6)仮面の精霊民族
それは民族でありながら血の繋がりはほとんどなく、外見的な特徴も同じではなかった。
なぜなら彼らは多民族で構成されていたからである。
血族を重要視しない理由として、彼らに伝わるとある独特の風習が関係している。
その風習とは他の民族において"不要"となった赤ん坊を引き取り、精霊に捧げて"精霊の宿り木"にさせることであった。
"精霊の宿り木"とは、精霊を身体に宿した人間のことである。儀式で捧げられた赤ん坊は瞳の中に精霊を封印させられ、赤ん坊が死ぬまで瞳に宿り続けるのだ。
しかし、精霊によっては赤ん坊の命を奪うものも存在するため、儀式はしばし失敗する。彼らはそういった赤ん坊を「器なし」と呼び、丁重に埋葬した。
宿り木になった赤ん坊は瞳を封じるように目だけを隠した仮面を付けられ、伴侶以外の前で仮面を外して瞳を見せることは無かった。そのため、彼らは常に目の見えない状態で生活しているのである。
しかし、精霊が瞳に宿ると他の感覚が優れ、容易に物の気配を察知できるようになるため不自由はないという。
彼らは踊りを得意とし、一年を通して様々な踊りを教え込まれる。その踊りは儀式に必要であり、また、喜びや悲しみなどの感情を表す方法でもあったため彼らにとって踊りは無くてはならないものであった。
精霊が宿ると不思議な力を得るといわれており、その力は自然を予知し、自然と対話し、自然霊を鎮めることが出来るとされた。占いにも長けており、魔除けの方法も熟知していた。
そのため、彼らはしばしば他の民族や種族から「シャーマン」や「祈祷師」、あるいは「占い師」などと呼ばれていた。
儀式に使われる"不要"となった赤ん坊とは、いわゆる不義の子である。道ならぬ男女同士の間に出来た子どもであり、彼らはしばしばそういう"うっかり出来た"赤ん坊を金を積ませて他所へ流すことがあった。
親は共通して金持ちであり、社会的地位のある者が多かった。例えば聖職者といった、不義の行為を公にされると人生の全てを失う者が多く、それ故に"ひっそり"と後腐れなく無かったことにしたい者ばかりであった。
仮面の民族は「祈祷師」と称して町や村を巡りつつ、そういった"不要"の赤ん坊を引き取るのである。もちろん大金と共に。
実のところ、この大金が民族の主な収入源となっている。
お金に余裕がある年は、大きな街へ出向いて娼婦や売春宿から赤ん坊を受け取ることもあった。もう少しで産まれそうな時は、出産するまで街に滞在することもある。
要らない赤ん坊を引き取ってくれる民族がいる、という噂は自然と人の耳に入るもので、とりわけ村長や役人などの人を取りまとめる立場にいる者、売春宿を経営している者、不純な関係を築いている者たちの記憶に残った。
そんな彼らは、時には赤ん坊ではなく子どもをもらってくれないかと打診してくることがあった。親に捨てられて大人を信じなくなった、扱いの困る子どもを手放したいと。
しかし、精霊を宿らせる儀式は1歳までの赤ん坊でなければ出来ないため、断ることが多い。それでもと大金をチラつかせてくる場合は、"面無し"として引き取ることもあったという。"面無し"については後述する。
"精霊の宿り木"となった赤ん坊は大切に育てられ、9歳を迎えると儀式の尸童になる。
尸童とは神霊の依代としての人間。清浄な生活をする童男・童女の場合が多く、祭礼の場合などは着飾って行列の中心となる。いずれも神に魅せられた姿とされる。
12歳まで尸童を務めた後、選ばれれば「例祭師」という祭りの儀式の花役を与えられる。
選出は基本的に占いで決められるが、占いより先に霊夢で例祭師の夢を見た子どもは、精霊により役目をさずかったとされ例外なく必ず選ばれることになっている。
その儀式では中央に例祭師が立ち、周りを10人の演奏者がぐるりと囲んで座る。奏でる音楽に合わせて例祭師は踊り、日々の実りと感謝を精霊に伝え、荒ぶる自然を鎮める意味を持つ。
この民族では婚前交渉を推奨している。互いの瞳に宿る精霊の相性を、事前に確認する必要があるためである。精霊同士が反発すれば伴侶になることが出来ない。
そのため、婚前交渉は"精霊合わせの儀式"と言われ神聖なものとして扱われた。
夫婦の間に産まれた赤ん坊は"精霊の宿り木"の儀式を受けさせるか、否かを親が決めることが出来る。
そのため、この民族の中には仮面を付けていない人物も少なからず存在するのである。
彼らは"面無し"と呼ばれ、"精霊の宿り木"たちを補助する立ち位置にいる。そのため宿り木よりも彼らは地位が低く、宿り木との婚姻も出来ない。
他の民族や外部の村との交渉は彼ら"面無し"が行い、赤ん坊の引き取りも"面無し"がしている。仮面を付けた"宿り木"は他の民族からすれば異様で近寄り難いためである。
「精霊を瞳に宿らせる」という変わった風習や、彼らが他の民族から不要となった赤ん坊を引き取り続ける理由は、彼ら民族が生贄に使われているためである。
大昔、とある帝国で忌まわしい災害が立て続けに起こった。巫女の占いによりその災いは"堕ちた精霊"が引き起こしているとされ、詳しい調査が行われた結果、実際にその通りであった。
"堕ちた精霊"とは生き物や人を殺したために地に堕とされた精霊のことである。本来、精霊は天と地上を行き来する神聖なものであり殺生をしないが、なにかの理由で殺生を行うと神々から罰として羽根を取り上げられ飛ぶことが出来なくなる。
飛ぶことが出来なくなれば天に戻ることも出来なくなり、神聖性を失って自暴自棄となり力が暴走しはじめるのだ。精霊は自然を操る力を持っているため、"堕ちた精霊"が集まって悪さをすると大変な災いが起こるとされていた。
そこで人柱を立てるために、帝国は特殊な民族を人為的に作り出した。それが仮面の精霊民族である。
彼らは普通の精霊を宿しているのではなく、"堕ちた精霊"を瞳に宿しているのである。そのため、彼らは生きている間"堕ちた精霊"を封印し続ける役割を持っていた。
他の民族から不要となった赤ん坊を引き取り続けるのも贄の意味が強いためであり、自らの産んだ子どもを"面無し"にするのも生け贄にさせないためであった。もちろん、宿り木の儀式で命を奪われる可能性もあるためそれを回避する理由もある。
だが、子どもの内は仮面を付けることの意味を知らないため"面無し"の子どもは仮面の子どもたちを羨み、なぜ自分に儀式を受けさせなかったのかと親に反発することもよくある。
これらの理由から、彼ら民族のバックには帝国がついており彼らを監視しながら途絶えないよう裏で支援している。
一般人の中には彼ら仮面の民族を不気味に思い、また、金品を強奪するために民族を襲って殺す者たちも存在した。この者たちは赤ん坊を得るために村々を巡っている者たちを主に襲い、赤ん坊と大金を奪うのである。
盗賊はいつしか組織となり大きくなったが、ある日全滅しているところを地元住民から発見された。しかもたった一晩で。
周辺の村々は仮面の民族の呪いだと恐ろしげに噂したが、実際は民族のバックについている帝国に目をつけられたためだった。
数が減っては困ると。
そのため、いまも忌まわしい風習を残しながら仮面の精霊民族は生存し続けている。
〈余談〉
瞳に堕ちた精霊を封印しているため、彼らが亡くなる時は壮絶である。
宿り木の死とともに、封印された腹いせで怒り狂った精霊が飛び出すのだ。精霊を鎮めるために儀式が行われ、堕ちた精霊は再び新しい宿り木に封印される。
そのため、葬式は儀式と同時に行われる。"精霊の宿り木"となる赤ん坊は、死人から出た精霊をその瞳に宿らせるのである。
失敗しても良いように必ず赤ん坊は2-3人用意することが決まっており、予め死者が出ると分かっている時は事前に儀式に使うための"不義の子"を集めに人里へ向かう。
儀式の様子は事細かく記録に残され次世代へ引き継がれる。その記録係は主に"面無し"が行う。
新たな"堕ちた精霊"は占いによって知ることが出来、ただちにその場へ出向いて"精霊の宿り木"の儀式を行う。
一度も瞳に入ったことがない精霊は非常に危険であるため、 熟練の例祭師が執り行う決まりである。
この場合、宿り木に使う子どもは不義の子ではなく宿り木の夫婦の子どもが良いとされている。素質のある2人の子どもであれば、確実に宿り木になる可能性が高いからである。