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第10話 リセルの心象


 私のハルさんに対する初めましての印象は、正直あまり良くはなかった。


「いらっしゃいませ!」


 と、大きな声でお客さんを迎えるけど……やって来たのは、一人の男性。とても大きな体をしていて、長い髪は真っ白だった。それに視線も鋭い。内心ではちょっと怖かったけど、私はいつものように笑顔で接客をする。


 そんな彼は、求人募集を見てうちに来たのだという。表面上はニコニコと笑って接していたけど、私はちょっと怪しいのでは? と思っていた。もしかしたら悪い人なのかも……と思ったけど、私はそう思ってしまった自分を恥じることになる。


 ハルさんは初日からとても一生懸命だった。お父さんに怒られても、気にしている様子はない。むしろさらに仕事に真剣に取り組んでいく。その姿を見て、私はハルさんに対する認識を改めた。


 それから一緒に仕事をしていくうちに、彼はとても優しい人だと分かった。常連さんとももう仲良くなっている。


「ハルさんもすっかり馴染んだねぇ」

「はは。そうですね」

「リセルちゃんと並んでいると、まるで夫婦のように見えるよ」

「……えっ!?」


 そう言われて、私は驚きのあまり大きな声を出してしまう。ふ、夫婦……? 今まで私は、異性のことなんてそんな風に見たことはないし、見られたこともない。学校でもモテたことはないし、彼氏だっていたことはない。私は地味で取り柄もなかったから。


「はは。流石に気が早いですよ」

「そうかねぇ?」


 ハルさんは特に何か気にしている様子はなく、笑顔で話をしている。


 けど、私は自分の顔がかーっと赤くなっていくのを感じる。う、うん。そうだよね。私がきっと、気にしすぎなんだよね。ハルさんも気にしてる様子はないみたいだし……とりあえず今は、そう思うことにした。



「ふぅ。お疲れ様でした」

「俺は大将のところに行くよ」

「え。今日は農園まで行きましたし、働く必要は……」

「いいや。俺のパン作りの技量はまだまだ。もっと大将のもとで学ぶ必要がある」

「そうですか。あまり無理はしないでくださいね」

「あぁ」


 オルドさんの農園から戻ってきて、ハルさんは自宅に帰らずにお父さんにパン作りを教えてもらいに行った。私は移動とかも含めて疲れ切っていたのに、ハルさんはまだまだ元気そうだった。本当にすごい体力だし、向上心も尋常ではない。私はお父さん以外の人で、あそこまで実直な人は初めて見た。


「ハルさん。流石にもう帰ってるよね……」


 夜になってそろそろ寝ようかなぁと思っていたところ、厨房はまだ明るい。お父さんがまだパン作りしてるのかなぁと思っていると、そこにはお父さんだけじゃなく、ハルさんもいた。もう帰ってると思ったのに、あれからずっといたの……? 



「ダメだ! もっと力を抜け!」

「はい!」

「ハルには繊細さが足りない。愚直にこねるのはいいが、もっと指の感覚を研ぎ澄ませていけ!」

「分かりました!」



 ハルさんはそう言って一生懸命、生地をこねていた。朝から馬車で移動して、オルドさんの農園でお手伝い。さらに帰ってきてからもずっとパン作りをしている。


「ハルさん……」


 そんな彼の一生懸命な姿を見て、ハルさんの凄さを改めて知る。今までうちに来た人は、一週間も経たずに辞めてしまうのが普通。お父さんの叱責があまりにも厳しいし、その人自体もパン作りに興味はなさそうだったから。


 でも、ハルさんは違う。彼はずっと真摯に向き合っている。お父さんに厳しいことを言われても、めげずに頑張っている。私はハルさんから目を離すことができなかった。なぜだろう。理由は分からないけど、私はハルさんのことがとても輝いて見えた。




「お父さん。朝ごはんだよー」

「あぁ」


 早朝。お父さんと二人で朝食を取る。いつもお父さんは黙々とご飯を食べるけど、今日は珍しく声をかけてきた。


「リセル」

「ん? どうしたの。お父さん」

「お前。ハルのことどう思ってる」

「──え!?」


 そう言われて私は驚いてしまう。


「お前から見て、ハルの仕事ぶりはどうだ?」

「あ……《《そっち》》か」

「そっち?」

「ううん! なんでもない」


 心臓がバクバクとする。お、落ち着け。べ、別に私はハルさんのことを特別な目で見ていないし……ハルさんも私のことは何も思っていない。冷静になろう……。


 私はお父さんに訊かれたことを素直に答える。


「ハルさんは、ちゃんと仕事できてると思うよ。覚えも早いし、お客さんの対応もいい感じ。それに何よりも、お父さんの叱責に凹んでる様子もないし。何というか、すごい努力家で情熱があるよね」

「ふん。まぁ、あいつに根性があるのは認めてやるところだ」

「ね。今まで二人だったけど、ハルさんのおかげで助かってるよねー」

「まぁ、それはそうだな」


 お父さんが誰かを認めるのは本当に珍しい。私は、物心ついた時にはお母さんはいなかった。なんでも、流行病で亡くなってしまったらしい。私にとって、親はお父さん一人だった。そんなお父さんは昔からずっと厳しい人だった。自分にも他人にも。


 だからこそ、お父さんがここまでハルさんのことを認めているのは驚くべきことだった。


「ハルの努力は認める。が、あいつは《《何か》》あると思う」

「何かって?」

「リセルは気がつかないのか。ハルはおそらく、かなり高位の冒険者だったはずだ」

「え? そうなの?」


 気がつかなかった。冒険者のランクなんて気にしたことはないし、私にとってはそこは別世界だったから。


「あぁ。根性もそうだが、何よりもあいつの肉体は凄まじい。俺はよく、力が強すぎるって言ってるだろ?」

「う、うん」

「ハルの力は尋常じゃねぇ。それこそ、俺が何度言っても制御するのが難しいほどに。些細な動きにも無駄がないし、肉体に戦いが染み付いている感じだな。俺の知り合いにもAランク冒険者はいるが、ハルはそれ以上かもしれない。それだけハルの纏っている雰囲気は違うものがある」

「え……でも、Aランク以上ってことは」


 それは、ハルさんが元Sランク冒険者だったってこと? 世界でも限られた人しかなることのできない、特別な冒険者。私のようなパン屋だって知っている。


 それがハルさんってことなの? でも思い返してみると、ハルさんは体も大きいし体力もある。本当にそうなのかな? けど、ならどうしてパン屋に……?


「俺も伝聞程度の知識だが、冒険者は常に死と隣り合わせだ。もしかしたら、大切な仲間を失ったのかもしれない。初めてここに来た時のハルは、明らかに憔悴しょうすいしていたからな」

「あ……」


 思い出す。ここに来て、面接している時のハルさんは『疲れ果ててしまった』と言ってた。その時は顔色もすごく悪かったし、服装もボロボロだった。もしかして、冒険者としての活動の中で大切な人を亡くしてしまったのかもしれない。そっか。ハルさんはそんな中、ここにやって来たんだ……。


「まぁ、だからと言って詮索するつもりも、下手に同情するつもりもないがな」

「そうだね。でも、お父さんがそこまで心配するなんて」

「う……べ、別に心配じゃねぇ。情報共有だ。じゃ、俺は先に行く」

「うん」


 そう言ってお父さんは先に厨房に行ってしまった。私は空になったお皿をじっと見つめる。


「……ハルさん」


 でも、お父さんの言う通りだよね。下手に同情するのは失礼だし、ハルさんは一生懸命働いてくれている。だから、いつも通りに接することにしよう。それがきっと、私にできることだから。


「おはよう。リセル」

「お、おはようございます……!」

「どうした。顔が赤いが?」

「べ、別になんでもないですよ! さ、早く仕事をしましょう」

「あぁ」


 うぅ……でも、なんでだろう。ハルさんを見ると、なぜだかちょっと恥ずかしい気持ちになる。しっかりしないと! 一応、私はハルさんの上司なんだから──!!

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