10.追い詰められて【アルティラ視点】
こんなのは絶対におかしい。納得できない。
狭い部屋で私は極限までイライラしていた。
窓には鉄格子、食事は粗末、ベッドは硬くて眠れそうにない。
「なんなのよ、もう! どうして私がこんな目に合うの!」
屋敷で叫べばメイドや執事がすぐに飛んできて、私の望みを叶えてくれる。
なのにここでは何の反応もない。信じられないほど無礼な連中だった。
「ふん、でもお父様がすぐになんとかしてくれるわ。あのフリージアも絶対に許さないんだからっ……」
私のお父様のベルダ伯爵家はお金持ちだ。色々な貴族家と繋がりがある。今頃、お父様が私のために色々と動いてくれているはずだった。
しかし考えれば考えるほど、怒りが収まらない。
「ああ、もう本当にイライラする! あんなフリージアなんて、屋敷に入れなければ良かったのよ!」
フリージアは平民の穢れた子で、貴族の家に入る資格なんてこれっぽちもない。しかもフリージアは何かが「おかしい」のだ。
絵本を読めば中身を1回で暗記する。楽器もちょっと触るだけで綺麗な音を出す。歌もそうだ、耳で聞くだけでかなりの部分を再現できる。
そんな人間がいるだろうか?
フリージアは何か普通じゃないし、ズルをしているのだ。
忘れたことはない。お父様はたった一度だけ、私にこう言った。
『お前とフリージアが逆だったらな。お前が勝っているのは魔法だけだ』
私は怒り狂って、フリージアを魔法で打ちのめした。
お兄様が止めなかったら本当にフリージアを殺していたかもしれない。でも今になってこんな屈辱を味わうのなら、あのときにフリージアを殺しておけば良かった。
そうすれば面倒なことなんて何もなかったのに。
思えば、お父様はどうしてフリージアを屋敷に入れたのだろうか?
「この博士の言うことには絶対に従うように」
そうお父様は言って、フリージアを屋敷に入れた。お稽古やお勉強のストレスをフリージアで発散しても何も言われなかった。どこかの貴族家へ嫁入りさせるのかと思ったけど、そうでもなかった。貴族としての教育は何も与えられなかったからだ。
まるで虐められるためにやってきたような……。
最終的に売り飛ばされると聞いて、私はすっとした。これで気味の悪いフリージアはいなくなる。なのに、フリージアはウェルナーク様と一緒にいなくなった。
帝国の貴婦人がウェルナーク様がどれだけ愛しているか、フリージアはきっと知らない。皇族にさえウェルナーク様のシンパがいると聞く。
無理もない、あれだけ素晴らしい美形と濡れた紅い瞳――どうしてもウェルナーク様が欲しくなる。ウェルナーク様を射止めれば、帝国で最上位の地位は間違いない。
ウェルナーク様を片側に置けば、皇族とさえお茶会ができる。そんな金の卵をどうしてフリージアに渡せるだろうか?
今もフリージアはウェルナーク様と一緒にいるのだろうか。それを考えるだけで、さらに内臓が煮えくり返りそうだった。
私は果てしなくイライラしていたが、それでも監禁部屋のノックを聞き逃さなかった。
「誰、何の用よ! 私は今、イライラしているの!」
「――私だ」
「……っ!? その声は博士!?」
「そうだ、静かにしろ」
「は、はいっ……」
公安庁の監禁部屋の前に、博士がどうやって入り込んだのだろうか?
疑問は沸いたが、私はすぐに博士が特別な貴族だと思うようにした。お父様もお兄様も博士を賓客として扱っていたのだ。ここまで入り込めることができても、不思議じゃない……。
「君のことは計算外だった。オークション会場に着いたら、すぐ帰るよう言っていたはずなのに……。どうしてあの場に残っていたんだ?」
「そ、それは……」
フリージアのみじめな姿を見たかったからだ。どんな変態に売られ、悲惨な末路を辿るのか。それを見届けるつもりだった。
「まあ、いい……しかしかなりマズいことになった。君の身柄が公安庁に捕まるとはな。ブレア公爵はやり手だから、これからどうなるか」
「な、なんとかなるのでしょう!?」
「1週間、耐え抜けば問題はない。爪くらいは剥がされるかもしれないが、君が黙っていれば済む」
「嫌よ! なんで私がそんな――」
「つまりそれくらいマズい、ということだ」
「お父様を呼んで! そうしたらこんなところ、すぐに――」
「ほう、私よりも上手に立ち回れるつもりか? 見ものだな、審問官の尋問術にどこまで耐えられるか」
博士の声が少し遠ざかる。私は慌てて博士を呼び止めた。
「待って……! 拷問は嫌……何かもっといい方法はないの!?」
「余計なことを喋るな。それと最後の後始末は自分でやることだ」
「ど、どういうこと?」
「フリージアと話す機会を用意する……あの女が余計なことを喋らないよう、説得しろ。どんな手段を使っても、口をふさげ」
私は直感した。つまり最悪の場合はフリージアを殺せということだ。
しかし黙らせるだけなら、そう難しくはない。フリージアにはベルダ伯爵家しかないし、私に逆らうなんてことはあり得ない。
直接会って脅せば、すぐに従うはずだ。
「わ、わかったわ。でも……私はここから出られないし、どうするの?」
「数日中に機会を作る。君は私の計画通りに動け。今度こそ、完全に従って動くことだ」