第15話 素材集め
俺はミルダさんのために、結界を展開できる魔道具を作ることにした。今日は休日だが、いつものように早朝に目が覚める。
「さて、作業をする前に素材集めだな」
魔道具を作るにはまず、素材が必要となってくる。
欲しいのは核になる〈魔晶石〉とそれを覆う外殻となる〈星鋼板〉だな。別に売り物にする必要はないから、その二つがあれば十分に魔道具として機能させることはできる。
基本的には魔晶石に俺の魔法式を書き込んで、星鋼板で魔法の発動を維持するって感じだな。外殻がないと魔法が垂れ流しになってしまうからだ。その二つの素材があるのは、ダンジョンの中である。うーむ……流石にそれらが欲しいとなると、行くしかないよな。
向かう先は──王都に存在している〈ノクティア・ダンジョン〉だ。俺は古びた外套を羽織って、王都へと向かう。今日一日で完成させたいので、時間が惜しい。俺は馬車を使うことはなく、身体強化を発動して王都へと走っていった。
ダンジョンに入るには冒険者ギルドで手続きをする必要があるが、流石に普通に向かうと〈勇者ハルト〉だとバレてしまう可能性が高い。それに厳密にはダンジョンに潜るのに冒険者ギルドの認可は必要はない。報酬などの関係で登録をする人間がほとんどだが、しなくても問題はないので俺は手続きをすることなく向かう。
俺はそして、一人で〈ノクティア・ダンジョン〉へと到着して潜ることに。
「──久しぶりだな。ここは」
ここ〈ノクティア・ダンジョン〉は正式名称は〈ノクティア大深層聖域〉と呼ばれる。かつて神代の戦乱の終結と共に封印された場所で、そこがダンジョンと化したという歴史があるらしいとか。その最深部は不明で、俺がいたときは確か二十層まで攻略が進んでいたらしいが。
また、ここは世界最難関ダンジョンの一つではあるが、あの〈アビスサンクタム〉に比べれば、大したことはない。まぁ流石に〈アビスサンクタム〉は別格だからな。
「魔物は──いるな」
深部へと進んでいくと、流石に魔物が溢れていた。相手はレッドウルフで獰猛なその牙を輝かせ、俺のことを群で取り囲んでくる。俺は即座に魔法を発動して討伐。うん。攻撃魔法の感覚は悪くはないな。流石にまだブランクを感じるほどではない。
さらに俺は魔物を討伐しつつ、奥へと進んでいくと──
「お。ここだな」
無事に俺は、魔晶石と星鋼板のある場所へとたどり着いていた。ノクティアダンジョン第十五層にその空間はある。キラキラと星空のように輝く空間で洞窟のような形状になっている。
そこは全てが魔晶石と星鋼板で構成されていて、魔道具を作る素材はここで主に手に入る。といっても、十五層はAランク以上の冒険者でなければ来るのは難しい。そのため、魔道具は比較的高価なものになっているのだ。
「でも……高騰しているって話だったが、なんでだろうな。こんなに素材があるのに」
俺はミルダさんとの会話を思い出していた。魔道具の素材が高騰しているって話だったが、目の前には大量の素材がある。高騰する理由はないだろうが……。なんでだろうな?
それから俺は魔晶石と星鋼板を魔法で削り取り、それを小さな袋に詰めていく。量自体はそれほど多くは必要ないので、俺は十分な量を取ると早速帰ろうとするが。
「ん? 地響き……?」
急に大きな地響きが起きる。この兆候はもしかして──と思っていると、目の前に現れたのは巨大なゴーレムだった。
「〈セレス・ゴーレム〉か。まぁ、流石に起動するか」
その身体は星鋼版と魔法骨格によって構成された、完全機構型の自律防衛存在。
表面は滑らかな銀灰で、光を吸い込むように鈍く輝く。関節部には魔法式が自律回転している。頭部には顔と呼べるものは存在しない。代わりに、正面には八つ目のようなものが螺旋状に配置されていて、俺のことを凝視してくる。
こいつはこの空間に存在している守護者であり、魔晶石などを採取すると起動する魔物の一種だ。しかし、俺が知っている青い個体とは異なり、その体は真っ赤に染まっていた。
「俺が知らないうちに、新しい個体が出たのか?」
まぁ、ダンジョンで魔物が進化していくのは決して珍しいことではない。ともかく、手早く処理して帰るとするか。
「ターゲット検知。処分シマス」
相手が攻撃モーションに入って腕から高出力の魔力を射出しようとしてくるが、俺はその間に魔法式を走らせていた。自身の眼に魔力を集中させ、相手の構成要素を見抜く。
「第一基点:構造捕捉。第二基点:魔力流制御。第三基点:因果連結断裂。第四基点:魔法式構成解析──最終位相:全構成要素、明示展開」
魔法式構成完了。俺は〈セレス・ゴーレム〉に対象指定して魔法を発動した。
「〈破砕分解〉──発動」
瞬間。〈セレス・ゴーレム〉は完全にその体を保つことができなく、一気にバラバラに分解されていった。〈セレス・ゴーレム〉は魔法式で構成されているので、その繋がりを分解したが思いのほか上手くいったな。この基点と位相を組み合わせる魔法は、俺が〈アビスサンクタム〉で生み出したオリジナルだ。まぁ、生み出したというよりも、生き残るために適応した結果が正しいか。
「よし。じゃあ、帰るか」
俺はそうしてダンジョンを出ていくが、そうだな。ちょっと魔道具の相場も知りたいので、値段を見て帰るとしようか。俺は魔道具を売っている店舗に立ち寄って、その価格を見ることにした。
「た……っか」
まじか。金貨十枚が相場ってところか? 二十枚や三十枚のものもあるな。えっと結界魔法の魔道具は……ん? こ、これは……。
「金貨五十枚……?」
まじか。どんだけ高騰しているんだよ。そう思って唖然としていると、小綺麗な見た目をした女性の店員が声をかけてくる。
「もしかして、購入をご検討でしょうか?」
「あ。えっと。すみません。今回は見てるだけなんですが、その。魔道具の値段がかなり高いようですが……」
「そうですね。実は最近、魔道具の素材がある場所に非常に危険な魔物がいるとかで。専門家によると、今まで乱獲したことによってその場所を守る魔物が進化したとか」
「へ、へぇ……」
「冒険者ギルドは直々に高位の冒険者にその魔物の討伐を依頼したそうなので、しばらくすれば高騰も治まると思いますよ」
「そうですか。ではその際にまた検討してみますね」
「はい。ぜひ、またのご来店をお待ちしておりますね」
俺はそそくさと魔道具店を後にする。いや……間違いない。あの赤色のゴーレムはその進化した個体だったようだ。でも、俺が討伐したことで高騰が抑えられるのならいいことか? うん。そうだな。ミルダさんに提供する際は少し安めにしてもいいかもな。
そんなことを考えながら、俺はローテンへと戻っていく。
†
王都冒険者ギルド。
吹き抜けの天井と広大な石造りのホールで構成されている空間。無骨な柱が何本も立ち並び、屈強な冒険者たちが立ち並ぶ。ここは世界最高峰の冒険者ギルドということもあって、全員ともに装備は非常に整っている。
「おい。あれって」
「〈閃光〉だろ? 流石にオーラあるな」
「あぁ。Sランク冒険者であの美貌。本当にすごいよなぁ……」
ここにいる冒険者たちもかなりの高ランクだが、それでもSランク冒険者のフェリナには一目を置いていた。
フェリナが纏うのは、黒と銀を基調とした戦闘特化型の軽装鎧だった。艶やかな黒革で仕立てられたジャケットは腹部と肩口に〈硬化繊維の魔布〉が縫い込まれている。その見た目のしなやかさとは裏腹に、剣圧にも耐える強度を誇る。
下半身は、薄い鋼を編み込んだスパッツ型の魔導布装甲に、腿部分だけを覆う小型プレート。腰には白銀の細剣が収められており、柄の部分に魔導印が浮かんでいた。
「すみません。依頼のあった件ですけれど──」
「フェリナさん。その、実はですね」
「はい。どうかしましたか?」
「例のゴーレムですが、調査隊の報告によると既に討伐されていたようで」
「──え?」
フェリナはギルドから直々に依頼があって、十五層にいる〈セレス・ゴーレム〉を討伐する予定だった。そのために、彼女は装備も本気のものを用意したのだが。
「誰かが先に?」
「おそらくは。ただ、形跡的に魔物同士が争ったものではなく、〈セレス・ゴーレム〉は綺麗にバラバラになっていたようです」
「《《綺麗》》にバラバラ……?」
(あの〈セレス・ゴーレム〉を綺麗にバラバラ? 外殻はあまりにも硬いし、綺麗にバラバラにするなんて絶対に無理。もしかして、内部に対して魔法干渉をしたとか? でも、あれは内部構造の魔法式も複雑。多分、シャロでもそんな芸当は無理だと思うけど……。それに、〈災牙獣・オルグ〉の件もそうだけど、立て続けに高難度の魔物が何者かに討伐されているなんて……)
「はい。なので、今回の依頼は取り消しという形になります。本当に申し訳ありませんでした」
「いえ。無事に討伐されたのなら良かったです。では、私はこれで」
(もしかして……でも、あり得ない話じゃない。私が知るあの人ならきっと──)
〈セレス・ゴーレム〉を討伐した人物は何者なのか。その足跡を追うために、フェリナは急ぐようにダンジョンに潜っていくのだった──。