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第11話 不穏


 パン屋での日々もすっかり慣れてきた。もうここで働き始めて、一ヶ月が経過しようとしていた。朝起きるのも苦ではないし、毎朝欠かさずトレーニングはしている。


 そして仕事が終わった時、大将が声をかけてくる。


「ハル。ちょっといいか?」

「はい。なんでしょうか」

「王都に配達に行けるか? 時間的に泊りになると思うが、金はこちらで出す」

「え。王都ですか」

「あぁ。王都までの配達は受けてないんだが、今回はちょっと特例でな。場所のメモは渡す。一応、リセルと二人で行ってくれ」


 かなり急な話だな。ただ、別に行くことに問題はないので俺はすぐに了承する。


「分かりました」


 王都か。まさか配達とはいえ、あそこに戻ることになるとはな。あの時、ダンジョンから戻ってきた時はあまり王国がどうなっていたのか覚えていない。彷徨って歩いているだけだったからな。


「ハルさん。行きましょうか」

「あぁ」


 俺とリセルは馬車に乗り込み、揺られながら王都を目指す。俺はそこで少し気になっていることをリセルに訊いてみることに。


「リセル。王都への配達は良くあるのか?」

「えっと……いえ。基本的には歩いて行ける範囲ですね。ただお父さんのパンはとても人気ですから。もしかしたら、とても偉い人がこっそりとお願いしたのかもしれませんね」

「まぁ、その可能性もあるか」


 俺はパン屋事情はよく知らないが、正直大将のパンのクオリティは尋常ではない。わざわざ王都から配達を依頼する人間がいても不思議ではないほどに。ただ、冷静に考えれば相手がこちらに来るのが普通。大将も特例と言っていたし、今回の顧客は特別な人物なのだろうか。


 まぁ、それほど気にしても仕方がない。普通に配達して、宿泊して戻るとしよう。出張という形にはなるが、王都に行くのは少しだけ緊張感がある。


「うわぁ……やっぱり、都会はすごいですねぇ」

「だな」


 王都に無事に到着した俺たち。流石にローテンとは違って、王都はとても栄えていた。大通りは広く、舗装された白石の路面が夕日を反射している。整然と並ぶ建物は、石造りと彩色木材を融合させた高層構造でローテンでは見ないものだ。


 市場には各国から輸入された品が並び、果物の香り、香辛料の刺激、鍛冶屋の鉄の熱気が交じり合う。俺が知っている王都と変わりはないが……いや、流石に五年前よりも人が多いし、活気付いているような気もする。


「えっと。待ち合わせ場所は──」

「こっちだな」

「あ、なるほど……!」


 俺はリセルの持っているメモに軽く目を通して、待ち合わせ場所をすぐに特定する。昔は王都に滞在していたからな。ここの地理は、まだしっかりと頭の中に入っていた。


「ハルさん。もしかして、王都で暮らしていたんですか? 足取りに迷いがないというか」

「ん? あぁ。そうだな。昔は王都で冒険者として活動していたよ」

「やっぱり、そうだったんですね」

「あぁ。ただ王都は人が多くてな。競争が激しかったよ」

「競争ですか」

「冒険者同士は全員が仲がいいわけじゃないからな。どちらの方が上のランクか、なんてマウントの取り合いもあるもんさ」

「なるほど……大変な世界ですね」


 まぁ、ここまでの情報なら開示しても問題ないだろう。それだけで俺が〈勇者ハルト〉なんて分かるわけもないからな。


 そうして、リセルと二人で路地裏を進んでいくと、一人の男性とすれ違う。


 真紅のロングコートに、銀の縁取り。襟元には不必要に大きな羽飾りがあしらわれ、腰に下げた短めの双剣の鞘は黒曜石のように鈍く輝いていた。冒険者だろうが、胸元は大きく開いていて派手な印象だ。俺は特に目を合わすこともなくすれ違うが、後ろで「きゃっ……!」とリセルの声が聞こえてきた。


「おいおい。急にぶつかってきたなぁ。服も少し汚れたか? これ、特注品でかなり高いんだぜ? 弁償してくれるのか、お嬢さん? なぁ?」

「あ……え、えっと……」


 振り返って状況を把握する。ぶつかった時を見ていたわけではないが、明らかに相手は難癖をつけている。ニヤニヤと薄い笑いを浮かべているのは、その証拠だろう。


 ただ──どこかで見たことがあるような。


 あ。そうだ。こいつはゼファルだ。五年前はBランク冒険者で、それなりの実力者だった。ただ今はかなり成金のような見た目をしているが……。


「すまなかった。ただ、弁償をするほどではないだろう」


 俺は颯爽とリセルの前に立って、ゼファルと相対する。


「なんだテメェ。俺はそっちのお嬢さんと話をしているんだが」

「俺が代わりに話をしよう。それで、弁償するほど汚れてないと思うが?」

「ん? いやぁ、でもぶつかった時に体を痛めたかもなぁ。いや、痛いねぇ」

「なんだ。金銭が目的か?」

 

 わざとらしく腕を抑えるゼファル。見るからに金銭に困っている見た目ではない。俺は相手の目的が何かと考えるが。


「金はいらねぇよ。その代わり、そっちのお嬢さんに今日の晩酌に付き合ってもらおうかなぁ」


 なるほど。本命はそっちということか。五年前もあまりいい性格をしているとは思ってなかったが、変わりはないということか。


「断る。これ以上、話をすることはない。これで失礼する」

「おいおい。テメェ、分かってるのか……? このままで許されるわけねぇだろ。俺様を誰だと思ってる? Aランク冒険者のゼファル様だぜ?」


 ゼファルは腰にある双剣にそっと手を添える。路地裏とはいえ、ここは王都。こんなところで抜くつもりか? こいつと戦って負ける可能性なんてないが──あまり目立ちたくはない。どうするべきか……そう考えていると、第三者の声が聞こえてきた。


「こっちです! 何か揉めてるみたいで!」


 それは女性の声だった。それを聞いて、ゼファルはちっと舌打ちをして戦意を消した。


「お前の顔──覚えたからな?」


 そう言って彼は、夕闇に溶けるようにして消えていった。流石にゼファルもここで暴れるような真似はしなかったか。


 ただ──五年で変わったのもそうだが、俺はどうにもこれが偶然の再会だとは思えなかった。何か違和感があるような……。そもそも、こんな人気のない路地裏になぜ彼はいたのだろうか。俺の正体には気が付いてないだろうが、どうにも作為的なものを感じる。



「あの。大丈夫ですか?」


 やって来たのは先ほど声を発した一人の女性。茶色い外套を羽織って、あまり顔はしっかりと見えない。黄金の髪が微かにはみ出している程度である。


「あぁ。助かったよ。でも、誰か呼んだのか?」

「いいえ。嘘ですよ。でも、あぁ言えば相手は逃げるかなーと思って」

「なるほどな」


 その女性はこちらの様子を窺うように、声を発する。


「あの。もしかして……パン屋さんの方ですか?」

「よく分かったな」

「えぇ。待ち合わせ場所が近かったので」

「それはちょうど良かった」


 まさか依頼人が目に前に現れるとは。タイミングがいいな。そう思って、俺はその人物に紙袋を渡す。


 声色、些細な所作。それらを見て、俺はもしかして彼女は貴族なのではないかと思った。そう考えると、わざわざ王都まで配達するのも頷ける。


「うわぁ……美味しそうですね。わざわざありがとうございます! では私はこれで! 早く戻らないと怒られそうなので! 機会があればまたよろしくお願いしますね。《《ハル》》さん!」

「ん? あ、あぁ」


 あれ。俺、自分がハルだって言ったか? まぁきっと大将が伝えていたのかもしれないな。


 ということで無事に配達は終了。あとは宿に泊まり、明日の朝にローテンに帰るだけだ。しかし、リセルはまだ顔を俯かせて微かに体を震わせていた。


「ハルさん……」

「リセル。大丈夫だったか?」

「す、すみません……ご迷惑をおかけしたようで」

「大丈夫だ。相手が難癖をつけただけなのは分かってる。俺が一緒で良かったよ」

「はい。ハルさんがいてくれて、本当に良かったです」


 リセルは涙目になって、手も震えている。俺はそんな彼女の手を優しく握る。


「大丈夫。俺がいるから」

「はい……すみません。ちょっと怖かったですけど、ちゃんと切り替えないとですね」

「あぁ。じゃあ、もう夜になる。宿に行こうか」

「はい!」



 俺たちはそして宿屋へと向かう。もちろん、大将にはそれぞれ別の部屋に泊まるだけの金は貰っている。


「一泊したいのですが、二部屋空いていますか?」

「すみません。本日お客様が多く。一部屋しかご用意しかできないのですが、よろしいでしょうか?」

『え──?』

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