02.魔眼の騎士様は容赦しないようです
混乱が終わった後のこと。
大広間では大勢の人間が連れ出されていた。
そういえばアルティラ様はどうなったのだろう?
きょろきょろと周囲を見渡していると、アルティラ様の金切り声が聞こえてきた。
「やめて、私に触らないで!」
アルティラ様が男の人に腕を掴まれ、裏から連れて来られていた。
服も髪も乱れており、相当手荒だったみたいだ。しかし屋敷でもアルティラ様をこんな風に扱う人は誰もいなかったので、私は驚いてしまった。
「私はベルダ伯爵家の令嬢なのよ! あなたたち平民が触っていい存在じゃないわ!」
アルティラ様が騒ぎ、私を睨む。面倒に巻き込まれた、どうしてくれるという叫びが聞こえてきそうだった。アルティラ様は両脇を抱えられ、紅い瞳の人の前に立たせられる。
紅い瞳の人がアルティラ様に冷たい目線を向けた。紅い瞳が血のように濡れて輝いている。ぞっとするほど怖い。
「ベルダ家の令嬢が人身売買の現場で何をしていた?」
「――ウェルナーク様! 私を忘れたんですか!? ほら、2年前の夜会でお会いしたのに!」
「質問に答えてもらおう。ここで何をしていた?」
「私は何も知りません! 屋敷の人に言われて、連れ出されただけよ!」
「ほう、そうなのか?」
「……っ」
アルティラ様は噓をついている。
1週間前に『オークション』がある、と私に告げたのはアルティラ様なのだ。
でもそれを言ったらアルティラ様は激怒するだろう。ウェルナーク――と呼ばれた人はため息をつく。紅い瞳の色が濃くなる。魔力だ。
アルティラ様は右腕から魔法を使うけれど、ウェルナーク様は瞳から魔法を使うらしい。
「そう言わずに、もう少し色々と説明してくれないか」
ウェルナーク様が少し屈んで微笑み、アルティラ様を見つめる。すると騒いでいたアルティラ様が静かになり、頬を赤く染めた。
(何かしているの……?)
ウェルナーク様の笑顔を見ていると冷や汗が出てくる。――アルティラ様の笑顔に似ている気がするのだ。笑顔の奥底に苛立ちをうまく隠している。
「なっ……えっ……」
「悪いようにはしない。約束する」
「そ、そうね……。きちんとした場所で、ふたりきりなら話してあげてもいいわ。こいつら平民には理解できない話だもの」
アルティラ様がそばにいる男の人を睨みつける。乱暴に扱われたのが許せないらしい。ウェルナーク様がすっと笑みをすっと消した。
「わかった。そのように手配しよう」
「やった! 約束だからね!」
ウェルナーク様が厳しい顔をしていることに、アルティラ様は気がついていないようだった。それに睨んでいたのも忘れ、上機嫌になっている。アルティラ様の気分はすぐに変わるとはいえ、呆れてしまう。
ウェルナーク様が今度は私のほうを向く。
「あ、あの……」
「君からも話を聞かないといけない。でも、もう大丈夫だよ」
何がどうなっているのか、全然わからない。私は頷くしかなかった。
するとウェルナーク様がわずかに目を細める。
「とりあえず君を保護しなきゃいけない。歩けるかい?」
「あっ、はい……大丈夫です」
「じゃあ、行こう。外に馬車を待たせてある」
そうしてウェルナーク様と歩き出し――私はしまったと思った。
アルティラ様は何でも自分が一番じゃないと怒り出す。
「ちょっと待って! そんなグズはどうでもいいでしょ! まず私を連れて行ってよ!」
「彼女は重要参考人だ。まず最初に、安全なところまで連れていく必要がある。君のことをそのあとだ」
「私が置いてきぼり!? 納得できないわ!」
やっぱり私が先に連れ出されるのがアルティラ様には許せないようだった。さっきまでの機嫌の良さは吹き飛び、怒り出している。怖くて足が自然に止まってしまう。
「行こう」
「えっ、でも……」
「彼女を気にする必要はない」
アルティラ様はなおも騒いでいるが、ウェルナーク様はそれを無視して私を大広間から連れ出そうとする。とりあえずこの人に付いていく……しかなさそうだった。
背中にアルティラ様からの突き刺さるような、憎しみの視線を感じる。でもどうしようもない。
「待ちなさい! 奴隷のくせに私の言うことが聞けないの!?」
「あっ――」
まずい。アルティラ様が本気で怒った。アルティラ様の右手に黒い魔力が渦巻き、長い鞭の形になる。そのままアルティラ様は右腕を素早く振るい、鞭を私に向ける。
「黙れ」
ウェルナーク様がアルティラ様に向けて、恐ろしいほどの威圧感が放たれた。紅い瞳の色が濃くなり、魔力が集まっている。
「がっ、ぐぅぅっ……!」
うめきながらアルティラ様が喉を押さえる。見ると、紅い輪のようなものがアルティラ様の喉に巻きついていた。黒い鞭の魔法はすでに消えている。
「魔法乱用、暴行、公務執行妨害の現行犯だ。度し難い御令嬢だな」
「うぐっ、ううっ……!!」
「面倒だからそのまま寝ていろ」
アルティラ様はがくりと膝を折って倒れ込む。あのアルティラ様をこんな風にするなんて……私は絶句してしまった。
見ると周囲の男の人がアルティラ様を引きずりながら運んでいる。なんだかちょっとおかしな光景だった。そのままアルティラ様は広間の奥へと消えていく。
「こうしないと静かにならないようだったのでね。さ、行こう」
「よかったのですか……?」
「むしろ優しいほうだ。骨も折れていない。というより、魔法で狙われたのは君だぞ? 彼女を心配するのか」
「あっ……えっ、ごめんなさい……」
ウェルナーク様がすっと声色を穏やかにする。
「……謝る必要はない。答えづらかったか」
何も言うことができないまま、私はウェルナーク様に連れられる。建物から出ると馬と黒塗りの箱が待ち構えていた。
「とりあえずこの馬車に乗って、公安庁まで行ってもらう」
「……はい」
この箱は馬車というらしい。ウェルナーク様は先に私を馬車に乗せ、ぽつりとつぶやく。
「君が聖女の末裔かどうか、慎重に調べないとな」
私はふかふかの馬車の座席に腰掛け――そこではっと思った。いつもの薬を今日は飲んでいない。というか、大混乱のせいで飲む暇もなかった。毎日、決まった時間に薬を飲むよう『博士』に言われていたのに。
「あ、あの……」
薬はどこにあるのだろう?
アルティラ様が持っているか、ここに来たときの馬車にあるのか。
「どうかしたのか……?」
「うっ……ぐぅ……!」
まずい。気がつくのが遅すぎた。息が苦しくて手が震える。
ウェルナーク様が馬車に飛び乗り、私を見つめた。
「大丈夫か!?」
だめだ。答えられない。胸が締めつけられ、視界が暗くなる。
足も冷たい。ウェルナーク様が私の手を取った。
「これは魔力過多症――?」
薬はアルティラ様か乗ってきた馬車にあるはずだった。
でもそれを伝えることもできない。
――ウェルナーク様の綺麗な顔が歪み、紅い瞳が輝く。
ごめんなさい、心配させてしまって。
そこで私の意識は途切れたのだった。
そして気がつくと、私はウェルナーク様の屋敷にいた――というわけだ。
リンゴとハチミツについては、とりあえず甘い物ということでいいらしい。
「体調は落ち着いているか?」
「はい、とても……」
ふかふかの布団の上で手を握り、開く。何の支障もない。
本当に体調は良くなっていた。
「お薬を取ってきてくれたのですね。ありがとうございます」
「…………」
ウェルナーク様が一瞬、目を細めて軽く息を吐く。
(あれ? 違うのかな?)
「君の体調を良くしたのは、これのおかげだ」
「はぁ……」
ベッドのそばに小さなタンスが置かれている。木目が美しく揃ったタンスだ。お屋敷にあるタンスより、ずっと好きになれそうだった。
ウェルナーク様がタンスの上にある小さなペンダントを手に取った。複雑な銀細工のペンダント――立体的に銀の糸が絡み合っている。
「わっ、すごいですね。綺麗です」
「ふむ……このペンダントに君の魔力を流し込んだ。それで君の身体の魔力を減らしたというわけだが」
ウェルナーク様の歯切れが悪い。
「このペンダントに見覚えは?」
「えっ? とても綺麗なペンダントですけど、初めて見ました」
「そうか……」
ウェルナーク様がなぜか悲しそうな目でペンダントを懐に入れた。私はそれにびくりとしてしまう。
「ごめんなさい。何か……まずいことを言ってしまいましたか?」
「いや、君は何も悪くない」
「でも私、さっきから聞かれたことに何も答えられなくて」
「――それも気にしなくていい」
そういえば、ウェルナーク様は全然怒らない。アルティラ様はすぐに不機嫌になって怒るのに……。
「あっ、そうだ……。アルティラ様はどうされたのですか?」
「彼女にも少し聞きたいことがあって、別の場所にいてもらっている。当分、会えないだろう」
「当分……じゃあ、私は……」
「フリージア、君がどうなるかは不明だ。でもアルティラ・ベルダとはしばらく離れることになるだろう」
アルティラ様と離れていい、というのは嬉しかった。殴られる心配がない。
「俺は今回のことを報告しなければならない。夕方には戻ってくる。君の世話については――こいつがする」
そこでウェルナーク様がベッドの下に身体を傾け、何かを掴んだようだった。
「ほら、挨拶をしろ」
「むに……」
身体を戻したウェルナーク様の手には、ふわふわの大きくて太り気味の白猫がいた。とても眠そうで――背中には小さな羽がついている。
(あれ……猫に翼はあっていいんだっけ?)
昔、一度だけ屋敷に猫が入ってきたときはアルティラ様が大騒ぎして追い出した。そこで私は猫というものを知ったわけだけど……それくらいしか猫の知識がない。
「んにゃー。僕はラーベ、精霊ケット・シーだよ」
「まぁ……猫って人の言葉を喋れたのですか?」
「普通の猫は喋れないよ」
「でもラーベは喋っていますよね?」
「僕は猫っぽいアレだから喋れるだけだよ」
「……難しいですね。どう見ても猫ですけれど……」
「こほん、その辺りの説明は後でもいいだろう……。とりあえずラーベはこの屋敷のことならなんでも知っているし、軽くなら食事も作れる」
「なんと賢い猫なのでしょう……!」
「猫じゃないよ」
私なんて食事を自分で作ったこともないのに。ラーベのほうがずっと色々なことができるに違いない。
「では、また夕方に」
「はい……いってらっしゃいませ」
ウェルナーク様はベッドそばのタンスにラーベを乗せると、優雅に立ち上がって部屋から去っていた。
「んにゃ。何か飲み物持ってこようか?」
「あっ……そんな私のことは気にせずに。そういえば、他の人はお屋敷にいないのですか? 挨拶はしておかないと」
「いないよー。この屋敷に住んでいるのは僕とウェルナークだけ」
「そうなんですか?」
「うん、ウェルナークは家族と仲良くないから」
「へ、へぇ……」
私も家族とは会っていない。
生きているかもわからないので、気にしないことにしている。
「ま、家族は置いておいて……飲みながら、色々と話そうよ」
「私はずっとお屋敷にいて、外のことはあまり知らないのですけれど……」
「いいからいいから」
思えば、こんなふうにお喋りする機会なんて私にはなかった。ラーベのごろごろした撫で声も聞いていて気持ちがいい。
暮らしていた部屋よりも安心できるなんて……!
私はそのことに感謝しつつ、ラーベと他愛ないお喋りを楽しんだのであった。




