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03.審問官【ウェルナーク視点】

 審問官である俺は、ラニエス帝国の公安庁、審問局に戻ってきていた。魔法の乱用を取り締まる審問局は今日も忙しいとしか言いようがない。


 事件を捜査して片付けてもすぐに次の事件が舞い込んでくる。黒塗りの古風な部屋で、俺は上司で審問局長のエルド・ブレア公爵に事の経緯を説明していた。


 とはいえ、先に俺の部下によっておおまかなことはすでに報告されている。問題となるのは――人身売買のオークションに出品されていた少女のことであった。


 フリージアの見た目は15歳ほど、痩せていて青い髪、しかし身体の数か所にあざがある。落ち着いた話し方をして、ごめんなさいが口癖――だが本当に異様な点を抱えている。


 エルドは茶色の髪先を転がす。判断に迷うときにいつもしている癖だった。フリージアのことを話していると胸がずきりと痛む。


「なるほど、リンゴもハチミツも知らない少女か……」

「身体にはいくつもあざがあり、虐待が疑われます。言葉遣いは丁寧ですが、知識も非常に偏った状態です。普通の生活を送っていたとは思えません」


 俺は懐から銀細工のペンダントを取り出した。先ほど、フリージアを助けた魔道具である。エルドが軽く身を乗り出す。


「オリーブの紋章――聖女を模したペンダントか。かなりの魔力がある。相当な値打ち物だな」

「いいえ、魔力が空になって役立たずの代物でした」

「なんだと? どう見ても一級の魔道具じゃないか。ドラゴンに踏まれても大丈夫そうなほど守護の魔力があるぞ」


 エルドが訝しむ。それは当然だった。

 俺も知らなければ同じように答えただろう。


「フリージアが突然、魔力過多症を示しました。やむを得ず、私の屋敷に急行してこのペンダントに魔力を流し込んだのです。その1回で、これだけの魔力が充填されました」

「本当か? ちょっと貸してくれ」


 エルドにペンダントを渡す。聖女ラニエスを象徴したオリーブの刻印と銀細工のペンダントは、ここでは非常にありふれたペンダントだ。帝国で暮らしている人間なら、平民であってもお守り代わりに持ち歩く。


「ううむ……確かに魔力が……しかし、魔力過多症でそんなことができたのか? 聞いたことがない」

「……フリージアは普通の少女ではありません」

「君の真紅の瞳で見ても、か」

「オークションの黒幕も含め、謎が多すぎます」


 俺の瞳には魔力が宿っている。真偽を見抜き、魔力の流れを捉える。その全てが彼女が尋常ではない存在だと告げていた。


「ふう……しかしそうなると少々厄介だぞ。オークションの黒幕に迫れん」

「やはり逮捕者や押収した物品からは無理そうですか」

「あいつらは使い捨ての駒だ。書類も暗号化されたり、偽装された物が多い――今のところ、あのアルティラ嬢とフリージア嬢が鍵になるな」


 エルドが椅子に深く座り込み、窓の外の曇り空を見る。


「アルティラ嬢の拘束についても長期間は無理だ。伯爵家からすでに抗議も来ている」

「面の皮の厚い連中ですね……」


 俺は毒づいた。フリージアとどういう関係であるのか、アルティラからも情報を得なければならないだろう。役に立つことを喋ってくれればいいが。


「まぁ、お前にはその瞳がある。あのアルティラ嬢もお前には口が滑らかになるんじゃないか?」

「……気は進みません」


 俺の紅い瞳は女性に対して強烈なフェロモンのように作用する。そのせいで家族でも社交界でも良い思い出が全くない。『私のものになれ』『俺の女を狙った』『魔性の男』だの――そのせいですっかり夜会にも出なくなった。


 人間不信の騎士、それが今の俺だが困ることは何もない。


「俺にとっては羨ましい限りだがな」

「この魅了の力だけは他人に譲りたいくらいですよ」

「ふっ……その魅了はフリージア嬢には効いたのか?」

「いえ、効きませんでした」

「なるほど、その点でもやはり特別だな」


 フリージアも俺の紅い瞳を見たはずだが、その影響はなさそうだった。普通なら俺に対して恋愛感情や執着心を見せる。

 経験上、思春期前の子どもだったり魔力が強いと効果が減るのは確かだが。アルティラは極端すぎるにしても、フリージアほど影響がないのは初めてだった。


 これは彼女が『普通でない環境』で育ってきたせいかもしれない。あるいは体内の魔力が作用しているのか。


「いずれにしろアルティラ嬢とフリージアからきちんと情報を引き出すように」

「承知しました。フリージアについては……」

「公安局で引き取っても構わん。お前の屋敷に置いておく必要はない」

「…………」


 それはその通り、公安局であれば安全だ。

 だが、俺の心の中がざわめく。あの少女を公安局に送って、本当にいいものだろうか。とても普通の取り調べができるとは思えない。


 それにこの件が終わったら、フリージアはどうなるのだろうか?

 帰る家、フリージアの状態、これからの未来――明るい結末が待っているとはとても言い難い。


「どうした? 何も問題はないだろう」

「ええ、確かに……」

「いつも即断即決のお前が珍しいな。何がひっかかっている?」


 ここに来るまで少し考えていたこと。

 普段の自分ではあり得ない選択だとわかっていたが、俺はエルドに答えた。


「俺が預かるのではダメでしょうか?」

「……なんだと?」

「俺の屋敷には精霊がいて、手出しはできません」


 屋敷にいるのは俺とラーベだけだ。精霊は純粋な魔力の生き物で、結び付いた土地や物の近くでは強大な力を発揮できる。屋敷にフリージアを置いたのも、まさしく安全だからだ。


 ラーベならフリージアともうまく付き合えるだろう。

 かつて、最悪の少年時代を送っていた俺を救ってくれたのがラーベだから。


「フリージアの今の状態では、すぐに情報を得るのは難しいでしょう」

「人から距離を取っているお前が、そんなことを言うとはな」

「……職務上ではこれがベストなはずです」

「ふむ……まぁ、これほど特殊な案件だしな。わかった、お前に一任しよう。アルティラ嬢を拘束できるのは1週間くらいだ。その間に必要な情報を得ること――黒幕へ迫るためのな」

「ありがとうございます」


 エルドはたまにいらないことを言うが、仕事には忠実だ。


「そして聖女ラニエス――建国の聖女の末裔か」

「あながち、でたらめではないかもしれません」


 1000年前、聖女ラニエスは突如現れて戦乱をまとめ、魔獣を打ち倒して強大な王国を打ち立てた。今のラニエス帝国皇帝は聖女の末裔ではないものの、その王国の後継を名乗っている。理念的、精神的には後継ということだ。


 聖女ラニエスは4人の子どもを産んだ。そのうち1人が王国を継ぎ、残りの3人は母のように人々を救うため旅立ったとされる。そのため、今でも聖女ラニエスの末裔については伝説や嘘が多い。


「聖女関連は騒ぐ貴族がいるかもしれん。深入りしなくていい。まずはこの闇のオークション――帝国を蝕む毒を片付ける」

「必ずや」


 少なくとも違法な人身売買を計画していたのは確かだ。こうした悪の経済圏は帝国の秩序を揺るがし、他にも良からぬことの資金源になる。


 フリージアは間違いなく、その犠牲者だ。

 悪の根をひとつずつ地道に断ち切り、正義と秩序を守る――それが俺の役割であり、職務だ。


「そういえば、今夜はどうするんだ? 祝宴会があるぞ」

「……俺はやめておきます」


 事件は終わっていないが、あれだけの逮捕劇だった。組織として人員を労う必要があるのは確かだろう。しかし俺はすっと立ち上がった。エルドはやれやれ、というように俺を見上げる。


「なら祝宴会の料理を少し持って帰れ。お前がそういうかもと思って、用意はしてある」

「いいですね、そのほうがずっといい」


 この辺り、エルドは組織人として気が利く。遠慮なくそうしてもらおう。


 時計を見るとすでに夕方近い。帰るにはちょうどいい時間だ。

 フリージアとの約束は問題なく守れるだろう。


 フリージアのことを考えると、胸が苦しくなる。その理由はわかっていた。

 ――ごめんなさい。

 この紅い魔眼が目覚めるまで、家族から疎まれていた俺の口癖でもあったからだ。

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