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第1話 後で追いつく──!



「後で追いつくから、先に行け──!」



 俺は四人の仲間たちに、そう声をかける。


 現在、俺たちのパーティは世界を滅ぼす脅威である〈災厄因果迷宮・アビスサンクタム〉に挑んでいた。昨今、このダンジョンから異様なほどの魔物が溢れ出してきており、王都は混沌と化していた。


 その原因に対処するために、勇者である俺は王国から直々に依頼をされた。俺は転生者であり、前世は日本人だ。社畜の俺は過労死して、気がつけば異世界に勇者として転生していたのだ。


「先輩……でも!」

「先生……っ!」

「ハルト! それは流石に……!!」

「ハルト様。あなたを置いていけるわけが……!」


 〈閃光の剣〉〈大魔法使い〉〈絶対守護者〉〈聖女〉たちが声を発する。


 俺の仲間たちはそれぞれがとても頼りになる仲間だ。勇者なんて柄でもない俺について来てくれ、ここまで俺のことを支えてくれた。


 そして今は、この〈災厄因果迷宮・アビスサンクタム〉の最深部で死闘を繰り広げて、全ての元凶であるラスボスを討伐した。


 あとは戻るだけだが、そのボスフロアには大量の魔物が溢れ出していた。しかし、魔力が十分に残っているのは俺だけ。他の四人は俺を支えるために、全てを出し切ってしまっていた。


 このままでは全滅も十分にあり得る。だから俺は、まだ戦える自分だけが残るつもりだった。


「早く! このままだと全滅する──! 絶対に俺も脱出する……! 約束する! だから、急げ──!」

「先輩。絶対、絶対ですよ……!」

「先生……!」

「ハルト……分かった。信じる!」

「ハルト様……! どうかご武運を!」


 そう声をかけてくれ、四人は急いで駆け出していき脱出していった。


「行ったか……」


 離れていく足音。無事に脱出してくれたらいいが、きっと大丈夫だろう。


「さて、問題は俺の方だが……」


 俺は勇者だ。幸いなことに、転生した俺は才能ある人間だった。世界の誰よりも多い魔力量。さらには、多種多様なスキルと魔法を操ることもできる。この程度の魔物の量なら楽勝だ──しかし、俺は知ることになる。


 俺たちが討伐したラスボスは前座に過ぎないことを。


 この〈災厄因果迷宮・アビスサンクタム〉の本当の脅威に、俺はたった一人で立ち向かうことになる──。



 †



「はぁ……はぁ……はぁ……」


 もうどれだけの時間が経過したのか分からない。少なくとも一年以上は経過しているだろう。いや、十年はいっているか? 分からない。時間感覚なんてとうに失せるほど、俺はこの史上最悪のダンジョンである〈アビスサンクタム〉で彷徨っていた。


 ラスボスを倒したことで溢れ出す魔物はほぼ無限だった。俺は常にその魔物たちに追いかけられ、さらにはあのラスボスと同様の魔物も普通に再出現していた。


 普通のダンジョンであればラスボスを倒せば、そのダンジョンは沈静化される。だが、この〈アビスサンクタム〉は例外だった。無限に再生するダンジョン。それこそが、〈アビスサンクタム〉の本質だった。



「……少し休むか」


 闇に沈む迷宮の奥。崩れかけた天井からは、ほのかに光る苔の粒が舞い落ちる。その光を頼りに、俺は静かに腰を下ろした。そこには細く流れる水辺があり、魔物の気配もない。まるで、迷宮がひとときだけ許した安息の場所だった。


 水面に手を伸ばし、掌ですくいあげる。冷たい。けれど、不思議と心が落ち着く。


 今日は自分にとって褒美の日だ。基本的に食は魔物を食べることで補っていた。それ以外に口にするものはないし、その激烈な苦味にも慣れてしまった。はは。人間って、生きるために適応するもんだなと思った。


「……もうこれも、あと少ししかないな」


 ポケットから取り出したのは、砕けた乾パン。旅の仲間たちが嫌っていた、味気ない非常食だ。だが、俺はそれを迷いなく口に運ぶ。


 ──歯に響く硬さ。

 口内の水分を奪うパサつき。

 それでも、この味が懐かしいと思った。


 あいつらはよく「なんでそんなの好きなのよ」と笑っていたな。


 その全員は今どこにいるのかも分からない。ただ無事だといい。そう思うことが、俺の命を繋いでいた。


 ふと、冷たい水にパンを浸してみる。柔らかくなった破片を口に運ぶと、ようやく体が何かを受け入れた気がした。


「……もう少しだけ、生きてみるか」


 水面に映るのは、誰でもないぼやけた自分の顔。それをひとつ、食べ終えた乾パンのかけらが波紋で歪ませた。


 立ち上がる。もう生きる気力なんてほとんどない。ここで死んだ方が楽になるだろう。それでも、俺は約束したんだ。絶対に『後で追いつく──』と。


 俺は進む。この地獄の先に、確かな未来が待っていると信じて。




「え──?」


 それはあまりにも唐突だった。視線の先に光を感じた。ダンジョン内を微かに照らす光とは異なり、それは間違いなく今まで以上に光り輝いていた。


 その光は、この暗闇に慣れてしまった俺の瞳孔にはあまりにも眩しすぎる。


 もしかしたら出口かもしれない。


 俺は駆け出す。その先には懐かしい景色が待っていると信じて。


「外……外なのか……!?」


 その光の先を抜けると、俺は森の中に立ってた。おそらく転移したのだろうが、間違いなくここは光で満ちていた。


 空には太陽、空気には暖かさがあり、俺はあまりの歓喜に震えて膝をついて涙を流す。



「やった……俺は戻ってこれたんだ……!」



 ずっとこの瞬間を願っていた。もうどれだけの時間が経過したのか分からない。短い髪は長髪になって、きっと顔つきも変わっていることだろう。それでも、俺はこの奇跡に感謝していた。諦めなくて良かった。そう心から思った。


 俺はふらふらとした足取りで進んでいく。少し歩けば、そこは見慣れた王都が視界に入った。人々が往来し、そこは俺が知っている場所だった。


 ふと、窓に映っている自分を見る。髪は伸びて白くなり、髭も生え、顔つきも険しいものに変わってしまった。もうあの頃の面影はないが、それでも良かった。


 生きて帰って来た。その事実が何よりも重要だったから。


 その時。視界の中に入るのは──壁に雑に貼られた一枚の手配書だった。羊皮紙は風雨に晒され、端が破れかけている。それでも、その中央に書かれた名前だけはくっきりと残っていた。


 そこに描かれていたのは、自分の顔。しかも、かつての〈勇者ハルト〉の面影を残したままの肖像だった。


 そこにはこう──書かれていた。



〈反逆者・元勇者ハルト〉

 ──罪状:国家反逆罪。王命に背き禁忌を犯し、多くの同胞を死に追いやった者。

 ──行方不明。しかし、生存の可能性有り。要警戒。報奨金:一万ゴールド



「え──?」

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