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第ニ話 自己嫌悪と帰り道 (後編)

 それはそう、まさに狐そのものであった。


彼女、いや目の前の狐は前かがみでこちらの様子を伺っている。

よだれを垂らし今にも掴みかからんばかりに開いた両指十本が僕の方を狙っている。

好意がないことはエスパーでない僕でもわかった。

僕に向けられた明らかな敵意。

含まれあ殺意。




「これは……まずい……」




さらに1歩後ずさりする。

後ろに退いた左足が階段の最上段の淵にかかる。



……これ以上は無理だ。



この階段、上から眺めてみると思った以上の傾斜がある。



……ここから転げたら死ねるな。



素直にそう思った。






 彼女が両足に力を込める。


一瞬の静寂。









次の瞬間、狐顔の彼女が一気に距離をつめる。


僕目掛けて飛びかかってくる。




「うわぁ――――――――――――――――っっ!!」




下手くそな前転をするように、飛び掛ってくる彼女の下を転げて辛うじて避ける。

しかし狐は綺麗に前足で着地すると、すぐさま方向転換しこちらへ飛んでくる。

人間とは思えない身のこなし。


 大きく振りかぶった彼女の右爪が、体勢もままならなく仰け反った僕の右肩をかすめる。

肩に彼女の爪が食い込む感覚があった。

瞬間的に痛みが走る。

肩の肉が削げる感覚。

僕は神社を背に尻餅をついた。

右肩周辺のシャツが破れた、と同時に肩に熱いものを感じる。

見ると鮮血がシャツを汚していた。





「マジで、マジでやばいっ……」





狐は血のついた自分の指を舐めるとさらに息を荒げ興奮した。

笑い声に似た甲高い鳴き声が薄暗い森に響く。


生まれて初めて死に直面する感覚。

両足が大きく震えだす。




「……俺が、俺が何したって言うんだよっ!!」




不安と恐怖からそう叫んだ。

自分が涙目になっていることに気付く。

肩の傷から血が次々に溢れてくる。

傷ついた自分の肩に目を落とす。



このまま……食われておしまいかよ。



最悪の予感が頭をよぎる。


薄暗い神社に横たわり、クラスメイトにはらわたを貪られる。

食事が終わった九重は、やがて暗がりの奥へ消えていく。

肉塊として残った僕。


そんな妄想が頭を駆け巡る。




「……食われてたまるか、化け物めっ」




僕の眼は、人間とは思えなくなってしまった九重を睨み付けていた。

ギュッ、と右肩を抑えつつ立ち上がった。

狐はいよいよ姿勢を正し僕を狙いに入ったようだ。


じっくりとこちらを観察している。


興奮が次第に小さくなっていくのがわかった。


呼吸を整える彼女。


次には全力で飛び掛ってくるだろうこと。

それは静脈の浮き出た全身の皮膚が物語っていた。

僕は血まみれの左手を右肩からはなすと、同じように呼吸を整えた。



「……ろくなことはないな」



そう呟いた。

目尻の涙は乾いていた。




「うまくいくかな……」




右手を何度か、開いては閉じてみる。


狐のタイミングを伺う。






 次の瞬間に狐が地面を強く蹴った。

一瞬で縮まる二人の距離。

狐の顔がぐんぐん大きくなる。

恐ろしい形相が僕に対して直進してくる。


僕は肩の痛みも忘れて右手を後ろに大きく振りかぶった。

狐はもう目の前に迫っていた。

無我夢中で振りかぶった右手を、砲丸投げの要領で思い切り突き出した。


僕の手が一瞬早く狐の額を捕らえる。

クラスメイトの額をこれでもかと強く掴んだ。



九重を掴んだ指先から光がこぼれだす。

その光は僕ら二人を激しく包み込んだ。



淡い紫の光。



退魔と浄化の光。






 紫の光が終焉していくにつれて九重の顔も普段のクラスメイトの彼女の顔に戻っていった。

彼女の身体から不意に力が抜ける。

気を失って倒れかかる九重。

寸前で僕は九重を抱きかかえた。


ギリギリセーフ。


彼女に憑依していた狐はどうやら消えてくれたらしい。

彼女を支えたまま安堵の表情を浮かべる。




「好奇心は命取りか……」




ろくなことはないんだよな、だから。




御白みしろ みそぎ、高校二年生、これといった特技なし。

短所は星の数ほどあるが……。





特筆すべき短所、ビビりでチキンで退魔師えくそしすと







 すでに日は完全に沈んでいた。

古びた神社の縁側に腰掛けている僕と、その隣で横たわる九重。

気を失っているだけだろう、落ち着いている彼女の呼吸はそんな安心感を与えてくれた。


 右肩の血はすでに止まりかけている、この分なら傷はそう深くはないだろう。

周囲はすでに真っ暗で明かりはと言えば月の光、そして遠くからこぼれて来る街の明かりだけだった。

それでも僕らの頭上は、高く伸びた木々が円形の輪を作り、星々を写していた。

月の光がそのまま降り注いでくるので、この場所は周囲よりもだいぶ明るかった。

それはまるで優しいスポットライトのようである。

円形に抜けてくる月光に照らされて神社と僕らの情景は、さながら幻想的な絵画のようではないか、そんなことを考えていた。





「さて……、彼女になんて説明しよう……」





僕は思索を巡らせていた。

隣の穏やかな顔をして横たわっているクラスメイトを眺める。

この上なく静かに眠っている。

何気なく彼女の身体に目をやる。


じっくりと九重を観察したことはないが、見れば見るほどに豊かにバストをしている。


気が付けば目は釘付けになっていた。

はっ、と気が付いて目をそらす。

全身の血流が速くなる。

顔が熱くなるのを感じた。

止まりかけていた出血がぶり返すのではと、僕は右肩を確認していた。




「こんなときに何してんだ、僕は……」




はぁ、と頭を抱えて小さなため息をついた。



「うっ、うぅん……」



隣の九重が言葉を漏らした。

間もなく目覚めるだろう。


……どう説明したもんか。



人気のない裏山の山頂の神社でこんな時間に二人きり、それだけでも十分異常な事態なのに加えて、その二人きりでいた男子はよく知りもしないクラスメイトでしかも右肩に出血するほどの怪我を負っていて、しかも怪我の原因は九重、いや厳密には九重に憑依した狐のような何かにあって……。




「………………………」




この事態を九重に納得させられる巧弁が思いつくなら、末は作家にでもなれそうだな。

再び小さなため息をついた。



「しかし、まあとりあえず……」


彼女への第一声は決まったな。










何もやましいことはない、だ。



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