表から移動しようとするが、彼女はなぜか俺に声をかけてきた。


「あ。あの……ハルさん」

「はい。なんでしょうか?」

「実はミルダさんからお話を聞きまして」

「ミルダさんから? あ。もしかして、魔道具の件ですか?」

「え、えぇ。その……あなたの作った魔道具をうちの店にも置きたいの。お金も用意してきたわ。お願いは……できないかしら?」


 彼女は忙しなく髪の毛を触り、落ち着かない様子だった。


「いいですよ」

「本当!?」

「えぇ。また週末に作っておきますよ」

「ありがとう。本当に助かるわ。ミルダさんが絶賛していて気になったの。それにその……今までは酷い態度を取ってごめんなさい。ミルダさんに、人を見た目で判断するものじゃないと言われて……」

「頭を上げてください。正直に言ってくれて嬉しいです。この町の人は優しい人たちばかりだと知っていますので、大丈夫ですよ」


 きっと少し歪になっているかもしれないが、俺は笑顔を浮かべてみる。


「では、また週明けにお持ちしますよ」

「よろしくお願いします。じゃあ、私はこれで」


 その女性が店から去っていき、リセルがつんつんと腕に触れて来る。


「ハルさん。よかったですね」

「そうだな。ミルダさんのおかげだな」

「それもありますが、ハルさんが頑張っているからですよ」

「そう……だな。そうだといいが」


 と、リセルと話をしていると、続々と店に客がやって来た。それは以前、俺に対して噂をしている人たちだった。全員がミルダさんと話をしたようで、謝罪をした後に魔道具を依頼してくれた。俺はもちろんそれを了承し、週末に全て作ってからそれぞれの店に配っていった。


「ハルくんありがとうね」

「ハル! ありがとな!」

「ハルさん。ありがとうございます」

「ハルくん。感謝するよ。ミルダさんが絶賛していたからね。効果が楽しみだ」


 みんなとても感謝してくれたし、俺も嬉しかった。俺はやっと、この町に溶け込めた気がした──。




「ハル」


 いつもは夕食を黙々と食べている大将が、珍しく口を開いた。


「はい。なんでしょうか?」

「魔道具の話は聞いた。好評のようだな」

「はい。そのようですね」

「で、うちを辞めるつもりなのか?」

「え? いや。辞めませんけど……」


 え。なんで急に俺がパン屋を辞める話になっているんだ……?


「ふん。それならいい」

「ふふ。お父さんってば、ハルさんが魔道具店を開くんじゃないかって心配してたんですよ〜」

「心配なんかじゃない。ただの確認だ」

「へぇ……そっかぁ」


 リセルはニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「でも、ハルさんの魔道具はそれくらい立派なものですよね。うちにある結界もかなり効果があるみたいですし」

「はは。それなら良かったよ」


 そんな会話をしながら、俺は食事を終えて帰路へとつく。もうそろそろ夏がやってくる。夜だが、微かに汗ばむほどには気温が高い。


「気がつけば、あっという間だったな……」


 ふと、空に浮かんでいる月を見つめてそう呟く。初めは逃げるようにやって来たローテンだが、今となっては故郷のように感じていた。町の人たちとも親密になってきたし、やっとここの一員になれた気がした。


 今後もパン屋として頑張っていこう。そう思って歩みを進めると──俺は一瞬だけ視線を感じた。


「……? 気のせい……か?」


 この時の俺は──その視線を特に気にすることなく、自宅へと帰っていくのだった。



 †



「ゼファ。ローテンの件はどうなっている?」

「ライズ王子……実はその」

「なんだ? 進捗を報告しろ」

「盗賊たちに報酬をチラつかせて調査しているんですが、最近妙な結界が張られているようで……」

「妙な結界?」


 ゼファとライズの二人はいつもの一室で密談をしていた。王都の一角にあるこの部屋は音が漏れないように結界が張られていた。


「はい。割と強度が高いようで、調査を進めるのに難航していますが──その結界を張っている相手は特定しました。いかがいたします?」

「──邪魔だな。殺せ」

「分かりました。その……殺す数は増やしても?」

「派手にやると問題だが、そうだな……二、三人ならこっちで揉み消す」

「ありがとうございます。では、その相手を殺した後にさらに調査を進めます」

「あぁ。また報告しろ」

「はっ」


 恭しく頭を下げて、ゼファはその部屋を後にする。


 深夜の王都。微かな月明かりに照らされながら、ニヤリと彼は薄い笑みを浮かべる。石畳に音を立てぬよう、足取りは非常に軽やか。それは殺しが日常になっている人間の所作だった。



「ハルに……リセルだったな。ククク……まさか、あの時の因縁がここで繋がっているとはなぁ。さ、蹂躙するとしようか」



 彼はこの闇夜に溶けるようにして、裏路地へと姿を消していった──。

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