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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

征服王と言えども征服範囲が広すぎます。俺はあんたのΩじゃない!~あるβの嘆き~

作者: 鉤尻尾

※注意

この物語はフィクションです。

登場人物は歴史上の人物をモデルにしていますが、別人物、作り話です。

「あぁ、今日も良い陽射しだ」


 ディオは()()とする横倒しになった大甕(おおかめ)から、上半身を日光の下にだらしなく出し呟いた。

 冬が訪れようとする、ある昼下がりのことである。


 暫くディオが目を瞑り、日向ぼっこを楽しんでいると、βでも分かる背筋がぞっとする威圧感と共に、影が現れディオから太陽を奪った。


(この男、またか……)


 奪われた陽射しと、威圧感のせいでディオの周りの空気が冷えたように感じる。

 ディオは威圧感と影の主に抗議するために目を開いた。


◆◆◆


 ディオはシノペの町(※現在のトルコ)で生まれた鋳造家(ちゅうぞうか)の一人息子だった。

 αで公金を扱う鋳造家の父と、Ωで哲学者の母の、運命の番である2人の間に生まれた。αとΩの間の子にしては珍しく、“何も持たないβ”だ。

 しかしディオは“何も持たないβ”の割に、良く回る頭と口、絹のように白い肌、優し気な整った顔立ち、輝く白銀の髪、大海のように深い青の瞳と、多くの物を持っていた。

 何より両親の愛に恵まれていた。


 母は身体が弱くディオが幼い頃に亡くなったが、それでも優しかったことをディオは覚えている。

 父は元々愛情深い父親だったが、母が亡くなってからは、母の分までディオを愛そうとしてくれた。

 忙しい合間を縫って、ディオの勉強を見て、食事を用意し、話を聞いて、話をしてくれた。ディオも自然と父を慕い、次第に父の鋳造の仕事を手伝うようになった。


 きっと将来は鋳造家になる。優れた容姿で町の娘達に持て囃されていたディオは、自信に満ち溢れ、将来を疑いもしなかった。


 そんなディオの家族と、生活と、将来が一瞬で崩れ去ったのはディオが15歳の時だった。父が贋造(がんぞう)の罪(※贋金作りの罪)で告訴されてしまったのである。

 実際には、別の都市で造られる贋金を炙り出すために、貨幣を改造したに過ぎなかった。 しかしそれを実際の贋造犯に逆手に取られた。

 ディオは父の手によりなんとか国外に逃がされたが、父は捕えられ獄死した。ディオが父の末路を知ったのは、国を逃れるために乗った商船の上だった。


 悲しみに暮れる間もなく、大海の波の如く苦難はさらにディオを襲う。

 商船の主に騙され奴隷としてえげつない好色家に売られそうになり、ディオは性奴隷にされる危機を免れるため、よく回る口を駆使し自分が操れそうなコリントス人の交易商に自分を買わせることにした。

 口八丁でディオを買わされたコリントス人のニアデスは、若くして妻を亡くした男やもめだった。交易の帰りの船でディオと出会ったが、丁度家事と幼い子供達の世話をする者を探していたのだ。

 だからディオはニアデスに己を買わせて、自分の代金が返済できるまで、コリントス(※ギリシャの都市)のニアデスの家で“奴隷”として家事と育児に励むことになったのである。

 その期間は4年に及んだ。

 手先が器用で、教養にも富むディオは家事と育児を完璧に行い、ニアデスに重宝された。ニアデスは良い主人であったし、年の離れた兄のようでもあり、幼い子供達もディオを家族のように慕ってくれていた。

 けれどニアデス達は主人であり、ディオは奴隷。友人でもなければ、勿論家族でもない。

 ディオが自分の代金を労働で返済し、“奴隷”身分から解放されたのは19歳の時だった。


◆◆◆


「行くのか?」

 ニアデスの家を出ようとするディオに、別れを惜しむようにニアデスが問い掛けた。

「あぁ。あんた達はアテナイ(※ギリシャの首都)に移り住むって言うし、子供達は大きくなって、もう世話が必要な年齢でもないだろう」

 ディオはニアデスの視線を振り切るように、ニアデスの家の扉を開いた。

 高台に建つこの家からはコリントスの町が一望できる。

「前にも言ったが、……一緒にアテナイに行かないか?」

「私はもう奴隷ではないし、あんた達の家族でもない。一緒に行く理由がないよ」

 この決断を寂しくないと、不安でないと、言い切れる自信はなかった。

 けれど“何かを持っていて”も父のように奪われるのだ。

  市民権のあるシノペを追われた以上、奴隷でなくなった以上、ディオは今や本当に“何も持たないβ”だ。

 友人でも、家族でもない、“全てを持つα”であるニアデス達と一生一緒に居られる保証はどこにもない。

 だから、失うぐらいなら、何も持たないまま自由に生きよう。そう決めた。

「何かあれば、アテナイを訪ねて来い」

 一人で生きる。そう自分を鼓舞するディオにニアデスは言った。それがニアデスの餞別の言葉だった。


◆◆◆


「……意地を張らずに付いていくべきだったか?」

 暗闇の中、神殿近くの路地で路頭に迷うディオは呟いた。

 コリントスの市民でもないディオを雇ってくれる処はなかった。

 住む処もなく途方に暮れていると、ディオの前を灰色の鼠が通った。食う物がありそうでもないのに、何のためかも分からないが走り回っている。

 寝床を探すでもなく、暗闇を怖がるでもなく、食い物を求めるでもなく、走り回っている鼠を見てディオは悟った。

「まぁ“何も持たない鼠”も何とか生き長らえられるのだ。“何も持たないβ”も何とかなるだろう」

 自暴自棄の境地に至ったとも言える。

 ディオは神殿前の大通りに捨てられた大甕を綺麗にし、その中に住み始めた。

 コリントスの人々は甕に住み始めた異邦人に興味を持った。

 その異邦人が身綺麗にしていれば美しいとも言える人なのに、やる事なす事破天荒であることも興味を持った理由である。

 ある人は、彼に飯を与えた。

 ある人は、彼を公衆浴場に連れて行った。

 人々の興味のお陰で、ディオは甕を棲み処にしても、何とか生きていられた。


  勿論、人々の興味は良いことばかりではない。

 ある日、意地の悪い人がディオを宴会に連れて行き、ディオを犬に見立ててからかった。ディオに鳥の骨を投げつけたのだ。

 ある人は喜び囃し立て、ある人は見て見ぬ振りをして、ある人は顔を顰めた。

 ディオは落ち着き払って、犬のように片足を上げたかと思ったら、彼を蔑み笑った者達に小便を引っ掛けた。

 ディオは優し気な麗人のような見た目だったが、ディオの心は野犬だったのだ。


 この話を人々はさらに面白がり、ディオと問答したがった。頭の回転が早いディオとの問答は面白く、いつしかディオは人々に「犬賢人」と呼ばれるようになった。


 ディオのどこを気に入ったのか、たまに無償でディオをその寝床に引き込んでくれる高級娼婦のフリューネは、寝物語として笑いながら言った。

「そう言えば、あるお客があんたに興味を持っていたわよ」

「客?」

 ディオは美しい顔を嫌そうに歪めた。フリューネの客は権力者ばかりだ。権力に良い思い出がないディオは、その思いが顔に出てしまったのだ。

「……あんたのその美しい顔に似合わない中身が面白いのよ。あの方も、そこに興味を持ったんでしょうね」

 フリューネは笑ったが、ディオは聞かなかったフリをした。


 その数日後、ぞろぞろと足音がして、大甕の前で日向ぼっこするディオの上に影が差し人が立った。

 凄い威圧感だ。

 どこかの馬鹿なαが喧嘩を売っているのか?ディオが嫌そうにうっすらと目を開けると、そこには大勢の供を引き連れて、20歳のディオと同年ぐらいの男が立っていた。

 その男は長身の部類に入るディオよりさらに頭半分程は上背があり、逞しい体つきだった。何より太陽のように黄金にけぶる髪と、健康的な肌色、はっきりと彫りの深い精悍な顔付き、大地のような茶色の左目と、森林のような鮮やかな緑色の右目が印象的な美丈夫だった。

 ディオはその男を見て、白けた。

 何だ?何もかも持ってやがるαが喧嘩売ってんのか?


「お前が挨拶に来ないので、俺から来てやったぞ」

 男は、そんな所も秀でてやがるのか、と思うような美声で、気違いじみたことを宣った。

 因みにディオにはこんな知り合いは居ない。どうして挨拶になど行けようか。

 これには破天荒で知られるディオもたまげた。こいつ何だって?というか誰だ?

 ディオの疑問が顔に出ていたのだろう、男の隣に立っていた供の一人、βのディオにははっきりとは分からなかったが恐らくαで、男よりさらに長身で黒髪の美男が、その男に耳打ちした。そこでやっと、思い出したように男が名乗った。


「私がアレクサンダー大王である」


 いや、そんな「万人があんたを知っていて当然」みたいな尊大な名乗り方があるか?とディオは思ったが、実際のところディオは知っていた。


「アレクサンダー大王」その人こそ、今ディオが居るマケドニア王国の若きバシレウス(※王)である。


 フリューネが言っていた「客」とは大王のことだったのか。馬鹿じゃないディオはフリューネの言葉を即座に思い出し、頭が痛くなった。


 大王に名乗らせておいて、名乗らない訳にもいかないので仕方なくディオも名乗る。

「私は犬のディオです」

 そこらにいる野犬みたいなものですよ~。あなたが気にするような者じゃありませんよ~。そういう意思表明で。

 しかし、この名乗りは逆に大王の興味を引いてしまったようだった。

「ほぅ」

 目を細めた大王は尋ねた。

「では、犬のディオよ。お前は私に何か叶えて欲しい希望はないか?」

 この問いにディオは率直に答えた。

「ございます。貴方様方にそこに立たれると日陰になるので、日向ぼっこできません。どいてください」

 興味本位で来たのならもう用もないだろ、消えてくれ。言外にディオはそう言った。

 大王はディオのそんな無欲で不遜な物言いに呆気に取られたようだった。

「…………。それは、すまなかった」

 暫し唖然とした大王は、素直にそう呟くと供を連れてその場を去った。

 マケドニア王はどうやら気違いではあるが、馬鹿ではないらしい。


 よし!勝った。これでもう日照権を脅かされることはないだろ。

 ディオはそう思った。しかし、その考えは甘かった。


 毎日のように大王はディオのもとを訪れ、同じやり取りを繰り返すようになってしまったのだ。

 この大王は暇なのか?というか、なぜ大王がコリントスに居る?

 ディオの疑問はそのままに、いつもの問答を繰り返した後に、他愛ない話をして帰って行くまでが大王の“お決まり”になった。


 ある日、大王の供であるあの黒髪の美男、名をファイスティオンという、がディオに言った。


「大王は初めてお前に会った帰りに、こう仰った。『私がもしアレクサンダーでなかったらディオになりたい』と」


 藪蛇!

 ディオは頭を抱えた。

 どうやらディオの自由かつ自堕落な態度は、大王の興味を強く引いてしまったらしい。


◆◆◆


 そして、話は冒頭に戻る。

 この日も、陽射しを遮った大王はディオに言った。

「犬のディオよ。今日、お前は私に何か叶えて欲しい希望はないか?」

 ディオはいつも通り答えた。

「ございます。貴方様方にそこに立たれると日陰になるので、日向ぼっこできません。どいてください」

 大王は静かに横にどいた。

 しかし、いつもは始まるはずの他愛ない話が今日は始まらず、威圧感の増した大王はもう一度ディオに尋ねた。

「この私に他に望むことはないと言うのか?」

 ディオは間髪入れずに答えた。

「ございません」

「………」

 αである大王の放つ威圧感がさらに増す。

 ディオは曇り行く寒空の下、人知れず冷や汗をかいた。

 そんなディオに「お前は、私が恐ろしくないのか」と大王が静かに訊ねた。

ディオはこの問の答えに間違えれば命がないのではないか?と思いつつ大王に訊ね返した。

「あなたは何者なのですか。善人なのですか?それとも悪人なのですか?」

「……勿論、善人だ」大王は答えた。

 掛かった!ディオは大王の答えに笑み言った。

「それでは、誰が善人を恐れるでしょうか」

 これで下手に俺に手出しできまい。そう、ほくそ笑んで。


 その数日後だ。大王の意向で、ディオの棲み処の大甕の前に、礼拝台が建つことになった。

 そのせいでディオの日照権は丸っと奪われることになったのである。


◆◆◆


 ディオは、珍しくアレクサンダー大王の訪れを待った。

 数日後、いつものように訪れた大王はいつも通りディオに尋ねた。

「犬のディオよ。今日、お前は私に何か叶えて欲しい希望はないか?」

 大王を睨み付けてディオは答えた。

「ございます。私は太陽の光に当たりたいのです。大王様が私から奪った、太陽の光に当たる権利を私にお返しください」

 大王はディオの答えに目を細め、問い返した。

「お前は太陽の光が欲しいと言うのだな?」

「そうです」

 ディオが頷く。

 大王が笑みを深くした。

「良かろう。私は明日より、太陽が出る東国に遠征に出る。犬のディオよ。お前には、従者として私に追従することを許可してやる」

「は?」

唖然とするディオに、大王は屈託のない子供みたいに言った。

「太陽に当たりたいのだろう?私が太陽に当たれる所に連れて行ってやる」

太陽みたいな笑顔で。

「はぁ~!?」

(絶対に、嫌だ!!)

寒空の影の下、ディオの悲鳴が響いた。


◆◆◆


これが「何も持たないβ」であるディオと、ディオの「唯一の太陽」であり、「運命のα」となるアレクサンダー大王との、恋と東征の旅の始まりであった。


◆◆◆


「ところでお前、匂うぞ」

アレクサンダー大王が鼻をひくつかせる。

不貞腐れた風なディオが、自分の臭いを犬のように嗅ぎながら言った。

「……まぁ、20日間浴場に行っていないので、臭いもするでしょう」

「…………。分かった。お前はまず浴場に連れて行こう」

大王は心なしかディオから遠ざかった。


(序章短編ー完ー)

ご覧くださりありがとうございます。

オメガバラブコメBLの序章にあたる短編です。

続きがあり、こんなタイトル・始まり方に反する、ラブコメではあるけれど、ドラマチックなオメガバ長編BLになる予定です。続編は途中からR18になります。

「続きが見たいよ」と言ってくださる方は、ポイント・ブックマークいただけると励みになります。


以下、続編の登場人物。


ディオ……20歳。β(?)。故国を追われコリントスの大甕に住んでいた「犬賢人」。「シノペも征服してやる」というアレクサンダー大王の言葉に、「ざまぁ」精神を出してアレクサンダー大王の従者として東方遠征に付いて行くことを決めた。白い肌に、銀の髪、青い瞳、美しい顔の美人。心根は野犬。変人。


アレクサンダー大王……20歳。α。マケドニアの大王。逞しい長身、黄金の髪、精悍な顔、茶色と緑色の左右で違う色の瞳の美丈夫。屈託ない傲慢さのある太陽のような人。とてつもなく粘り強い。変人。ディオのことを当初、故国を追われ、路上生活を始めた不憫かつ変なΩだと思っていた。αとΩの両親の不仲により、Ωとの恋に消極的。既に2人の妃と1人の息子が居る。


ニアデス……30歳。α。コリントス人。奴隷として売られたディオを買わされた交易商。2人の子供が居る男やもめ。ディオにとっては兄のような存在だが……?


ファイスティオン……25歳。α。アレクサンダー大王よりも長身で逞しい身体付きの黒髪の美男。アレクサンダー大王の側近護衛官、兼親友。一部の者からはアレクサンダー大王の恋人だと思われている。


・パーゴラ……ペルシャ人のΩの少年。踊り子。


ロクサネ……アレクサンダー大王の第1妃。アケメネス朝ペルシャの領土バクトリア貴族の娘。β。アレクサンダー大王の息子を産む。


バルシネ……アレクサンダー大王の第2妃。アケメネス朝ペルシャ王ダレイオスの娘。α。

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