1.勿忘草を君に
“もしもこの先君が僕のことを忘れてしまったとしても、僕は君を忘れない”
◆◆◆
「カザリア、お客様だ。」
カザリアの兄・ロイがドアの向こうで呼んでいる。カザリア・トーランドは読みかけの本を閉じてドアを開けた。
「あら、どなたかしら。」
急いで玄関に向かうと、そこには2人の青年が立っていた。1人は青色の瞳にアッシュの髪。騎士団の制服を着ている。もう1人も青色の瞳に金色の髪。こちらも騎士団の制服。
───騎士団に知り合いはいないのだけれど。
「お待たせ致しました。私がカザリア・トーランドです。なにか御用でしょうか。」
「初めまして、カザリア様。私はフォルアード国騎士団のイリス・フォードと申します。こっちは双子の弟のキース。」
キースと呼ばれた金色の髪の青年が小さく会釈をする。カザリアも頭を下げ、イリスに向き直った。
「イリス様とキース様ですね。それで御用は…。」
「はい。カザリア様は今年18歳になられたとのこと。この国では18歳になると職務の適性を図るため、様々な職務の体験事業への参加が義務付けられています。ご存じですよね?」
イリスがにっこりと笑ってパンフレットを手渡してきた。
「ええ。存じ上げております。」
「よかった。そしてカザリア様の最初の体験職務が騎士団での仕事に決まりました。そのご連絡にあがった次第です。」
そこまで聞いてカザリアは納得する。
フォルアード国には様々な職務がある。商店、学舎、病院…そして騎士団。男女問わず18歳になると職務体験を行い、20歳になると正式に適正職に就くこととなる。今年18歳になったカザリアはいつその通達がくるのかを内心わくわくしていた。
「わかりました。準備をしてすぐに向かいます。」
「ええ。これからよろしくお願いしますね。」
そうしてカザリアの騎士団での生活が始まることとなった。
◆◆◆
カザリアの仕事が始まってから3ヶ月が過ぎた。今回騎士団に職務体験にきているのはカザリアだけのため、最初は慣れないことも多かったが、今では顔なじみも増え、充実した生活を過ごしている。
カザリアは騎士団で過ごして気付いたことがある。イリスは騎士団の中核にいて、いつも忙しそうだということ。それでも笑顔を絶やさないため、周りからの信頼が絶大だということ。それに対して弟のキースは無口でよく下を向いていること。それでも仲間たちはキースの性格をよくわかっているため、愛のあるいじりでかまっているということ。イリスにキースのことを聞くと「本当は周りをよく見ているから、怒らせると怖いんだよ」と苦笑しながら教えてくれた。
しかしカザリアに対してはキースから話し掛けてくれることも多く、笑顔を見せることもしばしばだった。そんなキースにカザリアは少なからず好意を抱くようになっていた。
「やあ、カザリア。休憩かな?」
そんなことを考えているとイリスとキースが2人揃って現れた。
「ええ、イリスもキースもどうしたの?」
「ちょっと悪い事態が起こってね。研修生は避難してもらおうと思ったんだけど、今はカザリアだけだろう?だからキースをつけて奥の部屋で待機してもらおうと思って。2人で話でもして待ってて。」
イリスがパチンとウィンクして去っていく。カザリアが呆気にとられていると、キースが金髪の中に隠れた瞳を向けてきた。
「…とりあえず奥の部屋に行こうか。」
2人で奥の部屋に移動し、椅子に座る。どこか落ち着かないキースにカザリアは声をかけた。
「悪い事態って問題はないの?」
「隣国の騎士団が攻めてきた。戦争に繋がりかねないから、“ちょっと悪い”どころじゃないよ」
「ええ!?キ、キース、こんなところにいてはだめよ。私はここに閉じこもっているからイリスたちの応援に…」
「…いいんだ。きっとイリスは君を守りたくて…」
「え?」
キースの声は小さくてカザリアには届かなかった。キースは小さく首を振ると悲しそうに笑った。
「いや、僕は役立たずなのかも。」
その言葉にカザリアは立ち上がり、キースに近付くと、思いきりキースの頬をつねった。
「いっ、いひゃい!」
「そんなこと言わないで! キースはみんなに慕われているし、こうして私を守ってくれている! 私が大切に思っているあなたを、あなたが悪く言わないで。」
「カザリア…。」
そこまで言うとカザリアは気が晴れたようだった。
「なにか違う話をしましょう。キース、あなた好きな人は?」
「ぶっ!」
キースが突然吹き出した。しばらく頭を押さえた後、静かに口を開いた。
「いるけど、なんで?」
「やっぱり気持ちの上がる話と言えば恋のお話でしょう?」
カザリアがにっこりと笑う。
「…勝てないな、本当に。」
「それで?キースの好きな人はどんな方なの?」
わくわくした瞳で見つめてくるカザリアに、キースは根負けした。
「…とても、可愛い」
「まあ、素敵! それでそれで?」
「…かなり鈍感。」
「まあ、そうなの。でもアタックあるのみよ!」
「…言ってくれるね」
キースがそっぽを向き黙ってしまう。
「キ、キース?」
「カザリアの好きな人は?」
「え?」
「僕に聞いたんだ。君の話も聞かせて。」
キースが眉を下げて優しく笑う。
「えっと…今は“好きな人”と呼べるか分からない人がいる。でもその人はとても優しくて、私にたくさんお話をしてくれるの。実は昔も、引っ込み思案で人見知りだった私に話し掛けてくれた人がいてね。とても優しくて話していて楽しい人だったわ。今気になっている人はその人に似ているの。でも私はその人の名前も知らない。その人が帰り際にくれたアクセサリーだけが手がかりで、今でも私のお守りなの。」
「アクセサリー…。」
「急なことで今持っていないから、今度見せるわ。もし見覚えがあったら教えて。」
カザリアがふわっと笑う。キースは眉尻を下げて優しく笑った。
「わかった。今度見せて。」
◆◆◆
その後、騎士団同士の争いはイリスがうまく丸め込み表面上は収まったらしいと、次の日キースがカザリアに伝えた。いつも通りの日常が戻ってきて、カザリアは業務に戻っていた。
「カザリア。お疲れ様。」
「あら、キース。どうしたの?」
キースが小走りでカザリアのもとにやってきた。
「おとしもの。ほら、これ。」
キースが渡したのは小さな袋。薄桃色のその袋はカザリアのお守りだった。
「まあ、ありがとう!私ったら落としてしまっていたのね。」
「ああ、井戸のところで。それで追いかけてきた。」
「本当にありがとう!これが私のお守りなの。」
「お守り?」
「ええ、昔好きになった人がアクセサリーをくれたって言ったでしょう?」
カザリアは袋の中を取りだし、キースに見せる。それは薄桃色の花のブローチ。とても可愛らしいが、今身につけるには少し可愛らしすぎるとカザリアは思っていて、袋に入れて持ち歩いていた。
「やっぱり。」
ブローチを見た瞬間にキースの顔が変わった。辛さ、悲しみ、そして諦めの混じったような顔。
「…キース?」
「僕の家には伝統があるんだ。男の子は7歳になると花のブローチを作る。この先好きな人ができたらその人に渡すための、とても大切なブローチを。もちろん僕もイリスも7歳のときに作った。僕は黄色の、イリスは…薄桃色の。」
キースはカザリアの手にある薄桃色のブローチを指さした。
「…え?」
「昔僕らは出会ったことがあるんだ。8歳になるすぐ前、この騎士団で。」
◆◆◆
「イリス!待ってよ」
「キースも早く走れって! もうすぐ団長の試合が始まる!」
それは12年前のこと。イリスとキースがその日騎士団にやってきたのは偶然か、運命か。今日はひろく国民に騎士団の力を知らせるため騎士団長の稽古試合が行われ、珍しく騎士団の中に入ることができる貴重な機会だった。将来騎士団に入ると決めているイリスとキースにとってはなにがなんでも見たい一戦だった。
イリスとキースが上方の席に座ると、横に二人の兄妹が座った。そこにきていたのは2人だけではなく、カザリアの兄・ロイもまた騎士団に足を運んでいたのだった。まだ幼いカザリアを連れて。
キースがちらりと妹の方を見ると、妹はお姫様みたいなふわふわの髪で、フリルとレースをあしらったドレスを着ていた。
キースはいわゆる一目惚れをした。可愛い、と考えていたが、はっと気付いたときイリスがすでに彼女に声をかけていた。
───自分から試合を見たいと言ったくせに。いつも女の子に目移りする。
後でキースが聞いたら、イリスも一目惚れだったらしい。しばらく話をした後に、イリスはブローチを彼女に手渡した。
───僕も彼女を好きになってしまったけれど。
口数少なく、暗そうに見えるキースと違って、イリスは明るいし話も上手い。
───僕では彼女を幸せにできないかもしれない。
齢7歳にして失恋を決意したキースはこのことをずっと胸に秘めてきた。
───もしもこの先君が僕のことを忘れてしまったとしても、僕は君を忘れない。
◆◆◆
「私は2人に会っていたの…?」
カザリアは驚きを隠せなかった。
「ああ。君が言っていた“好きな人”も間違いなくイリスだ。」
「そ…んな。」
カザリアは言葉を失った。
確かにその記憶はある。しかし騎士団で生活してきて、雰囲気や話し方から「その好きな人がキースだったら」と思ったことは数知れない。当時好きになったのはイリスなのかもしれない。それでも。
キースはいつも笑ってくれた。
優しい瞳を向けてくれた。
緊急事態のときもそばにいてくれた。
今のカザリアが好きなのは───。
「そうだとしても、今私が好きなのはキースよ。」
キースが目を見開き、そして悲しそうに笑う。
「いいんだ、カザリア。君が好きなのは…。」
「私の気持ちは私だけのものよ。今の私はキースが好き。それは変わらないわ。」
キースが困ったような、でも嬉しいような複雑な顔をした。
「いいの? 僕、思い上がるよ?」
「もちろん。過去の思い出なんか無くしちゃうくらい、これから思い出を作りましょう。」
キースの手を取りカザリアが微笑む。あの頃の記憶がカザリアとキースの関係を邪魔したとしても。
「ありがとう、キース。私を忘れないでいてくれて。」
また小説を書こう!と思い立って書いた、久しぶりの作品です。
拙い文章ですが、楽しんでいただけると幸いです。