15)豊穣の剣
とある豊かな土地では多くの人々が住み、飢餓とは無縁の生活を送っていた。
種を植えれば必ず作物は実り、何をせずとも栄養豊富な土が一年を通して草木を成長させてくれた。
食べ物が豊かな土地は自然と人々の人口を増やし、それ以上に生き物たちも増えて行った。そして、それらを狩るドラゴンなどの捕食者も集まるようになる。
捕食者が狩ることで爆発的な生き物の繁殖は抑えられ、常にバランスの取れた素晴らしい環境が築かれていた。
その土地は楽園だった。
そしてそこには、持ち主のいない一本の剣が地面に突き刺さっていたという。
その剣は長年放置されたせいで錆びて刀身はボロボロだった。
誰もその剣の由来も存在さえも知らなかった。ただ、はるか昔から地面に刺さっていることだけは見た目が物語っていた。
ある日、一人の放浪者がその土地にやってきた。楽園と呼ばれるこの土地の噂を耳にし、長い道のりを経てやってきたのだ。
放浪者は誰からも見向きもされず捨て置かれている剣を見て、不思議に思った。古くからある物だと一目で分かるにもかかわず大切にされず地面に放置されていたからだ。
放浪者は一時だが鍛冶屋で働いたことがあったため、その剣が不憫でならなかった。
心を込めて作られたであろうに。
そう思いながら剣を見ていると、放浪者に近付いてきた少年がいた。
少年は楽園で生まれ育った子どもだった。放浪者は度肝を抜かれた。なぜなら、少年には剣が見えていなかったからだ。
もしや、これはただの剣ではないのかも知れない。
放浪者は楽園の長に会う許可を得ると、剣について訊ねた。しかし長とその周囲の人々は剣のことを全く知らなかった。どうやら、先ほどの少年と同じように見えてないようだと放浪者は感じた。
放浪者が剣をもらってもいいかと訊ねると、長は奇妙なことを言う放浪者を追い払うため、適当に許可を出した。
刀身の中ほどまで地面に埋まっていた剣は、呆気なく抜けた。錆びた刀身をそっと触れると、不思議なことが起きた。あれほど頑固そうに見えた錆が自ら離れるようにポロポロと取れたのだ。
剣は輝く光を放ち、放浪者の手によく馴染んだ。
放浪者は丁寧に布で包み紐を使って背負い、その楽園を離れたのだった。
離れた理由は、この土地に鞘を作れる職人がいなかったことと、剣を鑑定できる専門家がいなかったからだ。
放浪者が楽園を去った後、楽園ではすぐに異変が起きた。作物が実らないのだ。一年を通して実り豊かだった土地は、次第に枯れていった。
不思議なことに、楽園以外の場所に住む人間は剣をちゃんと見ることが出来た。放浪者は色んな人に剣を見てもらったものの、どんな有名な鍛冶師でも正確な鑑定が出来なかった。恐らく、神話の時代の剣だろうということは分かったが、その本質は分からず仕舞いであった。
しかし、風の噂で楽園が崩落したと耳にし、もしや剣を抜いたせいではないかと放浪者は思う。
試しに地面に剣を刺してみたところ、周囲の植物がみるみる成長し季節外れの美しい花をつけたのを見て放浪者は度肝を抜かれる。
放浪者はこの剣を"豊穣の剣"と名付けて共に旅をした。
そして行先で貧しい土地に住み、税金などの苦しい生活を強いられている人々に出会うと、土地に剣を刺した。
剣は持ち主の意志を汲んでいるのか、一度でも突き立てられた土地は剣が抜かれたあとも半永久的に豊かさを維持したという。
しかし、呪いのせいで作物の実らない土地は刺しても効果がなかった。
のちに老いて旅が出来なくなった放浪者は、永住した先で身体を横たえた。そして亡くなったら自身と共に豊穣の剣を埋めて欲しいと頼んで死んだのだった。
豊穣の剣は、戦争の火種になる可能性が高かったからである。
作物は土だけではなく、天候にも大きく左右されやすい。飢餓は容易に起こりうるのだ。
もし今後、大規模な飢饉が起きた際には豊穣の剣は取り合いになるだろうと放浪者は危惧していた。
それは、この剣やこの世界にとっても良くないことだと考えたのだ。しかし、それでも数千の命を救う力をこの剣は持っていたため破壊することははばかられた。
それ故に、封印することを彼は選んだのである。
放浪者の意志を組んだ人々は誰からも掘り出されないよう地の奥深くまで穴を掘り、剣を胸に抱いて永遠に眠る放浪者を丁寧に葬った。
不思議なことに、大陸中に大飢饉が訪れてもその土地の作物は影響を受けず豊作だったという。
それは、豊穣の剣が地面に埋められているからだと人々は思い感謝を捧げた。
そして秘匿された。
豊穣の剣の噂を聞いてやってきた者たちが掘り返して奪っていかないように。
それはのちに伝承となり、とある人々が放浪者の軌跡をたどって墓場を突き止め、掘り返されるまで豊穣の剣は眠り続ける。
しかし、何世紀ぶりに日の目を浴びた剣を、その土地に住む人々は誰一人として見ることができなかったという。




