05.私は何も知りません
やっとのことで泣き止んだ私は、恥ずかしくなりながらウェルナーク様とラーベに連れられ、紅茶の間へと向かった。このお屋敷には大広間もあるそうだけれど、普段は使わないらしい。
日々の食事は台所の隣にある紅茶の間でするそうだ。とはいえ紅茶の間だけでも私の部屋より広く、高そうな家具が置かれている。
「あの……私……」
そこで私は椅子に座らされていた。目の前のテーブルにはウェルナーク様とラーベが手際よく料理を並べていく。ぴかぴかの食器、ほかほかと湯気の出る見たこともない料理の数々……。
「全部、温めるだけでいいんだね」
「そうしてくれと言ったからな。帰ってから時間がかかるのは良くない」
「私も手伝いのですけれど……っ」
「うにゃ。そこで座っていてよ」
「もう少しで終わるから。待っていてくれ」
「うぅ……」
その言葉が嘘のない優しさだと今は信じられる。だからこそ優しさが怖い。
もしこの優しさに慣れてしまったら、あの離れに戻れなくなってしまいそうだった。
料理が並べ終わると三人で座り、そのまま食事を始める。他愛のないお喋りと温かい料理――ウェルナーク様がお仕事先からもらってきた料理らしい。
さすがの私もフォークとナイフくらいは扱える……でもウェルナーク様の食事の仕方には全然及ばない。優雅にウェルナーク様のナイフとフォークが動く。ちなみにラーベはウェルナーク様の差し出すフォークからうにゃうにゃと食べていた。
絶妙なタイミングでラーベにも食べてもらっている……。まるでウェルナーク様の腕だけが別の生き物みたいだった。私はそこまで腕が動かない。
「このぷりっとこってりとした料理は……」
食事しながら、私は食べたことのなかった料理や食材を聞いていく。多少でも知っておくのが礼儀な気がしたからだ。あとは美味しい料理は自分でも作れるようになれたら――ウェルナーク様もラーベも喜ぶかもしれない。
「エビとチーズ包みだ。スパイスが少し効いているが大丈夫か?」
「平気です……むしろ味が濃くて、んっ、温かいとチーズもこんなに美味しいのですね」
次に私は真っ赤で細長い何かをフォークで巻き取って食べた。んむ、酸味が美味しい! でも全然正体がわからない料理だ。
「にゃ、それはトマトソーススパゲッティだね」
「へぇ……この細長いの、少しパンみたいな風味がありますね」
「パンと同じ材料からできているからな」
「これがパンと同じ材料から……お料理って不思議です」
私が正直な感想を言うたび、ウェルナーク様が少し動きを止める。ちょっとだけ困ったという感じだ――でもアルティラ様との会話で、私は正直なほうがいいと学んでいた。だめなら多分何か言われるだろうし……。
こうして私は美味しい食事を終え、次にお風呂へ案内された。ウェルナーク様が持ってきた料理に夢中で、自作パフェの出番はなかったけれど――これで良かった。あの料理に比べたらパフェは眠らせておいたほうがいい。
ここのお屋敷は何もかも私の住んでいた離れより大きいけれど、お風呂もこちらのほうが数倍広い。しかもぴかぴかと白く輝く石が使われていて、なんだか身体の芯にまで熱が入りそうだ。お風呂の構造は離れにあるものとほとんど同じなので、扱うのに問題はなさそうだった。いつの間にか湯も張ってある。早く入りたくなってきた。
脱衣所も広々として開放的だ。ラーベがかごをすっと私の足元に差し出す。
「先に入って、ゆっくりしなよ」
「はい、ありがとうございます……!」
ここは遠慮しないで入らせてもらおう!
離れでもお風呂だけはゆったり過ごせる時間だった。アルティラ様も絶対に入って来なかったからだ。
と、そこでウェルナーク様が懐から腕輪とブローチを取り出す。ブローチはシンプルなデザインだけど、腕輪は小さな宝石が色々とくっついていて、かなり大きい。
「あと風呂の最中はこの腕輪をつけていてくれ。これは俺のブローチと対になっていて、魔力の異常を感知すると振動して知らせてくれる」
ウェルナーク様が紅い瞳を少しだけ輝かせる。すると腕輪が淡く光り、ブローチがぶぶぶーっと震えた。
「なるほど、これでお風呂でも安心ですね!」
「そういうことだ。少しサイズが合っていないが、肘の近くにでも……」
私はぎゅっぎゅっと腕輪を肘の近くまで押し込む。よし、これで動かない。
「これで大丈夫ですね!」
「ああ、じゃあゆっくりと――」
私はさっと衣服に手をかけて、脱ごうとした。が、ウェルナーク様が素早く私の腕を止める。
「待て! 脱ぐのは俺が脱衣所を出てからにしてくれ!」
「そ、そういうものなのですか?」
「そうだ……。そういうものだ」
初めて知った。元々、脱衣所に他の人がいることなどなかったのだけれど。
ウェルナーク様が急いで止めるほど、まずい行為だったらしい。
「ごめんなさい……」
「いや――怒っているわけじゃないんだ。悪かった、大きな声を出してしまって」
「そんな、ウェルナーク様は別に……」
「……謝らなくていいんだ」
ウェルナーク様が私を見つめる。怒っているわけではない。なぜか悲しんでいるようだった。
「でも……私には、謝ることしか……」
「そうなるようにしたのは、君がいた環境のせいだ」
「………そう、かもしれません。私の知っている常識とウェルナーク様の知っている常識には、かなりの違いがあります。でも、だとしたら私は――どうすればいいのでしょう?」
答えなんかないとわかっていた。ウェルナーク様は行きがかりで私を助けただけだ。
ただお仕事中に私と出会っただけ。深い理由なんかあるわけがなかった。
幸せな時間を過ごしながら、私は見ない振りをしていた。この生活は長く続くのだろうか。アルティラ様の元にまた帰ることになるのではないか、と。
アルティラ様とまた暮らすのも、あの『オークション』に逆戻りするのも私は嫌だった。でも、だからと言ってどうすればいいのだろう?
だけど思ってもみなかったことに、ウェルナーク様は静かに断言した。
「それについては、少し考えがある」
「えっ……?」
「君自身の持つ大きな可能性に、君も気付いていない――俺には確信がある。とりあえずお風呂に入って、落ち着くといい」
「そだよー。まずはゆっくり温まってね」
私が目を丸くしていると、ウェルナーク様とラーベは脱衣所から出ていった。
私はずっと馬鹿、グズ、間抜けと言われてきた。多分、それは本当なのだろう。
ウェルナーク様やラーベの知っていること、できることが私にはできない。
でも……ウェルナーク様は私に可能性があると言った。
(本当に、そんな素晴らしいものが私にあるのでしょうか……?)
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