23.目が覚めて
どれくらい時間が経っただろうか。私は唸りながら目を覚ます。最初に見たのは、嬉しそうにしているミーナとラーベの顔だった。
「あっ……うぅ……」
「ああ、よかった! 目が覚めたのね!」
「ラーベ、ミーナ……ここはウェルナーク様のお屋敷?」
「んにゃ。そーだよ」
ふかふかのベッドともう見慣れた部屋の中。ああ、帰ってこれたんだと心の底からほっとした。身体がだるいけれど、気を失ったときよりはかなりマシだった。
「私は……あ、ウェルナーク様は!?」
「待って待って。慌てないで、順番に説明するから」
「そうそう、ハチミツジュースでも飲んで」
ラーベが私のそばを離れ、テーブルの上にある木のコップを持ってくる。ゆったりと揺れる黄色の飲み物を口に含むと、心が落ち着いてきた。
「まずあなたは丸一日寝ていたの。それで今、ウェルナーク様はお仕事中よ」
丸一日も……!?
そんなに寝たことなどなかったので、そっちのほうが驚きだった。
「魔力を使いすぎて、身体が耐えきれなくなったのよ。はぁ……でもラーベを助けるためだものね。この程度で済んで良かったと思うしかありませんわ」
「うにゃ、実験のときとは魔力の出方が違ったからね」
「は、はぁ……魔法というのも便利なばかりじゃないんですね」
「でも、あなたを助けたのも結局は魔法よ。ウェルナーク様が倒れたあなたをつきっきりで看病したんだから。私は交代で来ただけで、特に何もしてないし」
「いえ――ミーナを見て、すごく安心できました。ありがとうございます。」
「そう? なら良かったわ」
「ちなみに僕も無事だよ。君のおかげでね」
ラーベが顔をこちらに向けたまま、すいーと私のベッドの上を飛ぶ。
「お礼に僕のしっぽを撫でる権利をあげよう」
「おお……ついに触らせてくれるんですね」
ラーベのしっぽはこれまで触るのを拒否されていたところだったので、これはとても嬉しいことだった。ラーベが布団の上、撫でるのにちょうどいい場所へ着地する。
「アルティラ・ベルダとブレア公爵は逮捕されたわ。どういう罪状かは今後次第だけど……アルティラ・ベルダはかなり重い罪になるんじゃないかしら」
「殺人未遂だからね。これまでとは訳が違うよ」
「……私としては二度と会いたくないですね」
これまで言えなかったことが口から出た。でも、もういままでの私とは違う。私にも意志があり、それを貫く強さもあるのだから。
そしてラーベを撫でようと布団の中から手を出してみて――私は気付いた。左手にしていた指輪にいくつもひびが入り、石も透明に戻っている。
「ああ、これ! どうしてひびがっ……!」
私が悲鳴を漏らすとミーナがふぅと息を吐いた。
「ん、それはね……あなたの身代わりになったのよ。悪くない指輪だったけどね」
「この指輪が?」
「あなたにいくら才能があるっていっても、限界はある。指輪はそれを手助けしたけど、1回限りってことね」
「うぅ……とても残念です」
これはウェルナーク様と魔力を合わせた指輪だったのに。私が他の人と繋がりがあると信じられる象徴だった。
「……これはもう直したりはできないのですか?」
「んんー、できなくもないけれど。でも、一度あなたとウェルナーク様の魔力に同調してるから、私じゃ直せないわ。あなたとウェルナーク様じゃないとね」
「でも直せるんですね……? なら、私は……直したいと思います」
「んにゃ。直すというか作り変えるレベルだけどね」
さわさわ……。ふわふわのラーベのしっぽをてのひらですくい上げる。とてもいい。
少しの間そうしていると、ラーベが首をお屋敷の外に向ける。
「うに、ウェルナークが帰ってきた」
「じゃあ、お出迎えに……」
「まぁまぁ、まだ寝てなさいよ。自分の家だし迎えがなくても大丈夫でしょ」
ベッドから出ようとするのをミーナに止められる。
話したいことがたくさんあるけれど、うまく言葉にできるだろうか。もう私はベルダ伯爵家に戻るつもりはなかった。とはいえ、博士は……どうしてあんなことをしたのだろうか? 全部、ベルダ伯爵家が関わっているのだろうか?
結局、ラーベにもウェルナークにもミーナにも迷惑をかけてしまった。今のままでいいはずもなく――本当に色々なことが私の頭の中をぐるぐると駆け回っていた。




